ごあいさつ  

 木の花で心安らぐ空間の一つが、庭とホールをつなぐたたき。

 そこは四季を彩る季節感のある庭での泥臭い遊びと、ホールでの二階や物置とも連なった摩訶不思議な遊びが、同時に味わえる空間。大きな声では言えないけれども、書類より大事な我が工作道具がここに常駐してあることも理由の一つ。どうやら職員室より部屋よりも、たたきの方が性に合うようだ。担任外のフリーの「生活」、いやいや「仕事」を三年も続けると、そんな性分に拍車が掛かったらしい。思えば、二階建てのダンボールハウスも、庭に引っ越した「木工ハウス」も、ペットボトルロボットも、子どもが入れるダンボールライオンも、このたたきで生まれた。周りに満ち満ちた子ども達の遊びの匂いに刺激されて。

 そんなたたきをベースに垣間見える子どもたちの愉快でおもしろい姿・・・・。

 物置の裏の様々な遊具たちの乱舞、庭の茂みに隠されたバケツの中身、レンガで組んで作った隠し小屋の数々、庭の「木工ハウス」の雨どいに集う面々、砦の下から掘り出したもの、木片を切って出るおがくずの行方、ダンボールのお家の中での怪しいやりとり、ピアノの下に出来た隠れ家、焼き芋のかけらの争奪戦と分かち合い、階段を腹ばいで下る奇妙な一団、大型積木の日替わり劇場、透明ボールの野球観戦・・・・・。楽しくて可笑しくて、それでいて保育学的な分類も整理もしにくい、子どもたちの木の花的日常生活。

 ここは、木の花での子ども達の遊び風景の断片を綴る、「園長日誌」、とでも思ってください。木の花幼稚園での様々な場所で、子ども達が織り成す情景の随想、とでも思って気晴らしに覗いて頂けば幸いです。

 子ども達が来るまで、この「園長日誌」はたたきの道具箱に収納中・・・・。
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2009/5/1

端午の節句  

『保育のひろば』の編集部から取材依頼あり。こいのぼり特集に木の花のそれも紹介して欲しい、とのこと。来年の4月号だからずいぶん先の話。没になるかもしれんけど、まあ話の種に投稿することに。 
木の花の「こいのぼり」。どう見てもあまり一般受けはしそうにないけど・・・・。

例年、端午の節句に合わせてそれぞれの学年や全体でこいのぼりを製作、それらを飾りながら節句の集いを行なっている。「端午の節句」の集いといっても、幼稚園全員で集まってこいのぼりの歌をうたって、体操やお相撲、綱引きや身体を使うゲームなどをして遊ぶぐらいだが、失いつつある季節の暦として欠かせない五月の行事である。
幼稚園にある本物のこいのぼりも二階のベランダに2週間前ぐらいから泳がせており、子どもたちもこいのぼりを見ながら日々の遊びや活動(こいのぼり製作を含め)、生活を送っているのが4月中旬から5月の始めの頃。なお自作のこいのぼりは、幼稚園での「端午の節句」の日、それぞれの家に持ち帰る。こいのぼりの製作形態は毎年決まっているわけではなく、それぞれの学年で担任がねらいを考えつつ材料を用意する。年長程度になると時には相談しながら制作活動に。素材もチラシやトイレットペーパーの芯、ダンボールなど身近なものを使うことも多い。自由遊び中に好きな子だけでフリーの先生と巨大なこいのぼりを作りホールに浮かべたこともあった。
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今年のこいのぼりだが、年少さんは初めての製作。指先で絵の具をつけながらぺたぺたとうろこをつけるものと、三角四角と形のある紙をのりをぬって貼るものとを楽しみながらするのがポイント。さらに棒をつけ作ったこいのぼりで遊べるようなものに。(家でも飾れるように。)

年中さんは、絵の具の吹き絵を和紙の上で。トイレットペーパーの芯を土台に吹き絵模様のうろこを巻いて。「吹いて遊びながら」というのと、なおかつ出来上がったこいのぼりも飛ばして遊べるようなもの、というのがポイント。学年全員で舞台や積み木から飛ばしっこ競争をしたり階段やホール、二階の渡り廊下など色々なところから飛ばして遊んでいた。
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年長さんは、学年の6つのグループそれぞれに1つのこいのぼりを作る協同製作。巨大障子紙と墨汁と筆と幼稚園のこいのぼりをモデルにして。ポイントは6〜7人での協同作業。年長としての様々なグループ活動の一つでもあるのだが、グループの個性も出るようにそれぞれに任せての製作なのでどれが真鯉も緋鯉もなくそれぞれのグループの「こい」。絵の具で色もつけ出来た上がったこいのぼりをホールに浮かべてみると、年少さん、年中さんたちも紐を揺すってこの6匹のこいのぼりをばたばたと泳がせていた。協同製作のため家には持って帰れないので5月しばらくはホールに飾った状態で5月の幼稚園生活が続いていく。

街中から徐々にこいのぼりが消えてゆく中にあって、幼稚園での様々な「こいのぼり」に囲まれたこの節句は、力強い子どもへの育ちを願うささやかな、いや賑やかな集まりに違いない。
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2009/5/1

車庫  

庭には大型一輪車3台、小型1台、中型(「にゃんこ」と呼ばれる遊具)2台、そして他にクレーン車はじめ車が数台(これらはもらい物)。一輪車は庭階段の下で雨露はしのげるけど、車さんがおき場所がなく雨ざらしになっていたのが忍びなくようやく暇を見つけて車庫作りに励むことにしよう。
素材は貰いものの木片類。ペンキとハケはおやじの会からの寄贈。木道作りの残りものだけどありがたいことだ。
 作製は「大工」気取りのこちらの仕事。
「あゆどんって、園長よりも大工さんが好きなんだね」とは年長さんの弁。分かってるよなあ・・・。そしてペンキ塗りは子どもたち。年長さんの手馴れたハケ捌きを眺めながら、やりたい盛りのうめももさんも混ざって。
 子どもらの協力で二日で完了。子どもたちってホントにお仕事が好きだよ。
ご苦労さまでした。またお手伝いしてね。
そしてこれからは一輪車、車は屋根のある車庫に戻すんだよ。
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2009/4/25

野に咲く花の如く  

知らせを受けた後、何も手がつかず呆然としながら何故か足は庭に向かっていた。そして力なくたたきにしばらく座り込んでただずんでいた。視界に入っているのは間違いなく庭の今の光景だが、ツツジの花を摘んで蜜を吸っている年中の男の子の顔はどうしてもその子の顔に見えてしまう。花をこよなく好み、友達の取ってきたツツジの花の蜜もうれしそうに、ほんとに美味しそうに吸ってニッコリ笑っていた。そしてツツジの花、山吹の花などを着飾っていた。満面の笑みで。思い出すのは花のように笑っている姿ばかり。
庭の光景がゆがんで見える中振り絞るような嗚咽が自分の声だと気付いたのは、子どもから怪訝な顔で聞かれたから。
「だいじょうぶ?」

激しい雨は天の神様の涙のようだ。ワイパーを回しても視界が歪み車内にまで神様の悲しみが濡れてゆく。我がの女々しさにへきへきするが感情の高ぶりは収まりもない。昨秋全て吐き出したはずの涙はまだ相当腹の中にたまっていた。10年前と変らない庭での子ども達の光景、脳裏に焼きついた笑顔・・・・。何度もリフレインしてそのたびに僕は咆哮しながらアクセルを踏み込んだ。
車を飛ばし気持ちを押さえてようやく再会を果たした。顔をぐちゃぐちゃにした女々しい自分に、あの頃と変らぬ笑顔で見返してくれた。ほんとに笑顔で・・・。

花のようなきみに最後に贈るものは、幼稚園の夏蜜柑(こっそりお家に持って帰ったよね)とツツジ(甘かったよね)、山吹(着飾った姿きれいだったよ)・・・・。そして満開の桜を描いた幼稚園の庭の絵。こんなことぐらいしか出来ない、そして力無しの、根性無しの情けない自分。僕が園長になったのを心配してくれてたんだって。ホンマに情けない園長や・・・・。でも、でも、そんな僕を優しく、ほんとに心からの微笑みで迎えてくれた。見送るつもりが逆に励まされている・・・・。
不思議に気持ちが落ち着いてきた。

16年という生涯を人は短い、と言うかもしれない。でもそうだろうか? 70年生きようがあるいは100年生きようが、それがたとえ16年だったとしても、同じ人生じゃないか。人それぞれの生きた証はそれぞれの残された人たちの心の中にずっと、ずっと残る。それは僕にとって宝の一つだし、ひょっとすると木の花で今を生きる子ども達の中にも生きている宝物かもしれない。充実した、ほんとうに生き抜いた人生だったのではないだろうか。俺なんかよりもほんとに・・・。つらさやしんどさをけして表には出さず周囲にいつも笑顔を贈り花のように豊かな恵みを回りに与えていた。木の花で遊び、学び、生きて、歩んだ紛れもない確かな足跡と大事なものを繋いでくれたはず・・・。

帰路は晴れやかな空が広がっていた。神様ももう悲しんでいない。僕の涙も大地に消えた。新しい花を咲かせる糧として、新たな一日を精一杯生きる糧として。そう心に誓った。

ありがとう。
今はそれしか言えないけど、木の花幼稚園いつまでも、いつまでもいつまでも二番目のお家。いつでも還って来て欲しい。花となり、蝶となり、鳥となり、実となり、風となって・・・・。ここに集う子どもたちを、そして大人たちを見守って欲しい。教えてやって欲しい。
生きることの喜びと楽しさと素晴らしさを・・・・。 
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2009/4/22

「大きなカブ」は食べ放題  

お誕生会で先生たちの出し物で「大きなカブ」の劇をするという。当日担当の先生に言われてくじ引きをすると「お爺さん」役。はまり役と笑っていたが、こちらとしては「お婆さん」がよかったなあ。
大きなカブは担当の先生が大きなボールと白いきれ、緑の網で司会の先生が足跡「栽培」。ならば「おじいさん」も件の「大風呂」から白いウレタンの「ふとん」から「ひげ」を、緩衝材である「おもち」を「種」に、新聞紙から「帽子」、ダンボールの切れ端から「鍬」、空き箱から「ジョーロ」を、これまたお誕生会の最中の即席製作。ふむ、まあまあだな・・・。

劇は適当にアドリブを入れつつ楽しく終了。
年少さんがいきなりこんな劇を見られること自体が驚きだが、これもワイワイ会世代の子どもたちゆえか。ワイワイ会を年間通じて継続的に取り組んできたことで一日入園までのずっと通っていた子もいたし、出し物をお客さんとして楽しむのも慣れたものだもんねえ。

さて、「大きなカブ」はその後、昼食を終えた子どもたちから食べに来た・・・・というより先ずは作りに来た、というのが正しい。
「おじいさんがカブのお料理、作るんでしょ。」
そうだった。劇はそうして終わったんだったっけ。年長さんの女の子がそういうので、「風呂」を「大鍋」にして煮ることにしよう。「カブ鍋」だ。
「ジャガイモや人参、白菜も入れようよ。」
新聞のぐちゃぐちゃや新聞玉もポンポンと大鍋に放り込んで、積み木を台にして外から「鍬」をしゃもじにかき回す年長さん。うまいもんだ。他の子どもらも料理人に加わりどうやら煮えた模様。しかも「ホテル」のカブ鍋パーティらしい。そこに集う子どもたちで乾杯。「食後」のデザートが本物の夏蜜柑というところが可笑しい。どうしても食べたいと言ううめももさんの希望を容れて、庭まで行って来て採って来た年長さん。優しいホテルスタッフでよかったねえ。
そして「温泉」に浸かり(鍋がまた風呂に変身)、「布団」に入って寝る前にカブの「漬物」ルームサービス。うん、ありがとう。ゲップが出るくらいカブを「食べて」、さあ、おやすみ・・・・。
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2009/4/20

消防署  

年少さんたちがホールで遊んでいる。自由遊びではなくお集まりの後、ホールでこいのぼりを先生と一緒に少人数で作りながら、他の子どもらはホールで自由遊び。あるのは大型積み木だけだから自然にそれらを使うのだが、もう自分たちで動かして作っている姿はたいしたものだ。橋かな、道路かな・・・。 
さて年少さんが橋やら迷路やらの後、今日のお昼の後は年長さんの独壇場。三階建てのお家。消防署みたい。登り棒のところに作ったところがミソだよね。三階の上まで登って登り棒で滑って降りてくる。やるなあ・・・・。年中さんらに残りの積み木を並べてその「消防署」から道つくり。
この種の遊びの文化的な伝授はやはり年長、年中さんたちの自由遊びでの姿から。特に今年の年長さんは早々から大型積木で大きな家やら基地やら作るのが得意だし楽しい模様。友達同士協力しつつ日々進化を遂げている。
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遊びながらイメージは広がり、更に大型積木は日々伸びていく。
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2009/4/18

ナメコ  

在園のお母さんからナメコ菌?を頂いた。折角なので幼稚園で栽培してみることにして、内川に住む知り合いの家具屋さんから桜の原木をもらう。
さて原木に穴を開けて菌を金槌で打ち込む。年少さんも混じって手伝ってくれた。金槌がしたいらしい。そのまま大工さんになだれ込んだのは自然の成り行き。いつもより早く大工さんも解禁。
ナメコは霧吹きで適当に水をかけて秋を待つ。これも毎日の子どもたちの日課になるだろう。お母さんの話だと出来るのは二年間後らしいので、気長に待つことにしよう。
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2009/4/16

箱  

「これなに?」
「箱や。」
「なにがはいっとるの?」
「何やろね。」
「みせて。」
「自分で覗いてみんか。」
「みれんもん。」
「積木で階段作ったら・・・・。」
年少さんのその子は大型積木を持ってきてそれに乗った。まだ見えない。もうひとつ。それを乗せて階段にするとみえたようだ。
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「わあ〜でっかいおふろだ。」
「はいっていい?」
「どうぞ。」
「わあ〜」
歓声をあげてその深い「風呂」に飛び込んだ年少さん。

うめももさんが木の花っ子の仲間入りして一週間足らず。朝泣きの子はまだもちろんいるけど、馴染む早さも相当なもの。やはりワイワイ会の子どもたちだけのことはある。勝手知ったる木の花のあちこちに出没して遊びの中へ、そして遊びの輪を広げている。興味いっぱい好奇心もいっぱいだ。

さて1m50cm四方で高さが1m程度のこの巨大な箱は、昨年度のおやじの会役員さんの置き土産。おやじクッキングの餃子作りで夜の部参加のおやじさんが会社で使わんし、と持ってきてくれた。新入園児が慣れた頃にと思って出すタイミングを見計らっていたが、あまりに幼稚園に馴染むのが早いので早々と庭の物置から出すことにしたのだった。

「大露天風呂」は、まもなく集まってきた風呂好き?の子らであちこちに「お湯」が飛び交い、さらに風呂回りに積木の階段を作って「入浴者」が続出。ごった煮のようになってきた。積木の上には上靴置き場も登場。靴を脱いでちゃんと揃えて入っている子も。

「おだんごや。」
「おもちみたい。」
「おしそうだね。」
中に白玉だんごのような発泡スチロールもどきの緩衝材がいっぱい。ホールに飛び散った?それを拾って空きカップに入れるともう立派なご馳走。

「これ、レーシングカーみたい。」
中にあった小さなダンボールの組み合わせは確かにレーシングカーにも見える。車好きのその子は「レーシングカー」を走らせていった。

「おふとんみたい。」
「気持ちいいね。」
大きなウレタン素材を発見した仲良し二人組み。それを抱えて別の段ボール箱に敷いて仲良く揃って「お休み」の模様。

さて「大風呂」にダンボールカッターで出窓を作るとそこから顔を覗かせて「お湯」を入れ戻せるようになった。お片づけもあるし出窓は必要だよねえ。もっともその出窓から靴のまま入った慌てん坊の輩はその後上履きが「風呂」の中に沈み見つけるのに苦労していた。巣潜り名人の子どもが潜って見つけ出す。ほんとに潜るんだよねえ、子どもって。大人には出来んなあ、これは・・・・。

楽しい「温泉」、そしてそれをめぐる遊びはもうしばらく続きそうだ。
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2009/4/6

春の息吹と共に  

「見て! きれいでしょ。」

庭に落ちている桜の花びらを集めている子どもがカップに溜まった花びらを見せてくれた。水を入れると長持ちするよ、というと、子どもは水場へ。そしてカップの中の水に浮かぶ桜の花をうっとりと眺め大事そうに部屋に持っていった。
毎年のことだが庭のあちこちで見られる桜の花びら集めの光景。4月の新学期は庭に敷き詰められた「桃色の絨毯」が子どもたちの遊びアイテムのひとつになる。木々から落ちてくる花びらを下でボールをもって待ち受けている子や、花びらを泥ケーキのトッピングにしたりする子も・・・。

通い慣れた部屋に間違いそうになる子も毎年いるけど、久々に登園してきた子どもたちは皆うれしそうに新しい部屋に吸い込まれていく。かばんを置き新たなシールノートに最初の一枚を貼るとホールや庭に次々と飛び出してきた。
大工さんしたい、という子にドングリの芽の看板作りも依頼。うめももさんが来るとしばらく大工さんは出来んしねえ。手馴れたちびっこ大工さんたちがさっさと作ってくれた。看板の字は今日遊びに来た小学校一年生。学校は明日からだそうな。あり難い。じゃあお手伝いしてもらおうかな。

お片づけをしてホールに集まって始業式。誇らしげな子ども達の顔が眩く見える。
まだ年少さんがいない新学期のわずか数日のこの期間は、在園児たちが上の学年になった気持ちを高める大切な日々なんだよね。
木の花っ子たちが仲間入りするのもあとわずか。クリックすると元のサイズで表示します注 写真は4月末日のもの
今年で2歳のどんぐりさん。
もうすぐ3歳の新しい友達が幼稚園にやってくる。彼らが卒園する頃には山に帰せるかもしれない。大自然の、母の生まれ故郷の元へ。それまで子どもたちと共にここの庭を見守りながらしっかり育って欲しいなあ。
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2009/4/1

生命萌ゆる季節  

クリックすると元のサイズで表示します春爛漫の庭はとても華やいで見える。梅の花が咲き、杏に李が可憐な花をつける頃に桃組の部屋の前にある桜の木からつぼみをつけ始める。植木屋さんによれば兼六園から取り寄せた枝垂桜らしいが、なぜか枝垂れてはおらず立派な枝振りを見せていつも庭の桜の先陣を切って花をつける。しばらくすると砦の後ろの山桜が、そしてブランコの後ろの枝垂桜も遅れまいと花の競演に参戦するだろう。一年の計は元旦にあるけれども、この4月も幼稚園には一年の始まりだ。毎年のことながら桜の花がそれを宣してくれる。

冬に楽しいドラミングを聞かせてくれたコゲラはもう姿を見せなくなった。代わりに椎やミズナラの木々の上にはシジュウカラやメジロ、カワラヒワなどの野鳥たちも見え隠れ。虫を掘り起こして見つける子ども達と同じく這い出た虫を狙っていたり、新芽をついばんだり・・・。やがてこどもらの水遊び跡で沐浴する小鳥たちの姿も見られるだろう。ツバメの訪問もまもなくのはずだ。

畑の菜の花も可憐な姿を今年も見せていた。別に種をまいたわけでもなく冬野菜の残照としかいいようがないけれども、自然の摂理として生まれいづるまぎれもない春の乙女。そしてまもなく植え込みにあるツツジ、山吹、畑のブルーベリー、庭の階段下の棚にあるアケビも負けじと可憐な色彩を付け始めるだろう。アゲハやモンシロチョウなどの蝶々やミツバチらの憩いの場として。

涸れたかな、と思っていた庭のドングリから出た芽が息を吹き返している! 植木鉢に埋めた庭のドングリ。葉っぱを全て落として弱々しい一本の細い背丈数センチの幹のみ残った冬。あかんかったなあ、という人間の勝手な諦めの想いとは別に、春の息吹は確実にこの庭に、このドングリにも届き、生命萌ゆる恵みを与えてくれていた。信じられない気持ちで小さな芽を見つめ、とても気分は温かく朗らかになった。子どもたちが幼稚園に帰ってきたら看板を作ってもらおう・・・。


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2009/3/30

再会の春  

卒園生たちが続々とやってくるこの年度替りの春休み。中学生になった、高校生になった、大学生になった、東京や大阪、長野などお引越した遠い子、小学生もいっぱい。彼らが彼女らが幼稚園に来るから、と聞きつけ、市内の卒園生やおかあちゃんたちも参集。毎日ミニ同窓会という印象で、とりわけ今年はほんと多くの再会を果たした気分である。そして不思議なことにお母さんたちの風貌は何年たっても変わらない。年とらんねえ、ということ。おせじではなくこれって法則的なものかもしれないなあ、と思う。卒園生たちはどんどん大きく顔つきも変わっていく。脱皮していくって感じが年数再会の期間が開く分、成長の刻みを多く(大きく)感じるのだろう。それが若いってこと。当たり前かもしれないが、出会った瞬間隣の親御さんの顔を見て、なるほど、○○○くんやねえ、という按配だ(単なる老眼が入ってきているのかも・・・・)。

中を巡って卒園生たちは幼稚園ってこんなに小さかったっけ?と思うみたい。そう小さかったの、君たち。でも背丈は小さくても幼稚園を所狭しと遊びまくっていたぜ。そんな大人びてどうする?
幼稚園の先生の「お得感」というと言葉が悪いが、ひとつはお家の人たちの知らない幼稚園での姿を知っていること(お話で伝えたり、お手紙で記したり、でも伝わらないことはいっぱい)、そして、もう一つがこういう成長後の再会。学校の先生より長いスパンでの歳月を越えて再び出会える、そんな喜びがこの職業へのモチベーションを構成するいくつかの要素のひとつには違いない。
今春もいっぱい元気をもらって、ずいぶん勇気をわけてもらった。
新しいスタートを切る上での最高のエネルギー源を有難う。
 
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2009/3/28

男のモノ作り〜本物に触れて、本物を作る〜  

男性保育者研修の八回目は、家具職人(注)の方を講師に男のモノづくり実践編である。外部講師の招聘?というのは初めての試み。氏自身が養護施設で子ども達と関わってきたこともあり、また近郊保育園に絵本棚など家具を作っており、今回は特別講師でお願いした。研修はその木工房にて、げんのう(金槌)、鋸などの基本の使い方から、特殊器具、旋盤なども使いながら木工品を作ることを目的とした。「商品」になっている本物を自ら作る。モノもヒトも“本物”にこそ人を惹きつけるものがあるから。

児童館の集合場所から乗り合わせで出発。行きしな途上にある鮎川の自宅にあるタブの木のテーブル(講師作品)を見学後、工房のある内へ。自宅前にある工房「望峰」は二階建て。薪ストーブのある一階が工具や旋盤などのある作業工房の間で二階がオフィス。オフィスといっても幾つかの作品と木のテーブルに海外の高峰、岩峰の写真などを飾り山小屋の雰囲気。二階で自己紹介の後、今日の行程を聞き、移動棚のついたCDラックを見せてもらう。すでに100個ほど注文があるものらしい。今回はこれを二人組で作ることにする。二人で協同して、というのも今回の木工製作のミソ。着替えをして早速一階へ。
先ずは鋸の楯引き、横引きの解説から。木の節目に沿うのが楯引き、直角が横引き。歯の形状が全然違うのだが、そういう機能的な意味とは・・・・。切れ方が全然違うらしい。なるほどねえ。知ってるようで曖昧な使い方をしていたものだ。またげんのう(金槌)の両面。平面と丸み。これもその機能的な相違の意味を始めて知る。これはなるほど理屈に叶っている。また、L字の金測りの使い方なども聞き、いよいよ作業開始となる。

二人一組に二枚の長板と丸ひごを渡される。先ずは鋸で板を六枚にする作業から。一人が押さえて一人が切る。当然節に直角なので横引き。押さえもテーブルストッパーがあってこれも併用すると楽。切れ味に酔いしれているうちに最後そのままの勢いで切り落したら、節から裂け目が・・・。おおざっぱ園長、いきなりの失敗。最後は押さえるように静かに切り落とす、らしい。並べてみると6枚の長さが微妙に違うのが素人。講師によれば職人の許容誤差は0.5m以下だそうな。
ついで穴あけ。L字の金測りを使い三点を同定。大雑把園長同士の組み合わせなので、すぐにポイント同定をしたが、高専出身の保育者は緻密な線引きを試みてきっちり作っている。さすがだね。固定ドリルでの穴あけ作業は楽しい。その後、六枚の板に同じ箇所に穴を開けるコピーの方法を授かり、再びドリル。移動棚の穴は貫通なので、別の移動式ドリルで行う。二人組みなのでここまでお互いに押さえながらの作業。こうして互いの息も合って来る。
そして、板の角取り。鋸で先ず大まかに角を切り落とし、次いで固定旋盤に当てながらカーブ状に削っていく。指を落さないように慎重に・・・・。これが面白い。うまく丸みを帯びてきた。
最後は丸ひごを同じ長さに切りげんのうで端を叩いて、穴に入れる。きれいに入ったところで、紙やすりで面取りをした後、ボンドをつけて再度穴に入れてげんのうで叩いて完成となった。
職人はスムーズに棚が移動するのに対して、我らは動くけどぎこちない。0.5mm以上なのでしょう。にわか職人はこんなもんか。動かない分、これ縦においても小さいなお洒落な小棚になりそう、と開き直る。作る喜びは子どもたちに伝えたい大事な感性。きれいな精巧な、などはそうした土台の上についてくる。上手かろうが下手かろうが、紛れもなく自分の手による自分の作品。赤子を抱えるような丁稚小僧たちの顔にはそうした歓喜の笑みが浮かび、完成品を手に記念撮影で作業は終わった。

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(注)氏は、大学卒業後もしばらく海外を放浪登山していた北陸の往年の名クライマーとして登山界では有名。KCC(金沢クライマーズ・クラブ)創立メンバー。30過ぎて定職に。養護施設の職員として勤務しながら自前で自宅横に作業所を作り、そこで家具を趣味で作っていたが、それが昂じて職業訓練校にも通い3年前に木工房として独立した。ぼくにとっては、保育現場においても山の世界においても大工筋としても大先輩である。
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2009/3/23

科学の城でのサッカー対決  

 「なんや、これ?」
 「サッカーボール」
 「サッカーできる芝生があるんだって・・・」
 電車の切符を買って並んでいる子どもの一人の手にはサッカーボール。おお〜、サッカーボールを持って電車に乗って遠足に行くなんて、未だかつてないことだろう。

 富山までJRで行って富山駅から市内バスで科学館へ。動く恐竜の模型やらダイヤモンドダストとか水で切れる紙とか球体の循環とか、中も十分楽しめる。しかし、サッカー小僧の目はすでに建物の外の芝生広場に向かっていた。
 
 ご飯が終わり人数が揃うと庭に飛び出していくサッカー小僧たち、8人。
 「じゃあ、あゆどんはあっちのあの棒(赤い大きな看板の棒)」
「俺らは向こうの柵の下がゴールなあ。」
「おいおい1対8かよ。あゆどんの味方はおらんか?」
「おらん。子どもチームやもん。」
ああそうかい、いいだろう・・・・。
まつくりのサッカー小僧チームとは過去2回対戦して引き分けと敗戦(子どもチームの勝ち)なので、前回のリベンジを果たすには最後のチャンスだろう。

サッカーボールを持ってきた子がボールを思いっきり蹴って試合は始まった。ボールは果てしなく転がっていくが、拾い芝生途中で追いついた。こっちも思い切り蹴った。大きな弧を描いて飛んでいく、「わあ〜」という子どもたちの歓声ものせて。

 思い切り蹴る楽しさって確かに幼稚園では難しいことだとここにて改めて気づいた。金沢市芸術村の広場なら可能かもしれないけれど、玉川公園でも難しいかもしれない。それほどサッカー小僧たちのキック力が増してきている。庭でやっても隣家に飛び込む、道路に飛び出す、などは、とりわけ三学期に入るとしょちゅう。そのつど子どもが「すいません」と取りに行くか通行人にとってもらうか。一回さくらの木の枝のずっと上にハマったこともあった。ばつの悪そうなまつくりさんの傍らで、年少さんが、すっげえ、という顔であんぐりと口を開けて見上げているのが可笑しい。「さあ、登ってこい」とけしかけたけど、まつくりさんには到底登れなかったので(10m以上か)、大人が木登りして、さらに長い3mほどの棒でなんとか落としたが・・・。

 想えば、Jリーグが発足した頃に木の花に勤め始めたので、その頃の年長さんとはほんとよくサッカーをしていた。蹴って遊ぶだけじゃなくてチームを作って、よく遊んだ。ゴールは鉄棒と階段下の三角のスペース。それは今でも変わらない。雪の上でもやったりしたが、こどもの中に混ざっていたのがその頃。その後、サッカー熱が復帰したのは日韓ワールドカップの頃。商工会議所(青年部)が主催でのキッズサッカーも華やかだったが、こどもらの中でサッカーチームを作って幼稚園でも蹴りあっていた。その頃は年長の担任が続いて、一緒にというより、こどもらでという感じ。そして、今年は珍しく庭を見ながらたたきで一人飯を食っている姿を可哀想に、と思ったのか、子どもらがサッカーに誘ってくれた。但し、大人チーム対こどもチームで・・・・。
大人って、「あゆどん」? こどもは?
俺ら・・・。(7〜8人のサッカー小僧)

 一回目はなんとか引き分け。でも2回目は2−0で完敗。だってさ、子どもチームはキーパーもいるし、ゴール前で待ち受けているフォローの子もいるしねえ。それってオフサイドやろって言っても無駄。まあ当たり前か。ゴールキックやらコーナーキックやら、フリーキックとかスローイングとか良く知っているくせに。まあいいや、その代わり本気勝負!だったのだが・・・・。

芝生広場の広大さ(100m四方は十分ある)、こどものキック力では十分戻って拾えるから勝負ができる十分な条件。二三人蹴散らしながら、(あ、○○転んだ、反則や! あゆどん!って叫ぶこどもに「サッカーは格闘技や!」「足を蹴ったら反則だけど、身体が当たって転んだぐらいで負けるんじゃない!」っと吼える。むきになってどうする?という大人の冷静な自分と、子ども達と本気対決する『ダンプ園長』に、2−0となって大人チームが優位に立つと俄然こどもの一人は服を脱ぎ捨てて半そで半ズボン(サッカースタイル)となる。そんな格好をもとからしているところが又おかしいけど・・・・。
パスやパスや! こっちがど真剣なせいか、子ども達も連携がどんどん冴えてくる。敵陣ゴール前に一人、ボールを追いつめるのに4人、自陣ゴール2人。しかし、こどもの「協同」も大人の気迫勝ち。2−0で大人チームの勝利。地の利を生かした作戦勝ちや。ダンプ園長は子どもたちとの海賊の一線に出ると出ないとでは意味が全然違う。ダンプ園長は罠に引っかかって倒されるけど、勝負の世界に手抜きはできんなあ・・・・。
バスの時間が迫っている、さあ、行くよ〜と声をかけても一人の子はしばらく悔し涙で座り込み、戻ってこなかった。まあ、これが勝負の世界だよねえ。

 そんな姿がとても凛々しい・・・・。もうすぐ小学生。口惜しければまた受けて立つぞ、いつでもサッカーボール持って遊びに来い!
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2009/3/22

おやじ謝恩会  

 おやじは謝恩会に出られないですね?
と、おやじらに訊かれて応えに詰まった。
「出られない」、ってことはないと思うのだけれど、謝恩会員さんで考えてお金もおそらく大人一人子ども一人の計算で集金してるんちゃうか? 母の替わりはいいと思うけど、おやじも参入して大人二人はどやろか・・・。という話をしていると、じゃあおやじらで別に謝恩会すべえ、と、おやじの会の役員さんたちでまとまったらしい。アンケートで参加者も募り、先生たちの意向も聞いて出やすいタイミングで日中に設定。ここらへんの腰の軽さと行動力がおやじらの特徴かもしれない。初企画ということもあり、お相伴に預かる。
思えばほろ酔いで男の先生らとは男の絆、というと臭いが、まあけっこう気心知れて話し合っているけど、女の先生とはおやじらも「お父さんたちと遊ぼう会」くらいでしか接点がないし、というのがおやじらの言い分。結局全員の先生の都合はつかなかったが、とりあえず初のおやじ謝恩会が柿木畠で開かれた。

 謝恩会は、もともと保護者会企画で先生たちに感謝の意を表する、という意味合いで行なわれているもの、らしい(当たり前と言われそう)。以前は場所も幼稚園で行なっていたのが、片づけやら掃除やら子どもの面倒やらで先生のほうがくたびれてしまうため、ちっとも「謝恩」になっとらん!という先生方の不満でヨソを会場にして行なうようになった、らしい。ぼくが幼稚園に来たときはすでに外部会場だった。ただ、必ず先生の出し物があってどういうわけか謝恩会で先生らの劇があったり、ギターを弾かされたり(「弾かせて」ってこちらから持参したときもあったけど)、諸々先生らも役どころを与えられているのが、木の花らしいのかもしれない。

 おやじ謝恩会も案の定行ってみれば座席くじを引かされ、座ってみるとそこにある札に本日の役割が書いてある。「開会の挨拶」とか「乾杯の音頭」とか、「締めの言葉」とか。いきなり座るやいなや、その役を当たった先生は「え〜!」という顔でそれでも如才なく?こなしていた。もっとも先生たちだけでなくおやじらにも均等にそのくじを引くようで、最後の挨拶はおやじからで長々と続いた。こういうのが得意な人だったんだあ。これもおやじ謝恩会での発見かも。そして最後はおやじの会会長の挨拶だが・・・・。

 「・・・・というわけでおやじの会よりプレゼントがあります。さあ、あゆどん、立って。」
おやじの会の会長に促されて立ってはみたものの、長い話が延々と続く。何が当たるのやろ、と期待に胸膨らませつつ、結局そのまま話が終わった。可笑しいなあ、ほんとに笑えるわ。結局、年長おやじたちから羽子板セットを他のおやじの会の役員さんから頂き、会長からは一番印象深いという木道作りのときの写真を二次会にてようやく頂いた。このアバウトさがおやじの会の真髄なんだよねえ。
別件の所用があって夕刻に会場を後にして想うのは、明日も休みでよかったなあ、ということ。職員の出勤は明後日(おやじらも一緒か)。みなさん、お仕事に差しさわりがないように頼みます。



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2009/3/21

もうひとつの卒園式  

金沢市こども福祉課主催で幼稚園と保育園で、相互に職員交換をしようという事業があった。
市内の5つの幼稚園と保育園。木の花もそこに選ばれていた。幼保一元化、認定子ども園、という流れを行政が重視していることがあったと思うのだが、相互理解を深めようというなかなか画期的な事業だと思う。木の花からは代表で私が行くことになった。園からの業務命令だった、と記憶するが、むしろ望んでいきたい想いもあった。年少を再び担任したいので2歳児をみたい、という邪まな希望もあったが。我が保育園育ち、ということもあったし。今から4年前のことである。

2歳児さん12名。2歳児クラス、ひまわり組での保育園での生活はひたすら楽しかった。「あゆどん」って、よってくる子どもたちの可愛さもあるし、ギターをほんとに純粋に喜んで楽しんでくれる雰囲気もよかった。プチちゃんってこんな感じかな?
それにしても保育園と幼稚園との形態の違い、とりわけ身の周りの身辺自立に目を瞠った。箸を使う、服を着替える、一人でトイレに行く・・・・。部屋での遊び、おやつ、活動、お昼、そして昼寝。自身はここまでしっかりしてなかった、と思うなあ。歯磨きしてパジャマに着替えて、トイレに行って、布団を引いて・・・2歳児さんも毎日がお泊り保育。彼らには日常的なことかもしれないけど、こちらは非日常。興奮して寝付けない子ども達を添い寝しているうちに、恥ずかしながらこちらが寝入ってしまうこともあった。寝起き後は布団をたたみ、おやつを食べてお帰りの集まり。その後三々五々と親御さんが引き取りに来る。保育園はやはり生活に密着している。

3日やって期間を変えて3日。共に過ごしたのはほんのわずかだが、この子らももう他園の子ども、という感じがしない。同じ釜の飯同じ臥所?で寝食を共にした仲だからか・・・・。(裏を返すと遊び仲間で職員としては保育園では十分働いてなかった、ってことかもしれないが。保育園の先生、ごめんなさい。)
交換事業が終わり、金沢市役所での報告会でお役ごめんとなったが、後日、その保育園の2歳児さんたちが木の花に遠足にきてホールや庭で遊んだり、こちらからも年中の子どもたちがその園に遠足で遊びにいったりもした。(保育園の先生が木の花の年中さんのクラスで一緒に生活したこともあって)。

交換事業が終わり別れしなに、ひまわりさんと先生からのプレゼントを頂いた。トイレットペーパーで作った鉛筆立てそこに2歳児さんたちの写真、そして大きな手形のついたアルバム。パソコンの脇に載せて使うことにした。仕事に疲れて横を向くとひまわりさん・・・・。
そんな彼ら、彼女らが卒園するのが確か今年のはずだ。保育園に連絡を取ればその通り。覗きにいってもいいかどうか聞くと快い返事。望外のことながら来賓として正面からあの子らを見届けることができた。式はきらびやかなものではないが、心の篭ったものだった。木の花のような卒園児最後の「舞台」、在園児へのバトン渡しの「儀式」、というコンセプトとは異なり、親にこれほど大きくなったんだよ、という成長の証の場なのだ、という印象を受けた。4年間の歳月の歯車を巻き戻し、ひまわりさんの子どもたちの面影と成長の跡に、なぜかとどめもなく熱くなっていたのはなぜだろう?

式後、保護者の謝恩会の前にぼくとひまわりさんと会う時間を保育園の方々はつくってくれた。ギターのこと、しっかり覚えてくれたんだ。
今日の再会の一日は、ぼくにとっての新たな「宝物」。まつくりさんと同じく紛れもなく彼らも彼女らも同じ時間、空間を共有した大事な子どもたち・・・・。
おめでとう、ひまわりさん。
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