「網走行/札幌行」 琺瑯板 橙板白浮文字 ○札
昭和39年10月1日、誕生以来函館から網走へと駆け抜けた急行「オホーツク」が札幌発着となった。それまでの併結相手「摩周」「宗谷」はそれぞれ単独の列車として独立し、「オホーツク」は新たにローカル急行「紋別」「はぼろ」と手を組むこととなる。北の玄関口から道東へのアクセスを担っていた同列車としては真逆の格下げであるが、これは道内2番目の気動車特急「おおとり」の誕生によるものであった。以後、循環急行「旭川」の後釜(※1)を経て、昭和47年に晴れて特別急行へ昇格となっている。現役であり、純粋な時間経過だけを考えると実に40年以上も使用されている列車名である。愛称板に使用されるローマ字は急行時代は「OHOTUKU」、特急時代は「OKHOTSK」となっている。(※2) 写真は札幌発着となった昭和39年より使用されたサボで、現物は角ばった浮文字である。函館発着時代のサボは丸文字で、サボ全体の考察としても昭和30年代後半に角文字に変わったと考えていいのではないだろうか。手元の文献では探し出せなかったが、当時稚内方面の優等列車の行先板は鶯色、網走方面の行先板は橙色とでも決まりがあったのだと推測する。私の確認している限りでは鶯色:「幌延行/札幌行」「名寄行/札幌行」 橙色:「函館(小樽経由)北見」「網走行/札幌行」が存在した。号車により行先が変わる当時としての秘策だったと思うが、あまり定着することなく従来の紺板に戻っている。
(1)従来の編成は「大雪」へ改称。以後「オホーツク」は旭川⇒遠軽⇒名寄の列車となる。
(2)全てを確認したわけではないので断言は出来ないが、今まで見た物はそのように分かれている。

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