2009/10/23
昨日 悲別で
という倉本聡さん脚本のドラマがあった。1980年代のことだ。
北海道の悲別(かなしべつ)という架空の街から東京へと上京した
(因みに、日本どこからでも東京へ向かうのは、上りだ。なんて
中央集権的なのだ。逆は勿論、下りだ)若者たちの物語で、
「22歳の別れ」がテーマ曲になっていた。タップダンサーの
主人公は、一時期、とても人気があった。今は、どこへと行ってしまった
のだろう。今でも、タップを踏んでいるのだろうか。
昨日、カクウチスタイルありありで
2人のBRITISH に出会った。NATALIE とDAN の2人で、ケンブリッジから
やって来た2人は、北九州で、日本語を勉強していた。専攻は、FILM だと
言っていた。
好きな映画の話になり、僕が、TAXI DRIVER だと言うと、とても驚いていた。
3人でビールを飲みながら、僕は、白波を飲みながら、話をした。
なかなか楽しかった。日本映画のドキュメンタリーを教えて欲しいと言われた
ので、携帯のアドレスを聞いた。
日本のドキュメンタリー、そう言われると難しい気もする。
YASUKUNI やHIROSHIMA は、日本人によるドキュメンタリーではないからだ。
2人共、頭が切れ、それで、とてもオープンマインドだった。そこにいるお客さん
とすぐに親しくなれるようだった。
2人共、もの凄く背が高かった。
その日は、ジムには行かないで、仕事の後に、竹屋で、さんまの棒寿司と
もつ鍋を食べた。そして、カクウチスタイル ありありで に行ったとこ
ろ、そこで、2人に出会ったのだ。
山ほど、話続けているうちに、日付を超えてしまった。
彼らは、日本へとやって来て、まだ数ヶ月と言っていた。なんで、みんな
私たちのことをジロジロと見るのと言っていたので、小さな赤ちゃんを見ると
みんなじっと見て、笑いかけるだろ、それと一緒。ただ、君たちに笑いかけない
だけだよ、と説明すると、そうか、わかったと言っていた。
2人の日本での滞在が、実りある楽しいものになるといいと思う。
僕だけ先に帰った。
TAXI DRIVER は、数年前の自由化によって増えたタクシーの台数に文句を
言っていた。無口なロバート・デ・ニーロのタクシー・ドライバーとは
異なっていたし、トム・スコットのサックスホーンのテーマも聞こえなかった。
そう、それでいいのだ。
カクウチスタイルありありで 少し飲みすぎた夜の次の日の朝、
ソルマックを飲み、ブレスケアをがりがりと齧った。
昼食には、創業30年の「藤王」に行って、中華そばと焼き飯のセットを
たのんだ。シンプルな中華そばが、胃に優しかった。
本格的な中華そば、鶏がらスープにちじれ麺だ。
ある同僚が、先日の会議に、もの凄く色あせた古い鞄でやって来ていた。
「おやじのなんですよね」と、少し照れながら、その40歳くらいの同僚は
言った。おやじさんが使っていたか鞄をその息子が使う。
とても素敵なことだ。
もう命がなくなっている皮であっても、そこに人の思いが宿っていき、
また生命を吹き返すのだろう。
皮は生き物、呼吸をしている。
そう、僕たちが今呼吸をしているように。
昨日、深呼吸しましたか?
あなたのお気に入りの場所で。

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