2016/10/24  17:45

どじん考  政治

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「どこつかんどんじゃ!ぼけ、土人が」

沖縄県高江の米軍北部訓練場ヘリパッド移設工事に反対抗議する人々に、大阪府警の機動隊員が浴びせた罵声です。

その様子を撮影した芥川賞作家でもある沖縄県民の目取真俊氏が憤るように、明治以来、「土人」は沖縄人やアイヌ人など民族マイノリティに向けられてきた歴史的な差別語です。「シナ人」と発言した別の隊員とともに、大阪府警が「不適切発言」として戒告処分にしたのは当然でしょう。

動画中で反対派住民たちから「ヤクザ!」と罵られているように、岸和田少年愚連隊が描くヤンキーまるだしのこの隊員の言動は、私のような東京からの視線には、ほとんど「大阪土人」に映ります。

「ネットでの映像を見ましたが、表現が不適切だとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様。」

問題の隊員たちを「出張ご苦労様」とねぎらい、上司として擁護するかのような松井大阪府知事のコメントがさらに批判を招きました。その釈明記者会見でも、「売り言葉に買い言葉だったんでしょう」と補足したように、「土人」もアホ・ボケ・カスの類いくらいの認識が大阪では一般的なのかもしれません。

東京・中央のマスコミの批判を浴びても、大阪では許容範囲内と考えたからこそ、釈明の場でも松井府知事は謝罪せず、ほとんど開き直れたわけです。PC(ポリティカル・コレクトネス=政治的な公正)を弁えぬ、なんという「未開・野蛮」な大阪標準かと。

「フィリピンはアメリカと長い間同盟を組んできたが得るものはほとんどなかった。お前ら(アメリカ人)は自分の利益のためにフィリピンにいる。友人よ、さよならを言う時が来た」

訪中したフィリピンのドゥテルテ大統領が、またまた「不適切発言」に及びました。まるでアメリカと「決別」するかのような演説の前段では、オバマ米大統領を再び「売春婦の息子」呼ばわりしたそうです。

「森の木陰でドンジャラホイ ♪」

「土人」という言葉を聞いて、すぐにこの童謡を思い出しました。ですが、不思議なことに、「土人さんがそろって踊ってるう ♪」と記憶にはあるのに、この「森の小人」をあらためて聴いてみると、「土人」という言葉/音がひどく聴き取り難いのです。

口を大きく開けた明瞭すぎるほどの発声で歌われるはずの童謡なのに、この佐藤恵子さんという少女歌手は言葉を濁しているとしか思えません。童謡にはあり得ないことです。耳を澄ませてみると、「どじん」ではなく「こじん」という風にも聴こえます。

「こじん」? 「森の小人(もりのこびと)」というタイトルから考えても、「こびと」を「こじん」とはいいません。もしかすると、「もりのこじん」という読み方なのか? それでは不思議を通り越して、奇妙な言葉遣いになってしまいます。

Wikipedea を参照してみると、おおよその背景がわかりました。この歌がもともと戦前の日本の植民地であったパラオを舞台に、日本の兵隊さんの歌としてつくられた戦時童謡であったこと。戦後、歌詞を改変して再発売されようとしたが、GHQが「土人(どじん)は差別表現」と指摘して検閲を通らなかったこと。

私の記憶違いではなかったわけです。戦前から戦後に至っても、歌詞は「土人(どじん)」と書かれ、音としてもそう歌うのが自然だったから、私たち子どもはそう聴き歌ってきたのでしょう。ちなみに、ずっと後に吹き込まれた桑名貞子さん盤では、「こびとさん」と歌っています。IMEやATOKでは「どじん」は「土人」とは変換されませんが、「こびと」も同様です。

“I shall return.”

今年4月、天皇陛下はパラオ・ペリリュー島をはじめて訪問されました。先の大戦で亡くなった人々の慰霊のためですが、ドゥテルテ大統領のフィリピンにも日本は侵攻し、フィリピンは南太平洋における日米の主戦場、激戦地となりました。

「南進」する日本軍の前に、ダグラス・マッカーサーが率いる約10万のアメリカ極東軍は敗走を重ね、ついに首都マニラが陥落してオーストラリアに逃亡するときに、マッカーサーが発した言葉として有名です。

「必ずフィリピンに戻ってくる」という言葉は、「覚えてやがれ!」式の悔しまぎれの捨て台詞ではもちろんありません。戦況を巻き返してフィリピンを「奪還してみせる」という決意表明とも違うはずです。マッカーサーにとって、フィリピンは軍歴上のただの駐屯地ではなかったからです。

スペインの植民地だったフィリピンを戦場にアメリカは米西戦争(1898)を起こしました。その際、フィリピンを「独立させる」と約束して米比連合軍として戦いましたが、スペインに勝利してフィリピンを割譲させた後、今度は独立をめざすフィリピン人と米比戦争(1899〜1913)を起こしました。

スペイン軍と戦ったフィリピン人は、裏切ったアメリカ軍とも、その軍用拳銃を大口径のコルト45に変えさせるほど、勇猛果敢に闘いましたが敗北し、100万ものフィリピン人が虐殺され餓死に追いやられました。この指揮をとったのは、マッカーサーの父であるアーサー・マッカーサーjr でした。

ダグラス・マッカーサーにしてみれば、父祖がスペインから勝ち獲り、アメリカの権益を守ってきたフィリピンであり、自身もフィリピン植民地軍の軍事顧問をつとめ、フィリピン総督候補にもなったほどですから、強い執着があったはずです。

3000人余の麻薬犯罪者を超法規的に殺害して、「人権侵害」とアメリカや国際社会から批判されたドゥテルテ大統領が、「人権について語るなら」とマッカーサー父が指揮したアメリカ軍の住民虐殺の写真を持ち出して対抗してみせたのには、こんな背景があったわけです。

ドゥテルテ大統領はまた、「アメリカも超法規的にインディアンを虐殺してきた」と詰(なじ)っていますが、これもアメリカの原罪ともいえる悪逆非道を突いて、批判する資格なしとしたというより、フィリピンの近代史を重ねたとも考えられます。

1880年にすべてのインディアンが居留地に強制移住させられるまで、激しい抵抗を続けたインディアンの各部族を弾圧虐殺してきたのが、米西戦争や米比戦争を戦うために、フィリピンにやってきたアメリカの将兵たちの主要な「軍歴」だったからです。

インディアンを虐殺し、黒人を奴隷にしていたアメリカの将兵たちが、フィリピン人をどのように見て、どう扱ってきたか、想像に難くありません。少なくとも、「森の木陰でドンジャラホイ ♪」と微笑ましく眺めていなかったことはたしかに思えます。

ドゥテルテ大統領の野卑にもみえる風貌にくわえ、習近平国家主席と会談する席でもネクタイを緩め、ガムを噛んでいる「無礼」に驚きました。そこに未開・野蛮な「土人」と呼ばれ、弾圧・虐殺されてきた植民地人の傲慢に姿を借りた自負がうかがえます。

明日25日、ドゥテルテ大統領は訪日の予定です。安倍首相は彼の反米親中に苦々しいかぎりでしょうが、たぶん、天皇陛下は会見をお喜びになられると思います。その際も、ドゥテルテ大統領には、ネクタイを緩め、ガムを噛んでもらいたいものです。

であれば、陛下はもっと相好を崩されると思うのです。「どじん」を検索すると、「土人」は出ませんが、「土神」なる言葉が出てきます。

大阪府警の機動隊員が沖縄県民を「土人」と呼ぶとき、あるいは「シナ人」でも同じですが、それが歴史的な差別語であるという自覚はなく、主観的には罵倒語なのでしょう。だからといって、許されるものではありませんが、それを批判するマスコミをはじめとする東京/中央も、差別語を使ってはならないとするリベラル思想は、「森の小人」を検閲したGHQからはじまったに過ぎないわけです。

アメリカにしてみれば、インディアンもフィリピン人も日本人も、ひとしなみ「土人」だったのでしょう。父祖のフィリピン弾圧を知るマッカーサーは、その反省を踏まえて日本占領に対したわけで、「日本人は12歳の子ども」と言葉を変えたものの、「未開・野蛮」という意味に変わりはありません。

また、「差別語」から「不適切発言」にまで後退させて、PC(ポリティカル・コレクトネス=政治的な公正)を弁えぬ、未開・野蛮な「大阪土人」と嘲笑するマスコミをはじめとする東京/中央視線があるとするなら、なんと欺瞞的でしょう。それは、沖縄の基地問題を、県民への差別を隠蔽することにしか役立ちません。


(敬称略)
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2016/10/8  18:25

too soon  レンタルDVD映画

あの日のように抱きしめて」(原題は Phoenix )というドイツ映画(2014)の佳作です。

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敗戦直後1945年のベルリン。瓦礫の街でドイツ国民は食うや食わず、英米軍の兵士や将校たちで酒場だけが賑わっています。

かつてはピアニストだったジョニーも酒場の給仕や下働きでその日暮らし。そこへ一人の女が、「働きたい」と訪ねてきました。

強制収容所で死んだ妻に背格好や顔だちが似ていたことから、女を亡き妻の身代わりに立てることを思いつくジョニー。親族すべてが死んで宙に浮いた莫大な財産を相続させれば、こんな惨めな暮らしから抜け出せます。

ジョニーは妻に似せる特訓を女にはじめます。筆跡の模写からはじまって、特徴のある歩き方や口調、ファッションの好みや好きな女優、そして親戚や友人、近所の人々に関する知識、「違う、違う!」と怒鳴り苛立つジョニーです。

妻お気に入りの赤いドレスを着た女とジョニーは、かつて住んでいた町の駅のホームに降り立ちます。友人や知人たちからあたたかく迎え入れられ、レストランでささやかな食事会が開かれます。そこでジョニーの伴奏で歌われるのが、古いジャズナンバーの”Speak Low (優しくささやいて)”です↓

Speak Low performed by Nina Hoss @ Phoeni
https://www.youtube.com/watch?v=rkAHi2wNSsc

この”Speak Low ”という歌から、この哀切な恋愛映画が企画された。そう思えるほど、愛する女と愛される男のすれ違い、背中合わせのシルエットに、「トゥスーン、トゥスーン(too soon, too soon)」が耳に残ります。中学英語で習った、as soon as possible (できるだけ早く)の soonですね。


Speak low when you speak, love
Our summer day withers away too soon, too soon
Speak low when you speak, love
Our moment is swift, like ships adrift, we're swept apart, too soon
Speak low, darling, speak low
Love is a spark, lost in the dark too soon, too soon
I feel wherever I go that tomorrow is near, tomorrow is here and always too soon


愛を語るときは 優しくささやいて
私たちの夏の日はとても儚い
愛を語るときは 優しくささやいて
私たちの時間は難破船のよう
すぐに過ぎ去ってしまう
ダーリン 優しく 優しく
私たちの愛は花火のよう
すぐに暗闇に消え去ってしまう

Time is so old and love so brief
Love is pure gold and time a thief
We're late, darling, we're late
The curtain descends, everything ends too soon, too soon
I wait, darling, I wait
Will you speak low to me, speak love to me and soon


時はすぐに老い 愛もすぐに消える
愛は純金だけれど時は泥棒のよう
遅れないでダーリン 遅れないで
幕は下りて すべてはすぐに終わってしまう
私は待っている ダーリン それでも待っている
愛を語るときは 優しくささやいて

Nigel Price.Speak Low


ジョニーに色気があります。目端が利くようでいてひどく愚かしい、ちょっと見がよいだけのくだらない男です。しかし、その必死な瞳に映る瞬間こそが永遠であるかのように、女は見つめ続けます。

(敬称略)
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2016/10/2  1:55

韓国映画から学べよ日本映画界  レンタルDVD映画

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韓国映画は男優の宝庫です。当ブログでは、「オールドボーイ」や「ルーシー」「悪魔を見た」のチェ・ミンシュクを一押しにしてきましたが、「ベテラン」を観て、ファン・ジョンミンを二押しにすることに決めました。

新しき世界」で頭を掻くところを股間を痒くような下品な愛嬌にあふれるマフィアボスを好演したファン・ジョンミンです。

「ベテラン」の監督は、韓国北朝鮮の最前線のスパイ戦を疾走するようなカメラアイで追った「ベルリンファイル」のリュ・スンワン。この映画も「御代は観てのお帰りに」とお勧めできる作品でしたが、「ベテラン」は一転して痛快にしてコミカルな警察映画でした。

さて、日本の大学進学率52%(2016)に対し、韓国の大学進学率はなんと81%(2014)。韓国の受験戦争の過熱ぶりは日本でも話題になるほどで、たとえば、大学受験日には受験生の会場入りを妨げないよう、官公庁や大企業は午前10時出勤になっていたり、それでも遅れそうな受験生を白バイが先導するパトカーで会場に送ったりしています。

日本でも、「一流大学に入って一流企業に就職を」は大学進学の一般的なモチベーションですが、韓国の場合、「ソウル大学に入って、サムスンや現代グループなど財閥系企業に就職」しなければエリート失格なのですから、日本とは比較にならない狭き門といえます。

待遇も格段に違います。財閥系企業のサラリーマンの平均給与はそれ以外の企業のサラリーマンの7倍といわれ、現代自動車の社員の平均年収は日本円で1000万円近くにもなり、世界一の自動車会社トヨタの社員をはるかに上回っています。

それもそのはず、一時は韓国の10大財閥の売り上げ高が韓国のGDPの76.5%(2011)を占めたのですから、財閥系企業の圧倒的な存在感と絶大な影響力は、ちょっと日本では想像することが難しいかもしれません。

「ベテラン」のドチョル刑事(ファン・ジョンミン)の正面敵はこの財閥です。財閥3世の乱暴狼藉とその隠蔽に暗躍する財閥の横暴を描いた、「財閥映画」ともいえます。それも「実録・財閥企業」ではないかと思えるほど、「事実は小説より奇なり」のエピソードが満載です。

たとえば、財閥当主が出席する幹部会。韓国と世界から集まった数百人の幹部たちに、会場入り口で紙おむつが配られます。当主の出席中にトイレ中座する失礼がないよう、あらかじめ身につけるためです。

「大韓航空ナッツリターン事件 」で知られたように、財閥社員がエリートなら、幹部は超エリート、財閥当主とその血脈は雲上人にもなります。

信じられないことですが、「ベテラン」の財閥3世の乱暴狼藉にも実話が背景にあります。財閥SKグループの幹部が、賃上げ要求したトラック運転手を金属バットでボコボコにした事件です。

経済先進国韓国のタブー、暗部、恥部をこれでもかと暴露して、深刻な社会派ドラマではなく痛快娯楽活劇映画にしてしまう韓国映画界の底力に唸りました。

(敬称略)
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2016/9/25  0:39

今夜は「岡林」  音楽

TVではまったくといってよいほど、ラジオでもめったに流されることがない「放送自粛歌」ばかりです(日本には放送禁止制度は存在せず、放送局が自らの判断で自主的に放映や放送を自粛してきました)。

荒木一郎と同様にとうに忘れられた人であり、人によっては忘れ去りたい人かもしれません。

かつてこの人は「絶大な人気があった」といえば、レコードの売り上げやコンサートの観客動員などで、この人を上回るフォーク歌手なら、ほかにいくらもいました。

この人の独特の歌世界に「一部の熱狂的なファンがいた」といえば、「絶大な人気があった」よりも的をはずしているでしょう。

当時もこの人について語る人は少なく、この人が歌う貧困や差別に違和感がともなうほど、すでに「豊かな社会」でした。

にもかかわらず、「岡林」は当時の青少年の胸奥に傷痕を残しました。コンサートでは「おかばやし〜っ」と絶叫されることはあっても、たいていは、「岡林が」とひそやかに呼ばれていました。

同世代はもちろん、はるか年下の中学生からも。たとえば、一般名詞のように。たとえば、カギカッコをつけるように。

フォーク歌手やシンガーソングライターというより、「岡林」は体験でした。生(なま)で触れ合ったような体験を他人に語るのは、かなり厄介なことだし恥ずかしくもある。なので、「岡林」について語る人は少なかったのでしょう、たぶん。

チューリップのアップリケ/岡林信康


お父帰れや 岡林信康


手紙/岡林信康


今日をこえて 岡林信康


HAPPY END はっぴいえんど 岡林信康 私たちの望むものは


(敬称略)
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タグ: 岡林信康

2016/9/14  16:43

百円の恋 あらすじ  レンタルDVD映画

きれいではなく可愛気もなく若くもない女が、憑かれたようにプロボクサーをめざす映画です。クリント・イーストウッドの名作「ミリオンダラーベイビー」を観た人なら、よく似た設定と思うはずですが、マギーが100万ドルボクサーとすれば、一子は百円ボクサーくらいの隔たりがあります。

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「ミリオン〜」はマギーの栄光のボクシング人生が暗転する残酷な運命に、彼女のジムのオーナーでもある老トレーナーが寄り添う映画でした。「百円の恋」の一子(いちこ)もマギーのように頑張りますが、周囲の予想外にプロテストに合格して、4回戦の初試合を経験するに過ぎません。

ジムの会長にも、「ボクシングは甘かないんだよ、お嬢ちゃん」と相手にされていません。「人生、一度くらい燃えてみたかったとかいうなよな、腹が立つから」と嫌味までつぶやかれます。マギーと似ているのは、左のブローがよいことくらい。

貧困家庭に育ち13歳からウエイトレスをして働いてきた30歳のマギーより、32歳まで持ち帰り弁当屋を営む親に依存してひきこもっていた一子は、よほど恵まれています。子連れで出戻ってきた妹と取っ組み合いのケンカをしたのをきっかけに、家を出た一子は同じ町の100円均一のコンビニ店で深夜勤務の店員として働くようになります。

そこは数少ない一子のなじみの店でした。ちょくちょくお釣りの一部を寄付金箱に投じていて、「ご協力、ありがとうございましたあ!」と声掛けされるのが嬉しかったのです。

店への行き帰り、ふとそれまで気づかなかったボクシングジムを一子は見つけます。熱心に練習していた男が一息入れに出てきて、ジム前のベンチに腰掛け、タバコに火をつけます。彼が一子の恋の相手となる「バナナマン」です。

そんな風にはじまるボクシング映画なのですが、コンビニ映画でもあり、そのコンビニが100円均一店であることから、デフレ日本を背景とした作品であることがわかります。とにかく、この100円均一店で一子が出会う人々ときたら、「ミリオン〜」の登場人物たちとは違って凡人ばかり、いや、何の取柄もなさそうな平凡以下ばかりです。

「ミリオン〜」では、イーストウッド扮するジムのオーナー・フランキーは世界チャンプを育て損ないこそすれ、試合中の出血を魔法のように止める技術を持つ名トレーナーとして知られています。ジムの掃除夫として働く片目の「老いぼれエディ」(モーガン・フリーマン)も、かつては世界タイトルに挑戦したほどのボクサーであり、いまでも隙さえあれば若い牡牛のようなハードパンチャーをワンパンチでKOしたりします。

マギー(ヒラリー・スワンク)にしても、引退を決意したフランキーをかき口説いて翻意させるほど、自信と熱意がある娘です。貧困家庭の崩壊家族に生まれなければ、たぶんひとかどの人生を送れただろう資質を備えています。

彼らは光り輝く「100万ドル」の世界を見てきたか、夢見ているのですが、一子はずっといじましい「百円」の世間に暮らしています。夢や希望など、最初から眼中になさそうで、そんなものを持つ資格もなさそうに思えます。マギーのように自分を信じることができず、自己評価がきわめて低いのです。前者がインフレ人間のサクセスストーリーとすれば、後者はデフレ人間の日常を描いたものと言い換えることもできます。

32歳までひきこもりをして就業経験がない一子は、小声でしか、「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」などが言えず、レジの操作すらたどたどしいものです。まじめな店長は鬱病にかかってすぐに辞め、代わりに一日中らちもないことを語りかけてくる、はた迷惑なバツイチの中年男・野間といっしょに働く羽目になります。この野間にラブホテルでレイプされて一子は処女を失うのですが、そういう卑劣な男が同僚です。

このコンビニへバナナだけを買いにくる「バナナマン」と店員たちに呼ばれているボクサー狩野もまた、一子のアパートに転がり込んできてヒモ生活に甘んじるような男です。ほかに、クビになった元店員で、廃棄処分にする弁当を当たり前のように貰いに来る、ホームレスのおばさん池内など、一子も含めてじつに安い人々です。

にもかかわらず、というか、だからこそ、「百円の恋」は私にとって、「ミリオン〜」が古色蒼然と思えるほど新鮮な傑作に思えました。マギーやフランキーやエディのような、「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」男や女であったれば、ありたいとは思うが、じっさいの私たちは「タフでもなければ優しくもない」一子や狩野や野間でしかありません。

「ミリオン〜」が人生の希望や人間の尊厳を扱った重厚な作品とすれば、「百円〜」は「コミュ障」の男女をめぐる小さな物語にすぎません。しかし、はたして人の前に、コミュニケーション以上の困難があるのでしょうか。

食い入るように狩野の試合を見ていた一子は、「あの人と友だちなんですか?」と試合後の狩野に尋ねます。「なんで?」と狩野。「殴り合ったり、肩を叩いたり、なんかいいなと思って」と照れ笑いする一子。惨敗した狩野ですが、終了ゴングが鳴れば、対戦相手と肩を叩きあってたがいの健闘を称え合うのが儀礼です。低学歴で勉強が苦手なうえに、まったく世間知らずな一子です。

(なんだ、こいつ?)と呆れた視線を一子に向ける狩野も似たようなものです。武骨で寡黙な男に見えて、じつはまともに他人と話せない、接することができないだけ。はじめてのデートに一子を動物園に連れていきますが、さっさと自分勝手に動物を見て回るのです。

「どうして、私なんか誘ったんですか?」と一子。「断られないかと思って」と狩野。悪趣味でケバイ「勝負下着」にずん胴を押し込んできた一子のカワイイ思いは空を切ります。一緒に試合を観に来ただけの野間を、「できてるんだろ、あいつと」と詰る狩野。

一子の実家が弁当屋であることを知ると、「お前、あそこの娘か。俺、高校の頃、よく食ったよ。旨かったなあ、斉藤弁当」と息せき切って喋る。35歳なのにほとんど中学生レベル。

それでも一緒に暮らしはじめて身体を重ねる二人です。のしかかりながら、「乳首を弄ってくれ」と経験の乏しい一子にねだる狩野。風俗の女としか経験がない「素人童貞」をうがわせる性技です。

そんな狩野ですが、誰かが部屋にいる、自分を待っていてくれる、いっしょにご飯を食べられる、一子にとっては、はじめての時間でした。それまでの一子がまったくの孤独だったわけじゃありません。ひきこもりとはいえ、家族と暮らしていたのですから。でもそこに一子の居場所があったとはいえません。

一子が風邪をひいて寝込んでいると、狩野がやってきてステーキを焼いてくれました。「金は財布から借りたからな」。寝床でステーキを頬張り、「硬くて噛みきれない」と泣き笑いの一子。真剣になるとふてくされ顔にしか見みえない一子が、はじめて見せた愛らしい笑顔です。

しかし、幸せな時間はあっという間に終わります。一子を抱いて自信を持ったのか、狩野は豆腐の行商をする若い女に従いていきます。若者が幟を立てて豆腐車を引いて住宅街を歩いているあれです。「女なら豆腐〜、男ならなお豆腐〜」という歌い文句のでたらめには笑えますが、一子には笑い事ではありません。

やがて、女と一緒に豆腐車を引く狩野を見つけますが、「なんで?」という問いかけに狩野は答えません。一子が狩野と同じジムでボクシングをはじめるのはそこからです。そうそう、狩野は一子に見せた試合を最後にジムをやめています。35歳にもなって芽が出そうもないからです。

一子はなぜボクシングをはじめたのでしょうか? なぜ、懸命にボクシングの練習に励むようになったのでしょうか。狩野を見返したかったのでしょうか。「ミリオン〜」のマギーのように、自分の価値を見出したかったのでしょうか。あるいは、拳で自らの「コミュ障」を乗り越えたかったのでしょうか。一子は、誰に、何に、恋したのでしょうか?

練習に励んだおかげで、だらしなくずん胴だった一子の身体は引き締まり、試合前の入場シーンでは先日のリオオリンピックの女子アスリートのように緊張したいい顔になっています。この一子の練習と試合場面は、「ミリオン〜」に負けず劣らぬ迫真的なものです。

しかし、一子はマギーではありません。はじめての試合ではボコボコに殴られてばかり、狩野の最後の試合と同じく、ヨタヨタと抱きつきクリンチに逃げるのがせいいっぱい。幾度もダウンを奪われ、血と汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、その度に一子はフラフラと立ち上がり、叫びながら腕を振り回します。一子は、「ロッキー」でした。

一子が家を出るとき、涙ぐみながら封筒の金を渡してくれたお母さん。その金で一子は部屋を借りることができたのでした。「お父さんのように、この年になっても何事にも自信がないようじゃな」と部屋を訪ねてきて、わけのわからない励ましをくれたお父さん。「ごくつぶしが!」と罵しられてつかみ合いのケンカになった妹。

(あの一子が!)という驚愕と心配に眼を見開くばかりの家族です。一方的な展開に観客からも、「一発くらい当てろよ」という同情と苛立ちの声が上がります。そして、腫れたまぶたと血でほとんど視界もぼやけた一子の渾身の左が、ついに相手の顎を打ち抜きます。

「あーあ、こんな顔にされちゃって、だから言っただろ、ボクシングは甘かないって」とジムの会長。「でも、嫌いな試合じゃなかったけどな」とニヤニヤする。呆然としたまま会場を出た一子。そこには狩野が待っていました。豆腐屋の女に捨てられて一人となった狩野は、遠くから一子を見守っていたのでした。

「飯でも食いにいくか」と狩野。泣きじゃくりだす一子。「勝ちたかった、勝ちたかったよお」と叫ぶ。ここでカメラは泣き顔のアップに寄りません。そういえば、試合シーンを除けば、たいていカメラは引いて映していました。節度のある演出です。

「そうだよな、勝利の味は最高だからなあ」と明るく笑う狩野。一度くらいは勝った経験があるのでしょう。歩き出す狩野、とまどいながら従いていく一子の後ろ姿。やがて、二人は肩を並べて歩くようになるはずです。

長ったらしいものを読んでいただきありがとうございました。最後に敬意をこめて、主なスタッフと演技陣を紹介させていただき、lenovo T410を閉じます。

監督:武正晴
脚本:足立紳
撮影:西村博光

斎藤一子:安藤サクラ、ヒラリー・スワンクを越えました
狩野祐二:新井浩文、この人がどうして売れっ子なのか、わかった気がします
斎藤孝夫:伊藤洋三郎…一子の情けない父親は印象的でした
斎藤二三子:早織…一子の妹、目力がありました
斎藤佳子:稲川実代子…一子の母親、唯一の理解者の優しい視線でした
野間明:坂田聡…44歳のバツイチ店員、喋りまくる「コミュ障」の名演でした
佐田和弘:沖田裕樹…本部の社員、悪役ですが悪人ではない人物を好演しました
小林:松浦慎一郎…一子の若いトレーナー、本物のボクサーかしら
ジムの会長:重松収…一子のジムの会長、イーストウッド以上に味のある演技でした
池内敏子:根岸季衣…元店員で弁当貰い、ずっと誰だかわかりませんでした。怪演です

(敬称略)

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