2016/10/28 | 投稿者: 鹿苑院

2004.12.21

そう日付が書かれたウイスキーの瓶がある。かつて、ある夢を抱き、それが叶ったら開けようと思って買ったウイスキー。その夢の取っ掛かりが見えた日が2004.12.21。
夢は叶わず、それを悟ってからも開けることはできなかったのだが、この瓶はオレにかけられた呪いかもしれないと薄々思っていた。「それを開けない限り未来はないぞ」とある人に冗談まじりながら言われたこともある。

意を決して──半ばヤケクソで──開けた。なんのことはない、ありがたがることもないただのウイスキーだった。今日までの日数を数えると4330日だという。こんなことを企てるぐらいだから自分が酒が苦手だとすら気が付いてないほど昔だ。こんなことでもない限り自発的に飲むことはまずないウイスキー。心中に浮かぶのは自分を相手にしてくれなかった者たちへの恨み、怒り、悲しみ…いずれにしろろくなものではない。口中の酒はますます苦い。

この文を書きながら小松未可子の「ロッカー」をリピートで聴いている。この歌詞ほど今の気持ちにふさわしいものはない。
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2016/10/26 | 投稿者: 鹿苑院

日本シリーズたけなわである。優勝常連の強豪・日ハムよりも25年ぶりのリーグ優勝を果たした広島カープに頑張ってほしいと個人的には思っている。

リーグ優勝を果たした時にも付き物だが、熱狂的に喜ぶファンの姿をニュースやワイドショーで中継するのを見るのが意外と好きだ。クレイジーであればあるほどこちらも見てて楽しくなる。皮肉や嫌味ではなく、オレはこれがうらやましい。
元々それほど熱心な野球ファンでもなかった上に、中日新聞の常軌を逸した偏向報道に呆れてドラゴンズのファンもやめたオレにとっては今それほど応援したいチームがない。便宜上西武ライオンズのファンということにしているがAK砲時代が好きだっただけのことで今の西武の監督が誰なのかすら知らない。

野球よりも好きなスポーツはプロレスで、贔屓のレスラーがチャンピオンになるとそりゃうれしいが、夜通しどんちゃん騒ぎをするほど我を忘れて喜ぶまでにはならない。次の日にまでニコニコが止まらないという事態にはならないし、野球ファンにありがちな負けたら機嫌が悪いということにもならない。どうもオレはプロスポーツに対してどこか醒めているのだ。まあ負けると機嫌が悪くなるタイプの迷惑な人に比べれば正常といえるんだろうけど。
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2016/10/24 | 投稿者: 鹿苑院

昨日は野球中継延長のため東海ラジオの番組は繰り下げ。東海ラジオ日曜夜のアニラジアワーが崩壊してラジオ福島と継投しないといけないため、ラジオ福島が東海ラジオと同じだけ繰り下げてでもいない限り、どちらかの番組は聴けなくなる。今までならあきらめるか、動画投稿サイトにうpされるのを待って削除される前に聴くしかなかったところだ。

これを救ってくれるのがradikoの新機能、タイムフリーだ。プレミアムと組み合わせれば、なんと日本中どこの局の番組でも、リアルタイムで聴き逃したとしても後から聴くことができる。これはもはやラジオの産業革命ではないか。ラジオの地域格差は今や無くなり、深夜放送も夜更かししなくても聴けるようになった。野球が延長した時は目当ての番組が始まるまで待たなくても後日聴けばいい。なんとありがたいことだろう。どんなに感謝してもしきれない。
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2016/10/23 | 投稿者: 鹿苑院

「茶外茶」とは原料にチャという植物を使用していないが、お湯で抽出するスタイルが似ているために茶と名前が付くものを指す。麦茶やハーブティーがそうだ。もちろん蕎麦茶もこれに属する。

先日、長野と岐阜の境のあたりに散歩に行ってきた。さすが信州の文化を受けている所だけに蕎麦をよく売っており、蕎麦茶も売っていた。蕎麦屋で出てくるこれがオレは結構好きだ。
自分の愛用の急須で茶外茶を淹れるのはこれが初めてだ。もし急須に匂いが付いたら以後の茶の味わいを損なうと思ったので避けていたのだが、不思議と蕎麦茶なら大丈夫な気がした。

チャではないのでカテキンの苦みに配慮する必要はまったくなく、湯冷ましをしなくていい。熱湯をそのまま注げば最も美味い蕎麦茶ができるのだが、香ばしく熱い蕎麦茶が喉を通り過ぎるのは肌寒くなり始めたこの季節には堪えられない快感だった。

考えてみれば、祖父母はラーメンのことを蕎麦と呼んでいた。これはうちの祖父母だけの特殊な言い回しというわけではなく、焼きそばだって植物種としてのソバは含んでいないし、沖縄そばもそうである。麺類の世界にはいわば「蕎麦外蕎麦」というべきジャンルがあるわけで、そのソバが茶外茶の一角を占めているのは面白い関係性ではある。
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2016/10/21 | 投稿者: 鹿苑院

交通事故現場にお地蔵さんが建てられて花が供えてあったりするのをたまに見るが、あれは死者の霊が、死んだ場所にそのまま居続けるという日本人独自の感覚によるもので、特に欧米人にとっては理解しづらいらしい。
彼らの信仰するキリスト教では人は死んだら天国か地獄のどっちかに行くのでいつまでも霊魂が事故現場にとどまっているはずがないということになる。まあ浄土真宗でもそういう考えになる方が本当は正しいが。

してみると、ナメック星での死者を生き返らせる際に、ナメック星は既に爆破されて存在しないからそのまま生き返るとすぐ宇宙空間でまた死んでしまうからという理由で、わざわざポルンガへの願いを一つ消費してまで魂を地球に移動させてから生き返らせていたドラゴンボールの世界観はやはり日本的な感覚ということになる。フリーザも地球でトランクスに斬り殺されてからは地球の地獄に落ちていた。
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2016/10/18 | 投稿者: 鹿苑院

北条高時に二人の子がいた。鎌倉幕府滅亡の時、兄は殺されたが弟は信濃に落ち延び無事に成人した。中先代こと北条時行である。
彼が鎌倉幕府再興軍を起こし挙兵した時、一時は鎌倉を奪還するなどなかなかの勢いを見せたが、下向してきた足利尊氏に敗北して自害した。

──かに見えた。

いやオレもずっとそう思っていたのだがそうではないと最近知った。自害した死体はすべて顔の皮を剥がれており誰が誰なのかわからないようにされており、時行は生きていた。生き延びて何をしていたのかというと、なんと南朝に仕えて足利方と戦っていた。ここがどうもよくわからない。
確かに直接干戈を交えたのは足利尊氏にせよ、それは後醍醐天皇の命令によるものだし、そもそも鎌倉幕府を滅ぼしたのも後醍醐天皇の画策だし、南朝方には鎌倉を陥した新田義貞もいる。南朝も足利もどちらも北条氏の仇敵に違いないが、どっちかに味方するなら足利方に味方する方がまだ話がわかるのだが。

ともあれ、南朝に仕える時に後醍醐天皇に拝謁し、亡父高時の朝敵指定を解除してもらっていることが大きい。もはや後醍醐天皇にとっては北条高時より足利尊氏の方がよっぽど朝敵だったということか。
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2016/10/12 | 投稿者: 鹿苑院

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中日新聞が捏造を自白した。この連載は貧困生活を送っている人の姿を描くものだが、捏造までして誇張した魂胆は見え透いている。

左翼というものは元来は資本家・支配層に対抗して民衆の意見を代弁することが本分である。民衆の貧困というのはまさに左翼が我意を通す時の最も有力な武器となるもので、つまり「民衆はこんなに困ってるんですよ。アベノミクスなんて嘘っぱちですよ。ほら、安倍は悪人でしょう? アベ政治を許さない! みんなで左翼政党に投票しましょう」と言いたいわけだ。
ただ、日本の場合は左翼は民衆の意見の代弁という本分を忘れて近隣の反日国家の意見の代弁に夢中になっているため、民衆の意見を代表してくれる左翼政党など存在しないことは大半の国民にはわかっている(わかっていない人は「アベ政治を許さない」なんてプラカードを持って平日の真っ昼間から仕事もせず騒音を撒き散らしている)。


さて、そんな不快な中日新聞の中にも唯一まともな物を今朝は見つけた。この投書である。この子は日本人には珍しく民主主義のなんたるかがわかっている子である。

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2016/10/9 | 投稿者: 鹿苑院

馬籠宿に遊びに行き、そこの喫茶店で冷抹茶を頂いた。久能山に続いての冷抹茶だが今回もちゃんと味を感じた。このところ調子がいい。

その喫茶店は屋内もあるが、テラスから外の景色を見ながら楽しむこともできる。恵那山が借景になっていてなんとも気分が良く、ここで1日ボケっと読書に耽りたいと思った。

やはりオレは海より山がいい。景色を眺めるにしても、海よりも山並みとどこまでも続く緑の木々を眺める方が雄大な気分になる。これは祖父の影響に違いない。
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2016/10/9 | 投稿者: 鹿苑院

我らが宗祖および浄土門の先達を呼び捨てにするのは心苦しいが、敬称を付けるとサブタイトルの語呂が悪くなるので許されたい。本文中ではちゃんと敬称を付けるから(爆)。

さて、浄土宗と浄土真宗を比較する目的で「法然上人と親鸞聖人の思想は何が違うのか」の論は世の中のあちこちで1000回は繰り返されてきたことだろう。まあ大同小異の答えがあれこれ書かれているが、親鸞聖人に言わせれば「ちょっと待ってよ、何も変えたつもりはないよ!?」とおっしゃることだろう。親鸞聖人は師・法然上人の教えを忠実に伝えただけだと主張するだろうし、我々真宗門徒はその主張を支持するものである。

現行のいわゆる浄土宗は、同じく法然上人の弟子であった聖光房弁長上人を二祖とする。同じ法然上人の教えを受け継いだはずの弟子の間で、師の教えの解釈の違いで親鸞聖人の浄土真宗と弁長上人の浄土宗に分かれた(本当はもっと多くの派に分かれた)のだから、この二派を比較したいのなら本当は「法然上人と親鸞聖人の思想は何が違うのか」ではなくて「弁長上人と親鸞聖人の思想は何が違うのか」でなければいけない。
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2016/10/6 | 投稿者: 鹿苑院

先日の静岡旅行で買ってきた煎茶を飲んでみた。袋では旨みを追求したブレンドと書いてあったが、旨みはあまり感じず恐ろしく苦かった。お湯の温度をじゅうぶんに冷ましたり、薄めに淹れてみてもなお苦い。
静岡の茶は他産地に比べて苦みがハッキリしているのが特徴だし、それを好もしく思う人も多くいるのだが、それにしてもこれは苦すぎる。

もちろん淹れ方やその時の自分の体調によっても感じる味が変わってくるのが茶の厄介な所でもあり面白い所でもある。また日を置いて試してみると同じ茶が美味しく感じられるかもしれない。それでもダメなら水出しにして朝の目覚まし用にするかな。
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