1960年前半(微妙)生まれの男の、映画について、音楽について、旅について、本について、そして人生とやらについてのブルース。自作の詩のおまけ付き。書いているのは、「おさむ」というやつです。
since 6.16.2005
To travel is to live. -H.C.Andersen
2009/11/21
ICELAND
09年10月30日、アイスランドからマクドナルドがなくなった。
イタリアとかフランスのように、「チープなファストフードなんか
食べるんではない」なんてスローフォードとしての反逆ではなく、
通貨のクローナが暴落して、食材の輸入にコストがかかりすぎる
ようになったからだ。
ええええええ、マクドナルドがああ。
なんていうことは言わない。まあ、普通にマクドナルドに行ったり
するが(横浜に住んでいた時は、2ヶ月に1回だっただろうか。そういえば、
小倉に引っ越して1年半、マクドナルドは1回くらいしか行っていない。
ロッテリアには、「絶品〜」を食べに3回くらい行ったけれど。
そうか、おいしいものに溢れた場所では、マクドナルドへと行く回数が
減るのだ)、僕にとってのハンバーガーの原点は、中学の頃によく通った
シーマンというお店のハンバーガーだ。そのお店は、兵庫県西宮市の
夙川(芦屋の隣にある田中康夫さんも、よくエッセイで書いていた人気の
スポットですね。春には、北の山側から南の海側へと、ずっと桜が咲きます。
その夙川の北川に、僕が通っていた西宮市立大社中学校があります。
今は、校区が違うかもしれませんが、僕はどちらかというと、そこから
所得が下がる東の西宮北口へ向かった方向の場所に住んでいました)という
場所にあった。
そうだ、中学生の頃には、地域にはロッテリアしかなく、マクドナルドは、
神戸・三宮まで行かないとなかった。三宮に映画を見に行き、フラワーロード
のマクドナルドで、フィレオフィッシュを食べて、フレンチフライを齧りながら
西の元町の大丸百貨店まで行って、屋上のゲームセンター(勿論、テレビゲーム
はなく、ピンボールとかもっと牧歌的なものばかりだった)で、遊ぶのが、
中学生の僕たちにとっての素敵な日曜日の過ごし方だった(その頃、公立中学は、
土曜日は休みではなかった)。
僕と、石村君と、栗林君(20歳代で亡くなってしまった)の3人がいつも
固定のメンバーだった。そこに、桑原君や塚本君(小学生の頃、草野球で
僕がピッチャーの時、キャッチャーのポジションを守っていた)と国分君
(お父さんが、夙川脇のグンゼの寮の管理人をしていて、国分君の家族は
そこに住んでいた。僕たちは、その寮のテニスコートで、よく野球をした。
アンツーカーの素敵なコートだった。そういえば、卓球もした。寮だけ
あって、色々なものがあった)が加わった。
えっと、何の話だったっけ。そう、そう、手作りハンバーガーの店、シーマン。
そこは、普通の喫茶店という感じだったが(大学生になった時に寄ったことが
ある)、中学生の僕たちにとっては、大人が寄る場所という感じだった。
そこで、僕たちは、コーヒーを飲みながら、ハンバーガーを齧っていた。
手作りのおいしさは、そのままだった。
だから、僕のハンバーガー体験の原点は、「手作り」なのだ。
だから、どちらかというと、日本からはもう撤退してしまったが、
「バーガーキング」(横浜の伊勢佐木モールにありました、伊勢佐木町
ブルースのあの通りですね。松坂屋の前では、ゆず も路上ライブを
やっていたこともありました。メジャーになる手前の頃だったと思います。
ワールドカップフランス大会があった頃のことです)が好きだ。
ということで、アイスランド。
アイスランドと言えば、エイドゥル・グジョンセン。サッカープレイヤーだ。
31歳。
長身の「パスもうまい」献身的なフォアード。
衛星放送を見ることができないので(加入していないだけですね、加入すると
やばいです。きっとテレビ中毒になって、飲みに行く時間も、本を読む時間も、
ジムに行く時間もなくなってしまうような気がします)、グジョンセンの姿
を見かけているわけではないけれど、なぜか、その姿はいい感じだ。
横浜に住んでいた時には、ユニフォームも作ったことがある。
半袖のやつだ(グジョンセンは、長袖を好んでいる)。
チェルシーのユニフォーム。サムソンの文字が胸に入る前のやつだ。
エミュルージュ?あれっつ?(最近、固有名詞が出てこない。しかも調べようと
しないし)
世界一美人のフライトアテンダントが揃っているという評判の航空会社だ。
グジョンセンは、チェルシーの後、FCバルセロナにいた。スター集団の中に
あって、サブに回ることも多かった。今年から、モナコ(なかなか、渋いチーム
ですよね)に移籍しています。お父さんもサッカープレイヤー、息子さんも
FCバルセロナの下部組織のチームに入っていた(今は、引越したのだろうね)。
マクドナルドは、右上がりに収益をあげている。コーヒーのクオリティもあげ、
コーヒー市場にも殴りこみをかけている(コーヒーの値段があがるかもしれない、
コーヒー豆の取れている量が少ないのだ、今年)。
マクドナルドのハンバーガーの元の牛を飼育するために、膨大な牧草地と
牧草が必要になる。実は、それが緑を減らしている、エコではないのだ、
という意見もある。
九州に住んでいる人は、九州という大きな括りで「地産池消」で生きていく
ことができる。素敵な食材に囲まれているからだ。
わざわざ、マック(大阪では、マクド オ)へ行って、ハンバーガー
齧らんでよか。
頑張れ、グジョンセン、頑張れアイスマン、頑張れ、アイスランド。

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2009/11/18
アスペルガー症候群というのは、よくわからないけれど、精神障害の
ひとつで、言語発達の遅れのない自閉症近似の発達障害。興味の対象に
対して、きわめて強い偏狭的といえる水準での熱中を伴う。
これは、決して、病気ではないと思うし、特異なことでもないと思う。
中学生の時にもいた、同じクラスで。なかすかおさむ君は、僕と同じ
「おさむ」という名前で、彼は、体力はなかったけれど、英語の点数は
よかった。数学とか10点とかなのに、英語は80点とかを取っていた。
「○○君、vangurd って知っています?」
「知らんよ、そんなん」
「ふふふふふっ、vangurd は凄いんです」
彼は、時々、周りの男子からいじめられていたこともあったし、女の子には
あまり相手にされなかったけれど、僕たちのクラスの中で、ある意味、自分の
「位置」を確保していた。
偏狭的という観点からすると、僕も部分的には「アスペルガー」だと思う
(アスペルガーをカタカナで見ると、いつもカタカナだけれど、アスパラガス
を連想するのは僕だけだろうか?「はい、そうです」)。
小倉のモノレールの平和通り駅に、自動販売機がある。駅にkioskuとかがなくて、
電車に乗る前に「AREA」を買ったり、キシリトールを買ったりすることが
出来ないのにも慣れた。その代わりに、自動販売機がある。
因みに、小倉のモノレールは、小倉駅の中からそのまま企救丘に向かって
出てくる。それは、ちょっと、サンダーバードの基地みたいだ。
乗り物好きの男の子でなくても、初めてその建物からモノレールが滑り出す
のを見ると感動すると思う。僕は、もうすっかり「小倉っこ」なので、
そのシーンに出会ってもなんとも思わないけれど。
例えば、ヤクルト。僕が買うのは、ヤクルト300Vだ。製造は、神戸の西区で
作られている。ガラオリゴ糖という、なんとなく体に良さそうな響きの糖が
入っている。大阪の本社で教材を作っていたとき、ヤクルトを運んでくる女性が
いた。ペコちゃんのように目がくりっとした人だった。
僕はいつも、レモリアとジョアを買った。
ヤクルトを配る人は、それぞれ事業所得者で、商品を買って、その商品を
色々な場所へ(自分の島をつくって)運んでいくのだ。
モノレールの平和通りの、そんなヤクルトの自動販売機の後ろに、ソイジョイの
自動販売機がある。上から順に、ソイジョイ/ストロベリー、レーズンアーモンド/
カカオオレンジ/マンゴーココナッツ/アップル/Feプラス プレーン、
そして、カロリーメイトのチョコレートとフルーツ味がある(これを順番に
モレスキンの手帳にメモをする、俺ってどうかと思うけれど。偏狭的だ)。
階段を下りれば、コンビニがある。そんなところで、ソイジョイなんか誰も
買わない。それとも、ポスター代わりの広告料と考えているのか(そんなことはない)。自動販売機には、様々な契約があるが、電気代をもったり、売り上げの
数パーセントをコミッションとして渡すことで、結局は、そこに自動販売機を
置く人の利益になる契約が多い。それはそうだ、保証金とか場所代を払わないで、
売利上げの数パーセントで、場所を確保できるのだから。飲料会社としては、
とても効率のいい話だ。だから、日本に、自動販売機が増えて、宇宙から見ると
日本が明るく見えたりするのだ。場所を提供する側が、全く痛くも、かゆくも
ない。貸すだけで、小銭が入ってくるのだ。
CO2排出量を増やしている原因のひとつ。自動販売機は、核兵器と一緒で
(ごめんね、ごめんね、例えがとんがってて)減らしていかないといけない
ものだ。
ヤクルトスワローズの五十嵐亮太が、日本最速158KMを出したのは、2004年の
ことだ。6月3日、相手はタイガースの今岡選手だったらしい。
今岡は、今は、自由契約(?)になっている。どこかのトライアウトに出ていた
のを見た。今岡、若トラといわれた人だ。濱中おさむ選手もそうだ。
あにきがいて、そして城島が入れば、今岡選手の居場所がなくなったのかも
しれない。悲しい。
五十嵐選手は、159KMを投げた、マーク・クルーンに抜かれるまで、日本一の
速球男だった。あんなフォームで、右腕を壊さず(手術をしたこともあるみたい
だけれど)、ずっと投げているのがすばらしい。
大リーグ。どこか、入団させてあげてください。
なんとなく、イーストコースとではなく、ウェストコーストな感じだ。
サンフランシスコ・ジャイアンツあたりがいいのでは。
バリー・ボンズ(まだジャイアンツだよね?)とハイファイブをする五十嵐。
なかなかいい感じだ。
ヤクルト、今日も、いただきます。
自分の体や健康は、自分で守らないとね。

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2009/11/16
My instict says that it's bettter to be a day off for a liver today.
-今日は、休肝日にした方がいいような気がするなあ-
ということで休肝日。
ジムへ行き、クロストレーナーで、勝間和代さんいわくの1日に必要な運動量
の300kcal を消費する。30分間のクロストレーナーだ。スキーのように前後に
足を動かす運動だ。デジタル・オーディオ・プレイヤーで、スティービー・ワンダー
のベストの中から、バラードばかりを聴いていた。
Lately
★最近、なんか不思議な気持ちになるんだ。ちゃんとした理由もないんだけれど。
特に用事もないというのに、なぜ香水なんかつけて出掛けるんだい。
そんな感じでずっと続く、女の人にふられつつある男の歌だ(と思う)。
wearing perfume
そう、香水は、wear =着る ものなのですね。英語らしい素敵な表現です。
この曲は、妹も好きだと言っていた。まだ、僕が関西にいた1年半前くらい、
3ヶ月に1回くらいの割合で御影(神戸と西宮の中間あたりですね、でも神戸市
です)で、飲んだりした。そのときに、この曲が好きだと言っていた。
「その曲、ふられようとしている男の人の曲やで」
「ああ、そうなんや」
なんて会話を交わしていた。
Send One Your Love
★イントロのオーオーオーというところが素晴らしい。
本当に好きな人がいるなら、たくさんのバラを心を込めて贈りなさい。
そんなの時代遅れという人がいるかもしれないけれど、本当に心から
の気持ちなら関係ないのさ。
なんていう感じの曲だ(多分)。
These Three Words
★一体、いつのことだろう、君の家族が君から I love you といわれたのは、
一体、いつのことだろう、君の子どもたちが、君から、I love you といわれたのは。
毎日を大事生きているというけれど、そんな簡単なたった3語の言葉さえいう
時間を惜しんでいるんじゃないか。
この曲は、スパイク・リーの映画 Jungle Fever の始まりのシーンでかかる曲で、
画面に文字が流れていくのがとても印象的だ。映画自体は?という感じだった
けれど。ウェズリー・スナイプスが出ている。白人女性と黒人男性の"politically
correct"な恋愛映画だ。
教条的な匂いがするが、とてもいい歌詞だ。日本では、I LOVE YOU を「ありがとう」
という風にして、These Five Letters という曲のタイトルのイメージで聴くと、
とても心に響く(多分)。
Stay Gold
これは、よく歌詞がわからないけれど、いつまでも輝いていようぜ、みたいな
感じだ(かなり適当)。
そう、Outsider のエンディングにかかる曲ですね。アウトサイダーといっても、
コリン・ウィルソンの難しい本ではないですね(これ知っている人、あなたは偉い、
でもあなたは、ある意味「アウトサイダー」)。
マット・ディロン、ラルフ・マッチョ、エミリオ・エステベス(だっけ?)が
出演している、80年代のWESTSIDE STORY ですね。
通の間では、有名な話ですが、端役で、トム・クルーズが出演しています。
横浜野毛バー「キネマ」(ハウスビールは、カールスバーグ)の吉井さんに
教えていただきました。
I Just Called To Say I Love You
★祝う新年もないし、春の初めもないし、歌う歌もないし、また何も起こらない
1日の始まり、・・・・でもこれだけは覚えていて欲しいんだ、I love you
と心から言うために電話したんだ。
これは、心地よいリズムとわかりやすいシンプルなタイトルの曲で、ただ
心地よく聞き流してしまうが、ネルソン・マンデーラが、獄中にいた時に、
そのネルソン・マンデーラに宛てたメッセージソングといわれています
(多分)。
ネルソン・マンデーラも自由になって、選挙が行われ、アパルトヘイトも
「取り合えず」は制度的にはなくなりました。しかし、まだまだ格差は
もの凄くあります。アパルトヘイトがあった頃、日本人は、「名誉」白人
とか「格付け」され、へらへらとしていました。名誉白人ですか。
僕たちは、コケーイジョンでなくて、モンゴロイドです。それは知って
おかないとね。
まあ、来年には、南アフリカでワールドカップも開催されることだし。
ここまできたのは進歩ですね。
その昔、アパルトヘイト反対のsun city のコンサートなんかもありました。
その後、ビージーズ(なんでやねん)のmore than a woman とかを聴きながら
4kmを走った。
確かに、外を走るのと、ランニングマシンを走るのでは、全く違った。
もっと、外を走らなければ。
日経新聞の「春秋」(天声人語のようなものですね)より。
「東京近郊に住む目の不自由な若い女性会社員が、都心まで1人、電車で
通勤していた。大変でしょうねと聞かれ、「あっちこっちぶつかりながら歩き
ますから、なんとか・・・・・・」とほほ笑んだ。「ぶつかるものがあると
かえって安心」だと。▼この問答を見た詩人の吉野弘さんは強い衝撃を受けた。
目の見える自分には、人も物も「避けるべき障害」にすぎない。しかし、彼女
にとって、ぶつかってくる人や物は「世界から差しのべられる荒っぽい好意」
であり、ぶつかるとは世界と結ばれることだと知ったからだ。作品「ぶつかる」
にそう記す・・・・・」
ということで、詩人吉野弘さんの素敵な詩を以下に引用。
祝婚歌
吉野 弘
二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然がことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったがどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

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2009/11/15
東京国際女子マラソンは、30年間は続いたらしい。
その東京国際女子マラソンから、バトンを引き継いだのが、横浜国際女子マラソンで、
横浜市中区の山下公園から、ミナトミライ、横浜駅、そして横浜スタジアム、中華街、
山手近くまで回る周回コースだ。
横浜から離れて3年半になるが、20代前半から40代前半を過ごした場所だ。
そこに映し出される風景を見るだけで、それぞれの場所で落としてきた思い出や、
過ごした時間がすぐに思い浮かぶ。
山下公園のすぐ近くには、サーカスというディスコ(そう、クラブではないのだ)
があった。ブラックミュージック中心(といっても、80年代後半から90年代の頃
のことだから、RUN DMC を初め、BEASTY BOYS やKIETH SWEAT やクリス・クロスが
かかっていた時代だ。かなり、大雑把だけれど。それでも、ジュニアやシェリル・
リンがかかっていたこともある)のディスコで、週末には、基地からの黒人で
溢れていた。モニターでは、SOUL TRAIN や WILD STYLEや BEAT STREET が
流れていたりした。
結構、20代の後半、仕事の後、渋谷から家の妙蓮寺をすっ飛ばして、桜木町、
そして山下公園へ、結構、夜中中ただ踊っていた(RAVE とかいうやつのずっと
前の、穴倉風の室内でのことだ)。ワインクーラーとビールを途中で飲みながら、
4、5時間踊っていた。その後、中華街のOLAF(スェーデン語で王様ですかね)へ
と行き、ビールを飲んでいた。朝方までだ。翌日は大抵、休みの日だった。
前にも書いたが、OLAF の夜中から明け方の時間には、スェーデン人のカルロ
と日本人のきみさん(漢字は知らない)がいた。
カルロは、水夫をしていて、日本に住むようになったスエーデン人だ。
その当時でも、日本に数十年いたのだと思う。
僕はビールばかりを飲み、時々、カルロと言葉を交わした。
夜中には、様々なお客が入ってきた(それぞれに、それなりのわけを抱えて
いるようだった)。大声を出すことはあっても、すぐに自分の「分け前の
場所」へと戻っていった。
僕は、そこで、バーでの「間の取り方」を体感したのだと思う(もし、そんな
ものがあるとしたら)。別に、大人としての酒の飲み方とか、決して、そういった
「マニュアル的」なものではなく。
カルロは、横浜ベースターズのファンで(大洋ホエールズの時からのファンだと
言っていた)、ベイスターズの優勝を見ることなく、喉頭癌で亡くなってしまった。
カルロが生きていたら、もうおじいちゃんになっていただろう。
おじいちゃんのカルロに、ビールをついでもらいたかった。
横浜女子国際マラソンの風景は、様々なことを思い出させるので、また別の
機会にしよう。
高橋尚子さんと、増田明美さんの解説だった。
解説者なりたての、キューちゃんが、自分の体験の話をすると、現役がその
遠い昔の増田明美さんは、どこから引っ張ってきたのか、選手にまつわるエピソード
を次々に出してきた。とてもコンビネーションがよく、いい解説だった。
1KMを3分台で走っていた。テレビで見るより、実際は圧倒的に早いスピード
なのだ。

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2009/11/14
昨日は、大太鼓でおでんを食べた。
その後、結構、しこたま飲んだ。今朝は、深く深く眠った。
洗濯をして、夏物スーツ5着を一挙に、近くのクリーニング店に持って
いった。
戻ってきて、卵かけご飯と、知り合いに作ってもらった肉じゃがを
食べた。カップの味噌汁も必要だ。なかなかおいしい肉じゃがだった。
肉じゃがは、関東では、豚肉でつくる。横浜に住み始めて、初めて
関東で肉じゃがを食べた時に、発見した。回りの人たちに聞くと、
ずっと東日本にいる人たちは、えっ、豚でしょと言っていた。
そうなんだ、と思った。勿論、今回つくってもらったのは、牛肉だった。
今日は、旦過市場の赤壁で、サッポロの瓶ビールを飲みながら、
おでんを食べた。
あかかべ は、旦過市場にある、「カクウチ」も出来る酒屋さんだ。
今までに足を運んだことはなかった。様々な(一流の?)お酒飲みさん
たちが、すすめる「場」だったからだ。
なかなか歴史がある感じで、積みあがったゆっくりとした時間が沈滞して
いた。ビールや好きなお酒を買って、そのまま奥のカウンターへ持っていく。
僕が持っていったサッポロのラガービールの瓶は、銀色の栓抜きで、スポン
と栓が抜かれた。おでんがあったので、大根と里芋をたのんだ。
ファンシーさはないけれど、それ以上に「重厚な」気軽な心地よい雰囲気
に包まれていた。そこでは、酒に飲まれて、大声を出す輩は、いなさそうだ。
それぞれが、cozy(心地よい)な空気の中で、自分の時間を「止める」ために
やって来る。時間の流れは、壁に掛かった柱時計が「吸収」してくれる。
馴染みの店主たちが、そこにいる。とても素敵な場所だ。7時には閉まるらしい。
旦過市場の1日の終わりと共に、その店の扉を閉じるのだ。
稲田重造の4合瓶があり、陶陶酒があり、ブラックニッカ50なんかもあった。
堆積された時間だ。また行こうと思う。
久しぶりに、外を走った。マウンテンバイクで、勝山公園へと行った。
風の橋から始めて、中の橋を左に折れ、勝山公園を左手に見ながら、
小倉北署のところで左に折れ、また中島橋(風の橋)へと戻る。
1周が、1.6kmくらいの距離だ。400m×4のマイルリレーと同じ
距離だ。外を走ることは、ジムのランニングマシーンで走ることとは、
かなり異なる。外で走るほうが、風景が変わるので、いいのだが、
圧倒的に外で走る方が、「力」が必要だ。
もう少し、外で走る必要がある。11月29日が、門司港での10kmマラソンの
日だ。
走った後、旦過のあかかべと行った。
17時過ぎに外へと出た。
秋の夕暮れの空気が辺りに満ちていた。世界が自分を祝福している。そんな
ことはありえない。しかし、そこにある素敵な空気や、やわらかい空気は、
そこにいる人たちが「主観で」感じるものだ。そこには確かになんらかの
「優しさ」が存在しているのだ。
実存主義について、考え、定義しなくても、説明できなくても、
例えば、旦過のあかかべで、ただ「止まった時間」の中に身を置きながら、
この酒うまいななんて、思いながら、なんということないことを
頭の中で転がしているその「時間」こそが、「実存」だったりするからだ。
そう、きっと、そういうことだと思う。

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