2008/8/6

捨てられない  つぶやき
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いつも最小限のものと、お気に入りの焼き物とだけで暮らしているというMさんのお宅で。(ローゼンタールの限定品、アンディ・ウォーホルデザインのものだとか。)不要になったものと自分が隣り合わせで暮らしていると思うと気持ちが悪いんだそうだ。見習いたいものである。

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物が捨てられない性分である。
現在ワケあって、家の中をフランスに来て初めてというレベルで片付けをしているが、物を捨てるには相当な勇気がいる性分なようである。アレを見てはかの人を思い出し、コレを見てはかの地を思い出し。片づけが進むわけがない。


友人Fの知り合いで骨董商を営む方は、
骨董商は絶対に物に愛着を持ってはいけない、とおっしゃったそうだ。
フランス全土をかけめぐって、掘り出しものを見つける。あぁ、愛おしい。私ならこう思ってしまいとてもじゃないけどそれを売ることができないだろう。しかし当然それじゃ成り立たない商売なのである。


物が捨てられないのは遺伝だと思う。自分もかなりのものだと思っていたが、結構な上手が私の周りにはいたりする。


親友Yの引越しを手伝ったときには驚いた。ありとあらゆる物がとっておいてあるように思えたが、もっとも驚かされたのは、バゲットのサンドイッチを買うとついてくる袋、これを丁寧にたたんでとってあったことである。親友でありながら彼女がそんな性分だとはまったく知らなかった。本人いわく、アパルトマンの下のパン屋で買って、部屋までのぼってきただけの間パンが入れられていただけの袋だ。綺麗だもの。

そりゃそうだろう。綺麗だろう。でも何に使うのだ。

彼女いわく、家からサンドイッチをお弁当に作って持っていくときに使うのだそうだ。彼女の名誉のために補足すると、決して彼女はケチとかそういう人間ではない。まだ使える形をしているものを捨てることができない性分なのだ。


高校時代の友人T。20代になって、イタリアからフランスを抜け当時エジンバラに駐在していた友人のところまで一緒に旅をしたときのこと。
最終日のホテルで、旅の間ずっと洗ってはまた履いていたスポーツソックスを、捨てた・・・と思ったら、ゴミ箱からまた取り出した。

「あぁ、これで○○の試合出たしなぁ。」

言っちゃ悪いが他人から見たら落ちない汚れで相当薄汚くなったソックスである。しかし本人にとっては思い出の品なのだ。彼女は結局そのソックスを持って帰ったように思う。私はそういう人を見ると、愛おしい気持ちになる。
そして、物を捨てられる人と、捨てられない人とでは当然生き方も相当違うんだろうなぁと思うのである。



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