2018/8/31

4553:第一印象  

 久しぶりに、システムの要であるMarantz Model7が復帰したので、音の具合を確かめてみることにした。

 Model7を定位置である真ん中のGTラックの上段に据えて、ケーブル類を接続した。DACから出ているRCAケーブルを接続し、パワーアンプへと繋がるRCAケーブルも所定の位置に接続した、最後にMC昇圧トランスから直出しされているケーブルを「PHONO 1」に取り付けた。

 Model7は基本シンメトリックなフロントのデザインであるが、微妙にそのバランスを崩す意匠が施されている。この辺のセンスの良さはインダストリアル・デザイナーでもあったソウル・バーナード・マランツの功績であろう。

 ケーブル類の接続が完了した段階でアンプの電源を入れた。Model7の淡いオレンジ色のパイロットランプが灯った。

 そして、同時にパワーアンプである2台のMarantz Model2のEL34をはじめとする複数の真空管にもオレンジ色の灯りが灯り始めた。

 真空管が暖まってくると、TANNOY GRFのモニターシルバーからは「サ〜」というノイズがかすかに漏れ始める。

 その様子を慎重に窺っていた。Model7のメインボードに装着されている7ペアのコンデンサのうち5ペアのコンデンサがウェスタンエレクトリック製のものに変更された変化の第一段は、その「サ〜」であった。

 音楽信号を流していない、ただ電源を入れただけの状態におけるノイズのレベルが下がっているように感じられた。

 「SNが良くなったということかな・・・」と思った。1950年代に設計された真空管アンプなので、SNは現代のハイエンド機器と比べるまでもないが、それでも以前のオリジナルのコンデンサであった時よりは、良くなっていると感じられた。

 これは純粋にコンデンサの品質の差であろう。少し気を良くした。「それでは、CDでも聴いてみますか・・・アンプの電源を入れたばかりだから、あまり期待はできないけど・・・」と思いながらCDを一枚取り出した。

 真空管アンプは電源投入直後は少しだるめの音がする。アンプがすっかりと暖まりきった頃合いから本領を発揮する。

 しかも5ペア10個のコンデンサは永い眠りの後に装着されたばかりであるので、まだ馴染んでいないはず・・・その辺のところを考慮してあまり期待せずにおくことにした。

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 CDトランスポートであるORACLE CD2000にCDを一枚セットした。CD2000はORACLEらしい近未来的なデザインをしている。SF映画に出てくる宇宙船を思わせる造形である。

 アクリルとアルミの質感を上手く活かし、実にクールである。CD2000が取り出したデジタル信号は、ESS Technology社のDACチップ「ES9038PRO」がその心臓部に使われているO-DAC PRO MK2でアナログ信号に変換されて、Marantz Model7に送られる。

 ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第1楽章を聴いた。冒頭のピアノのソロを聴いた瞬間から「やはり変化しているな・・・」と感じた。

 まだ、アンプ類が本領を発揮していないとはいえ、その変化の具合は実感できるものであった。「音の隈取がしっかりとしている・・・少し演奏者との距離が近くなったような感じ・・・」というのがその変化の第一印象であった。

 コンデンサがオリジナルの「バンブルビー」であった時は、もっと穏やかでゆったりとした感触を持っていた。

 ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番第1楽章は13分ほどで終わった。アンプも後半はその本領を発揮し始めた。

 音の質感はより明確度を上げているように感じられた。演奏者の音に込めたエネルギーが、ストレートに伝わってくる感じであろうか・・・

 概ね良い印象を持った。続いてCD2000には、マーラーの交響曲第5番のCDがセットされた。そして、その第1楽章を聴いた。

 こちらも演奏時間は13分ほどである。「オリジナル」の時はゆったりと俯瞰する感じであったが、「ウェスタン・エレクトリック」では、音楽のうねりの波を体にかぶる感じである。

 どちらが良いのかは、好みの問題であろう。「クラシック音楽をゆったりと楽しむ・・・」という目的からすると「オリジナル」も捨てがたい。

 「音楽をダイレクトに体感したい・・・どっぷりとその世界に浸かり切りたい・・・」という趣向には「ウェスタン・エレクトリック」が合っているのであろうか・・・これからも、変化があるとは思いうが、第一印象は比較的良いものであった。 

2018/8/30

4552:ドクター  

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 リスニングルームに設置されている三つのGTラックの真ん中の上段が、Marantz Model7の定位置である。

 そこはしばらくの間、なにもない空間だけが占めていたが、ようやくシステムの主役であるModel7が戻ってきた。

 と言っても、具合が悪くなって修理に出していたというわけではない。メインボードに設置されているコンデンサをウェスタンエレクトリック製のものに交換する作業を依頼していたのである。

 依頼した先は埼玉県ふじみ野市にある「響工房」である。作業が完了した旨の連絡を受けたのは、先週であったが、週末は「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」があったので、昨日仕事が終わってから、受け取りに行った。

 メインボードの7ペアのコンデンサ全ての部品を調達できたのであるが、そのうち2ペアは計測した数値が悪かったので、交換は差し控えた。

 製造されてから相当な年数を経過しているので、こういった古いパーツは、リスクがある。それはもともと装着されていた「バンブルビー」と呼ばれるカラーコードが印象的なスプラグ製のコンデンサも同様である。

 取り外された5ペア合計10個のオリジナルのコンデンサも、その半数近くのものの容量がかなり減っている状態であった。

 「やはりこういった古いコンデンサは、状態が良くないものが多いんですよね・・・今まで見てきたModel7も、バンブルビーで状態が良いものはほとんどなかったです・・・」と響工房の井村さんは話されていた。

 上部の蓋を開けて、中を見せていただいた。とても綺麗な仕上がりであった。メインボードは一旦本体から外されたうえでコンデンサ交換作業は行われた。

 コンデンサの交換作業以外にも、古いテレフンケン製のケーブルを使ったRCAケーブルと電源ケーブルの組み上げ作業も依頼していた。

 それも綺麗に仕上がっていた。「RCAケーブルはシールドがされていないので、ノイズが乗る可能性があります。使う場所は限られるかもしれません・・・」とのことであった。

 現在RCAケーブルはDACとプリアンプの間とプリアンプとパワーアンプの間に、2ペア使っている。アナログ系は付属ケーブルが直出しであったり。汎用性のないプラグであったりするので、交換はできない。

 その2ペアのRCAケーブルはどちらもMIT MI330 SHOTGUNを使用している。これをテレフンケン製のケーブルのものに交換してみるのも楽しみである。

 同じくテレフンケン製のケーブルを使った電源ケーブルは、ORACLE Delphi6の電源部に使う予定である。

 ここは、なんの変哲もない付属電源ケーブルを使っている。付属ケーブルがいけないというわけではないが、ここを変える不思議と音が変わる。

 普通に考えると、レコードプレーヤーのモーターを回す電気を送るケーブルであり、音楽信号に直接的な関係がないケーブルで音が変わるとは思えないのであるが、実際に試してみると変わるのである。ちょっと摩訶不思議な世界である。

 「響工房」で一時間ほど談笑の後、段ボールにMarantz Model7をしまい込んで、BMW523iの後部座席にその段ボールを慎重に座らせた。

 「響工房」から自宅までは1時間ほどで着く。その丁寧な仕事ぶりと良心的な価格は、とても嬉しかった。ようやく安心して任せられる「ドクター」が見つかった。

2018/8/29

4551:スズメバチ  

 ゴールした後は、預けていたリュックを取りにバスが停まっているところまで行き、防寒着や補給食が入っているリュックを受け取った。

 頂上付近は標高が高く、気温が低い。風も吹いていた。しかし、天気が良かったのでそれほどの寒さではなかった。

 着ていた薄手のサイクルジャージを脱いで、冬用の厚手のサイクルジャージに着替え、レッグカバーも装着した。さらにウィンドブレーカーも着用してすっかり防寒仕様となった。

 今日は事前に、「ゴール後は素早く着替えて、混み合う前にそれぞれ下山を開始して、ゴール地点から1.5km程下った大雪渓が見える地点で、休憩しましょう・・・」ということになっていた。

 私はスタート時間が早い方であったので、下山はスムースにできた。大雪渓が望めるポイントにはトイレもあり、少し広くなっている。

 その地点まで下っていって、Kuota Khanを横たえた。大雪渓は例年よりも面積が狭かった。ここにも今年の夏の気温の高さの影響が見て取れた。 

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 ここで、休憩しながら、遅いスタートのメンバーを応援することになった。リーダーもカメラを片手に応援していた。

 ゴールまで残り1.5kmの地点は、やはり皆苦しそうであった。「もうすぐゴールであるが、体がきつくて踏ん張り切れない・・・」という地点である。

 ほんの少し前には、私もこの辺りで疲弊の淀みに捕まって、もがいていた。もがけどもがけど抜けきることはできずに、ずぶずぶと沈んでいった。

 何人かのチームメンバーを応援できた。全員のメンバーが休憩地点に揃うまでにはそれなりに時間が必要であった。

 チームメンバーが集まり始めると一つのことが話題になっていた。それは「ハチ」である。私はまったく気付かなかったが、レース中にハチに刺された参加者がいたのである。

 同じタイミングでスタートしたチームメンバーも一人、頭を刺された。ロードバイク用のヘルメットには空気を通すための穴が複数開いているが、その穴からハチが侵入して頭を刺されたようである。

 その後、そのメンバーは、CP1の救護所で手当てを受けたのち、レースに復帰して、どうにか完走した。他にも多くの参加者が刺されていて、痛みのため道にうずくまっている女性もいたとのことであった。

 「そんなことがあったのか・・・」と改めて驚いた。一緒のタイミングでスタートしたメンバーが刺されたということは、私にもその危険が及ぶ可能性が十分にあったのであろう。

 そんな「ハチ騒ぎ」もあったが、2018年の「乗鞍」は、無事に終わった。残念ながら1時間25分の壁を破ることは今年もできなかった。

 1時間25分切りを目標として挑んだ、この3年間の「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」における私のタイムは次の通りである。

 2016年 1時間25分 8秒

 2017年 1時間25分49秒

 2018年 1時間25分42秒

 1時間25分を前に足踏みしている感じである。しかし、自分の年齢を考えると、タイムがどんどん遅くなってもおかしくないので、頑張っている方なのかもしれない。

 来年も挑戦したい。そして、やはり1時間25分を切ることを目標にしよう。週に1回程度しかロードバイクに乗れない「ウィークエンドローディー」であり、しかも50代も後半にさしかかる年齢等を考えると、それが容易でないことは分かっているが、気持ちは切らさずに持っていたい。  

2018/8/28

4550:藤木君と長沢君  

 「藤木君と長沢君」は「ちびまる子ちゃん」における名脇役である。藤木君は小心者で、いつもびくびくしているようなところがあり、パニックに陥りやすい。

 一方長沢君は冷静沈着。決して浮かれたりしない。9歳の男の子としては妙に低いトーンでズバッと藤木君に意見を行ったりする。「藤木君って、卑怯だね・・・」が名セリフである。

 「残り5km」の看板を道の左端に確認してから、私の心の中には「藤木君と長沢君」が出現したかのようであった。

 藤木君が「もうしんどいよ・・・脚がどんどん重くなってくる・・・もうやめようよ・・・」と弱気な発言をすると、長沢君が「もうあきらめるのかい・・・今まで、それなりの努力してきたんだから、もう少し辛抱すればいいじゃないか・・・藤木君って卑怯だね・・・すぐに逃げることばかり考えて・・・」とやり返す。

 すると藤木君は「ひ〜・・・分かったよ・・・脚を回すよ・・・」と答え、半分泣きべそをかきながら、クランクを回した。

 そんな感じで最もつらい行程を走っていった。ここから先は1kmごとに「残り4km」「残り3km」と書かれた看板が道の脇に置かれている。

 その白い看板が視界に入ってこないか心待ちにしながら、藤木君は長沢君の厳しい視線を意識しながら走っていた。しかし、サイコンに表示されるパワーの数値は目標値をはるかに下回ってきた。

 「残り3km」の看板を視界の左隅に捉えてからは、どんなに長沢君が冷徹な視線や意見を浴びせても、藤木君は「ひ〜・・・」と言葉にならない音を口の端から漏れ出すのみになっていた。

 「残り3km」以降は、森林限界を越えるため視界がさっと開ける。天気が良かったので、素晴らしい眺望が開けていたはずである。

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 紫色をした唇をかみしめながら苦しんでいる藤木君には、その景色を楽しむ余裕などあるはずもなかった。

 周囲の参加者達もその多くが疲弊しきっていた。皆、青色吐息という感じでクランクを回している。そのためロードバイクの流れは全体として重く淀んでいる。

 そんな疲弊の淀みに私のKuota Khanものまれていた。半身をその淀みに浸かりながら、重い抵抗をかき分けるようにして、最終行程を走った。

 「残り1km」の看板の脇を通り過ぎた。「もっとペースを上げないと、1時間25分切れないよ・・・」と長沢君が低いトーンで切り込んできた。

 「分かってるよ・・・でも、脚が言うことをきかないんだ・・・ひ〜・・・」と藤木君は泣きべそ顔で答えた。

 「それは、酸素が足りないからだよ・・・エンジンが不完全燃焼しているよ・・・藤木君!」と長沢君は指摘した。

 サイコンのタイマーは、ついに「1:25:00」を経過した。残念ながらゴールにはまだ達していなかった。

 ゴールである緑色の計測ラインを通過するためには、それからさらに42秒の時間が必要であった。

 ゴールしてから、長沢君は「あ〜あ・・・やっぱり駄目だったね・・・」と横目で藤木君をにらんだ。

 うつむいて、呼吸をどうにか整えようとしている藤木君は「それでも、去年よりも7秒タイムが良いよ・・・去年の自分にはかろうじて勝ったよ・・・!」と、まだ収まらない呼吸の合間に呟いた。

 そのあやふやな言葉を耳にした長沢君は、いつもの低いトーンでズバッと言い放った。「それって詭弁だよ・・・藤木君・・・!」

2018/8/27

4549:ヒルクライム  

 計測ラインを越えると、周囲のロードバイクの流れも速くなった。その流れの平均スピードよりも少し速めのスピードを維持しながら、その流れに乗った。

 道路のやや右側を通過しながら、「序盤は無理をしない・・・」と自分に言い聞かせていた。脚の余力が十分にある序盤は、レース独特の高揚感にのまれてしまうと、無理をしてしまいがち・・・自分の脚力を冷静に判断し、220ワットぐらいの平均出力になるようにクランクに込める力を調整しながら序盤の道を走っていった。

 終盤になっても220ワットの平均出力を維持できれば、目標達成はできるはずであるが、それがとても困難なことであることは、昨年、一昨年と、このヒルクライムコースで経験済みである。

 今年はどうであるか・・・「3度目の正直」ということで終盤までペースをしっかりと維持でき、目標を達成できる可能性もあるし、「2度あることは3度ある」ということで、やはり今回も終盤で脚がなくなり、平均出力がずるずると下がってしまう可能性もある。

 私としては、終盤まで脚をもたせるプランでいたので、序盤ははやる心を抑えて走っていった。このコースは大まかに三つに分割できる。スタートからCP1までの7kmは比較的斜度の変化が少なく、平均勾配も緩めで走りやすい。脚もあるので、良いペースで走れるはずである。

 CP1からCP2までの8Kmほどは、斜度の変化があり、厳しい斜度のエリアもあるので、脚を削られがち・・・この区間もできるだけ一定の負荷で走り、斜度の厳しいところで頑張りすぎないように注意しながら走るつもりであった。

 CP2を経過してゴールまでの5km程は、一番しんどい区間である。斜度はしっかりとある。脚の余力が底をついてくる頃合いであり、森林限界を越えると空気が薄くなるので、脚に力が入りずらくなってくる。

 この5kmでペースが落ちるのはやむを得ないが、そのペースダウンの比率を最小限に抑えれば、良いタイムが出る。ここでたれ切ってしまうと、タイムは伸びない。この区間が正念場である。

 スタートからCP1までは良い感じで走れた。平均パワーは220ワットをしっかりと維持できていたし、脚にも余力が感じられた。

 ぴったりのペースで走っているトレインは残念ながらなかったので、自分でしっかりとペースを管理しながら走っていった。

 天気の心配もなく爽やかな空気の中を数多くの参加者とともに走っていけた。次はCP2までの第2区間である。

 この区間は距離が長めで斜度の変化も結構ある。脚を使いすぎないようにサイコンのパワーの数値にたびたび視線を落とした。

 私はもともとうつむきがちの乗車フォームである。辛くなってくるとさらにそのうつむき加減は強くなる。

 厳しい斜度のところはダンシングに切り替えて上っていった。水分補給もできるだけ定期的に行うように心掛けた。

 そうしているうちにようやくCP2が視界に入ってきた。CPではボランティアの方々がコップに入れた水やスポーツドリンクを手渡してくれる。

 手を伸ばして、一つの紙コップを取った。それを一気に口の中へ流し込み。ほぼ空になった紙コップを道路の脇へ落とした。

 CP2を経過してすぐに「残り5Km」の看板が見えた。通過タイムは1時間1分を少し経過していた。できれば「残り5km」のところをちょうど1時間で通過したかったが、通過した時のサイコンのタイム表示は「1:01:14」であった。

 昨年とほぼ同じタイムである。ここからの5kmが正念場である。踏ん張れるか、否か・・・本当につらい行程に突入していった。

 これから心と体で味わうであろう「苦痛」を思い、筋肉が一瞬堅くなった。「大丈夫・・・今までのペースをそれほど落とすことがなければ・・・1時間25分は切れる・・・」自分にそう言い聞かせながら、クランクを回し続けた。

2018/8/26

4548:スタート  

 レース本番の朝は早い。いつものように朝の4時にメンバーのスマホのアラーム音が民宿の部屋の中に一斉に響き渡った。

 部屋の照明が灯されて、皆素早く起き出した。そして、手早く準備を始めた。私もなるべく効率的に準備を進めた。

 すべての準備を滞りなく整えて、5時から宿が用意してくれた朝食を摂った。これがこれから走る厳しいヒルクライムにおいて、エネルギー源になってくれるのか、と思いながら胃袋の中に納めていった。

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 天気は良かった。宿の駐車場からは、山の向こうに青空が見えた。「天気、大丈夫そうですね・・・」「良かった・・・」メンバー間で、そういった会話が交わさた。

 車でスタート会場近くの道路まで行って、道路の脇に車を停めた。積んであったロードバイクを降ろして、外した前輪を取り付けて走行準備を整えた。

 防寒着や補給食を入れたリュックを預けるためにスタート会場へロードバイクで向かった。ゼッケン番号ごとに区分されたバスにリュックを預けた。

 その後、会場の近くの道路でアップを30分ほどして、脚を流れる血流を少し上げておいた。私のスタート時間は7時29分である。

 20分前に会場に行き、スタートを待つ列に並んだ。同じスタート時間であるチームメイト2名としばし談笑しながら、待っていると、スタートの順番が来た。

 やはり、スタート直前は緊張する。アップが終わって十分な時間が経過しているのに、心拍数は「110」を示していた。

 いよいよ、カウントダウンが始まった。苦手な「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」は得意としている「Mt.富士ヒルクライム」の時よりも強い緊張感というべきか圧迫感を感じる。

 そして、「スタート・・・!」の号令がかかった。しかし、列の後方に並んでいたので、号令がかかってから数分経過した後に、左足のクリートをペダルに挟み込み、走り始めた。

 「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」の場合、スタートゲートをくぐってすぐに計測開始ラインが横たわっている。

 その緑色をしたラインを跨いだ。その瞬間、サイコンのスタートボタンを押した。いよいよ、今年の「乗鞍」が始まった。昨年、一作年と、自分なりに頑張ったが、厳しいコースに終盤てこずった。今年は違う景気が見れるのであろうか・・・

2018/8/25

4547:足馴し  

 明日はいよいよ「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」の本番である。受付は前日のみであるので、今日は、チームメイトと一緒に複数の車に分乗して、乗鞍入りした。

 乗鞍観光センター前の駐車場に着いたのは、お昼頃であった。天気の心配はしていなかったが、空からは雨粒がさらさらと降り注いでいた。そのため、途中のセブンイレブンで購入した昼食は車の中で食べた。

 その雨がどうにか小降りになったので、受付会場に向かった。受付会場には様々なブースが出ていた。まず目についたのが、インターマックスのブースである。

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 そこにはKuota Khanのニューカラーバージョンが展示されていた。ブラックとレッドの配色できりっと精悍な印象である。

 私のKhanはブラック一色であり、少々地味であるので、この華やかなニューカラーは眩しかった。「購入した時にこのカラーがあれば、きっとこちらを選んであろう・・・」そう思った。

 いろいろなブースを見て回って、次に目に留まったのが、LOOKのブースである。Kuota Khanはもうすぐ乗り始めて4年になる。来年にはニューフレームに替えようと画策中である。

 その第一候補に挙がっているのが、LOOK 785 HUEZ RSである。その第一候補のフレームが展示されていたので、思わず立ち止まって、熱い視線を注いだ。

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 試しに785 HUEZ RSを両手で持って少し持ち上げてみた。「軽い・・・!」それもそのはず、ホイールにはライトウェイトの超高級品が奢られていた。コンポーネントはスラム レッド。総重量は5.5kgと表記されていた。私のロードバイクよりも1kg近く軽い。

 ブースを見て回った後、受付を済ませた。その後、車を停めてある駐車場まで戻り、車に乗り込んで、近くの「一の瀬園地」へ移動した。ここの駐車場でロードバイクを降ろして、軽く足馴しをした。

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 約1時間ほど、周囲を走った。上り下り織交え、軽めの負荷で走った感触は、そう悪くなかった。1週間ほど前に夏風邪っぽくなり、体調を崩しかけたが、どうにか普通の体調に戻ったようである。

 明日はいよいよ本番。昨年、一昨年と1時間25分切りを目標として、厳しいヒルクライムコースにチャレンジしたが、残念ながら目標達成はかなわなかった。今年は3度目の正直で、1時間25分切りを達成したいところである。

 6月の「Mt.富士ヒルクライム」では、どうにか自己ベストを更新できた。「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」での自己ベストは一昨年のタイムである1時間25分8秒である。

 目標である1時間25分切りを達成できたら、必然的に自己ベスト更新となる。コースとしては苦手としている乗鞍であるので、うまくいかない可能性が高いが、できる限りの努力をするしかない。

2018/8/24

4546:ジャバウォック  

 ナポリタンができた。湯気を立てているそれはカウンターに置かれた。そしてその脇には珈琲が添えられた。

 「お待ちどうさま・・・」女主人はやや間延びしたイントネーションでそう言った。私はそのナポリタンをじっと眺めた。

 特にいつもと変わったところはなかった。「この喫茶店の中では、何十年もの間、これっといって変わった出来事は一切起きなかったのではないか・・・」という考えがふと浮かんだ。

 もちろん実際にはその間には、ご主人が亡くなり、女主人が一人でこの店を切り盛りしなければならなくなるなどの大きな変化があったはずであるが・・・

 フォークを右手で持ち、ナポリタンを一口頬ばった。そういえば、先日、下の娘と観た映画「ペンギン・ハイウェイ」にも、主人公の少年と物語の鍵を握る「おねえさん」が、二人でチェスをしたり、いろんなことを話したりする舞台として、喫茶店が登場していた。

 その喫茶店は、ここよりもお洒落で明るく、新興住宅地にある。映画の要所要所で登場し、最後のシーンにも出てくる。

 全くMimizukuとは雰囲気が違うが、物語の謎が緩やかにほどけていく時に、その喫茶店は重要な舞台装置となっていた。

 Mimizukuには謎らしいものは一切ないが、不思議なものが存在する。

 そのカウンターには、向かって左端にソニー製のラジカセが置かれている。そのラジカセは1970年代に製造されたもので、今でも音を出すことができる。

 その脇には亡くなったご主人が収集していたミュージックテープが入った箱が置かれている。私は時折その箱の中を眺め、目に留まったものがあると、取り出して聴いてみたりする。

 カウンターの向かって右端にはオレンジ色をした「パタパタ時計」がぽつんと佇んでいる。「COPAL」というメーカー名が印刷されているその時計が示す時刻は、実際の時刻とは合っていたためしがない。

 そのパタパタ時計は時折鳴く。「ジ・ジ・ジ・・・」と小さな透明の羽をもった蝉が鳴くような声を出す時があるのである。

 このカウンター席に座って、それらの備品に視線をやってから、目の前にあるナポリタンと珈琲をじっと眺めていると、今が何時の時代なのか、私が何歳なのか、ここがどこなのか、そういったことがどうでもいいような、そんな気になる。もちろん、それはこの空間で過ごすわずかばかりの時間内に限られたことである。

 ナポリタンを素早く平らげ、珈琲を飲み干して、会計を済ませた。ゆっくりと席を立って、木製の古びた扉を開けると、強い風が体に吹き付けてきた。

 今日は台風が西日本を通過しているようであった。東京もその余波で強い風が時折吹いていた。そしてその風に運ばれてきた雨粒が肌に当たった。

 気圧は低くなっているのであろうか、少し頭がぼんやりとする。空気は生暖かかった。なんだか映画で観たジャバウォックの吐く息のような雰囲気があった。 

2018/8/23

4545:A1  

 この喫茶店に定期的に通うようになって3年ほどの月日が経過した。行きつけのヴィンテージ・オーディオショップが同じビルの4階に入っていたのがきっかけで、この店に入るようになったのであるが、最近はこの喫茶店に入るためだけに来るようになっていた。

 特にこれと言った魅力があるわけではない。いかにも昭和的なインテリアや内装は、長い年月を経過して、くすんだ空気感を周囲に濃厚に纏っている。

 カウンターにはカウンター用の小さめの座面の椅子が4脚あり、4人掛けのテーブル席が二つに、2人掛けのテーブル席が一つあるだけの、小さな喫茶店である。

 夫婦二人で切り盛りしていたようであるが、私が通うようになった頃には、既にご主人は亡くなっていて、女主人一人ですべてを行っていた。

 店の名前は「Mimizuku」。得にお洒落でもない。メニューは一般的な飲み物はあるが、軽食はナポリタンとホットサンドのみである。ケーキも置いていない。

 その軽食の味わいは、結構レベルが高いように感じた。またここの珈琲は雑味の少ない上品な味わいで、これはこれで魅力がある。

 ここには、仕事を終えた後、夜になってから来ることが多く、たいがいナポリタンと珈琲を頼む。
 
 今日も仕事を終えた後に立ち寄った。フォルクスワーゲン ポロを近くのコインパーキングに停めて、少し歩いて店の扉を開けた。

 時刻は6時を少し回っていた。いつものようにカウンター席に座った。そして、いつものように無口な女主人にナポリタンと珈琲を注文した。

 カウンター席には人影はなく、客は奥まったとこにある二人掛けのテーブル席に、一人の初老男性が座って珈琲を飲んでいるだけであった。

 今日は台風が西日本を通るようで、その影響か、東京も風が時折強く吹いていた。「Mimizuku」の窓枠がその風に押されて、ガタガタと音をたてていた。

 ナポリタンができるまでの間、私はスマホでとある車の画像を眺めていた。それは最近本国ドイツでフルモデルチェンジされたAudi A1である。

 A1はポロの兄弟車でもある。使用しているプラットフォームは、新型ポロと同じである。そのデザインは基本キープコンセプトであるが、最近のAudiのデザイン手法が取り入れられていて、直線基調が強まり、きりっとしたアグレッシブさが強調されている。

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 買い替えを検討していたポロは結局3回目の車検を通した。なので、今すぐ買い替えるといった必要性がないのであるが、同じセグメントに属するA1がフルモデルチェンジされたと聞くと、チェックしたくなったのである。

 ベースはポロと同じ兄弟車と言っても、プレミアムブランドであるAudiが仕上げると、当然として雰囲気はがらりと変わる。

 「良いよね・・・これ・・・ちょっと目力強めで・・・」と思った。しかし、Audiなので、当然ポロよりも高い値付けがされるはず・・・その点を除けば魅惑的な車だと思った。

2018/8/22

4544:ペンギンハイウェイ  

 日曜日は、「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」のちょうど1週間前のロングライドに参加する予定でいたが、体調が思わしくなかった。

 夏風邪っぽい症状が出ていたので、無理してロングライドには参加せず、「休息日」に充てることにした。ここで無理して体調をさらに悪化させると、本番で大きく失速してしまう可能性があった。

 午前中はのんびりと過ごし、午後から下の娘と一緒に映画を観に行くことになった。「なんか観たい映画ある・・・?」と訊くと、「ペンギン・ハイウェイ・・・!」という返答がすぐさま返ってきた。

 「ミッションインポッシブル」や「ジェラシックワールド」などの巨額な予算を投じたハリウッド製の「ジェットコースター映画」ではなく、日本のアニメ映画が観たい映画の候補として出てくるところが、下の娘の性格を如実に表している。

 どちらというと「オタク系」に分類されるであろう下の娘は、上の娘と大きく性格が違う。上の娘は社会人になってもジャニーズのアイドルグループの追いかけのようなこともしているミーハーである。

 一方下の娘は、アニメや漫画が大好きで、ジャニーズ系のアイドルなどには全くの無関心。スポーツにも無縁である。

 同じ親から生まれ、同じ家庭環境で育ったのであるが、姉妹の性格は真逆と言っていいほどに違う。まあ、そういうものなのかもしれない・・・

 「ペンギン・ハイウェイ」は、2010年に発表された森見登美彦の小説をアニメ化したものである。小説の方は数年前に読んだことがあった。

 映像化が難しそうな原作を、丁寧な作画で仕上げていた。「ペンギン・ハイウェイ」は、ファンタジー、SF、主人公の少年の成長物語、どこかしら「ドラえもん」的な日常性などの要素が雑多に詰め込まれている。

 研究者肌で常に冷静沈着な小学四年生のアオヤマ君の住む街で、ある日突然、ペンギンの群れが出現する怪事が起こる。

 そんな摩訶不思議な展開で始まるこの物語は、摩訶不思議さとファンタジーを縦糸として、少年を取り囲む様々な魅力的なキャラクター達を横糸として、美しい模様の織物を織りあげていくような映画であった。

 立川の「シネマ・ワン」は複数の映画を上映している。やや小さめの上映館が割り振られていたので、8割方の座席は埋まっていた。

 観にきていた人をそれとなく観察していたか、やはりどちらかというと「オタク系」の人が多かった。

 日本のアニメ映画を観ることはほとんどないが、「たまにはいいかもしれないな・・・」そんなことを思いながら、映画館を後にした。

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