2013/3/31 | 投稿者: 鹿苑院

1つ前の記事で予告した通り、若者のテレビ離れの原因を語ろう。1つめは先にも書いた、クオリティの低下。これについてはそう深く語ることも無い。

2つめは「左翼の失墜」。これに尽きる。
長い年月、日本では左翼が正義だった。南京大虐殺や韓国併合、従軍慰安婦など日本は中韓にひどいことをしたのです、反省して謝罪しましょうと学校で教えていたし、朝日新聞の天声人語などは文の書き方の見本、国語の勉強になるからと奨励されていた。テレビに出るコメンテーターも筑紫哲也、鳥越俊太郎、テリー伊藤など左翼の論者ばかり。「インテリ=左翼」という図式が出来上がっていたし、朝日新聞も「知性の朝日」などと言われていた。

ところが、民主党が政権を獲って左翼政府が成立し、左翼が幅を利かせるようになると歪みが顕在化してきた。中韓は図に乗り日本の領土、文化への侵略を始め、日本政府たる民主党にはこれを手引きするような行為さえ見られた。

「なんだ、左翼ってダメじゃん」「テレビに出て偉そうにコメントしてるのはそのダメな左翼ばっかりじゃん」──この幻滅がテレビ離れの一因である。
なお、いまだに中高年以上の人の中には「右翼はヤクザ、左翼はインテリ。まともな人間は左翼でなきゃいかん」と言う人がいるが、その思想は完全に前時代の遺物である。昔は「おまえ右翼だな」と言うと「タカ派の危険なやつだな」という意味だったが、今は「おまえ左翼だな」と言えばバカだと言っているか悪人だと言っているかのどちらかのニュアンスである。
なお余談を重ねれば、右翼か左翼かということとタカ派かハト派かということとは別の議論であって、右翼=タカ派、左翼=ハト派というレッテル貼りはおかしい。中国共産党があれほど周辺国に武力侵略をしているのを見ればわかることだろう。


さて、3つめはこれもよく言われていることだが「ゴリ押し」だ。
AKB48、韓流、剛力彩芽など、おそらくテレビで報じられているほどにみんな大好きというわけではない物をそう報道し、しつこいくらいにそればかり出演させるものだからウンザリしてしまうのだ。
たぶんこれは昔からなされていたことで近年に始まったことではないだろうが、昔はインターネットがなくて、「あれってそんなにテレビで言ってるほど良くないよね」という意見交換ができなかったのでテレビの集団催眠が掛かりやすかったのだ。しかし今はそうではない。
特に2つめの要因に挙げた左翼マスコミは韓流をゴリ押しし、その韓国は竹島を侵略し、日本の震災に大喜びし、天皇を侮辱し…、それでもテレビでは相変わらず韓国を持ち上げている──テレビ離れが起こらない方が不思議ではないか。


ニーチェは「神は死んだ」と書いたが、オレはここにこう書こう。「左翼テレビは死んだ」と。
0

2013/3/30 | 投稿者: 鹿苑院

昨日は同じ職場の辞める人の送別会だった。たまたま同僚のNが近々結婚するので、馴れ初めだの新生活はどうするだのの話題になったのだが、他人のプライベートに興味が無い性格なのでどうにもつまらなくしていた。
すると、大学院生のN君(こっちもNだが別人なのでN2としよう)に、「鹿苑院先生もこういう話を面白がって聞けるようになったらすぐ彼女できますよ」と言われてしまった。

このN2君の指摘はおそらく正しい。今やテレビも芸人同士が内輪のプライベート話をするだけで番組が成り立つ時代。他人のプライベート話を面白がる方が多数派なのかもしれない(もっとも若者のテレビ離れが進んでいる原因にはこのクオリティの低下もある。ただし他に2つの原因があり、それを語るともう一つ記事ができてしまうので、次にする)。

このブログが日記ではなく、雑多なジャンルのコラム集になっているのもこのオレの性格による。例えば好きな芸能人の日記なら読みたいが、一般人の日記なんか読んでも読者にとって面白いとは思えないからそういうスタイルを採らないのだ。
もちろん日記形式で多くの読者を集めている一般人ブロガーもいるのだけど、そういう人はただの日記を面白く書くだけの手腕があるからそうできているのであって、それはオレには難しい。だからこのブログはコラム集になる。小難しいブログと言われることもあるが、実はこっちの方が楽なのだ。
0

2013/3/29 | 投稿者: 鹿苑院



AKB、ももクロ…そんな奴らは知らねえ。黒薔薇保存会…これこそ本物だぜ!
ゾクゾクするほどに妖しく美しい。初めてグレート・ムタを見た時の衝撃に近いかもしれない。
「本物は違う…!」、鳥肌を立てながらそう思った。何か恐れにも似た感動と、良いものを見つけた嬉しさとで。
0

2013/3/29 | 投稿者: 鹿苑院

豊臣系の城は黒く、徳川系の城は白いというのはよく言われる。大阪城の壁は白いではないかと言われそうだが、現存する大阪城天守閣は昭和の再建なので、秀吉の大坂城とはそのへんが違うと考えなければならない。家康の建てた初代江戸城天守閣はその白さゆえに「雪化粧した富士のよう」と江戸っ子に人気があった。

「へうげもの」を読んでいたら、もしかしたらこの違いは秀吉、家康に仕えた茶人の好みから来ているのではないかという推測が浮かんだ。つまり、豊臣の黒は千利休の黒であり、徳川の白は小堀遠州の白なのではないか。

上記の事はあくまでも推測なのでべつだん根拠も無いのだが、少なくとも徳川系の駿府城、名古屋城の作事に小堀遠州が関与していることは事実である。
0

2013/3/25 | 投稿者: 鹿苑院



徳川家家老・酒井忠次は海老すくいという踊りが得意で、時には重臣でありながらみんなの前で舞い、笑いをとったという。
残念ながらメロディも振付も現存しておらず、忠次の踊りがどんなものであったかはもう永遠にわからない。この動画はアニメ版「へうげもの」のスタッフが考えて作ったものだが、よく雰囲気が出ている。
1

2013/3/24 | 投稿者: 鹿苑院

ウンコをした後の手洗いはみなさんどうしているだろう?
残念なことだが、世の中には水道水に一瞬手を浸して終わりという人がまだまだ多い。

トイレットペーパーはビニールではないから、汚れを通過させないわけではない。紙など顕微鏡レベルで見れば隙間だらけなので、尻を拭いた時に当然その隙間を通って、目には見えない程度だがウンコや大腸菌は指に付く。どうしてこれを水道水の一瞬だけできれいにできよう?
紙を長く切って折り重ねればいいのでは?と思うかもしれないが、ある研究によると紙を通過したウンコが指につかなくなるためには相当な厚さが必要であり、そのためには1回拭くごとに4mのトイレットペーパーを切って何重にも折り重ねなければならないという。無論こんな不経済なことは普通できない。なお、ウォッシュレットを使ってウンコを水に溶かせば浸透性は向上するので、ますます指に付きやすくなる。
イギリスの研究では、4人に1人は手にウンコがついたままであり、カードの10枚のうち1枚、紙幣の7枚のうち1枚にも便器と同程度の細菌が確認されたとのこと。

結論。ちゃんと石鹸で手を洗おうね。
0

2013/3/22 | 投稿者: 鹿苑院

クリックすると元のサイズで表示します


どうもよく出題意図がわからん。擬態語は平仮名、擬音語は片仮名ということらしいが、そんな法則初めて聞いた。今の小学校ってこんなふうに教えてるの? どうでもよくないか?
0

2013/3/20 | 投稿者: 鹿苑院

足利義満は観阿弥・世阿弥の能を愛し、これを保護した。その孫・足利義政好みの「侘びの美」も良いが、義満好みの「華の美」もやっぱり美の王道である。
当代の鹿苑院ことこのオレも、先代義満に似たのかもしれないな…と、ふと思う。堀江由衣さん(以下ほっちゃん)を見ている時である。

ほっちゃんのライブは他のライブとはまったく異質である。もちろん歌をうたうだけでもファンは盛り上がれるが、それだけではないのだ。歌の間に演劇を挟み、いやむしろ歌も演劇の一部となっており、しっかりしたストーリーが完成している。もはや総合芸術と呼ぶべき域に達していると言っていい。
歌のみのライブだと、そのアーティストのファンでなければいまいち盛り上がることは難しいだろうが、ほっちゃんのライブの場合はおそらくその心配が無いだろう。もし歌を知らなくても演劇として観ればいいのだから、ストーリーを楽しむことができる。「堀江由衣って誰?」って人がいきなり観ても楽しめる造りなのだ。

ほっちゃんが世に出た頃は、林原めぐみさん、椎名へきるさんが全盛期を迎えようとしている時期だった。声優が歌をうたうというイデオロギー革命の草創期。
椎名さんのライブを観て、「あんなに歌ったら死んじゃう」とほっちゃんが感嘆したエピソードが残っている。その弱々しかった新人は、やがてめぐさんとも椎名さんとも違うライブスタイルを編み出し、おそらくは感嘆したあの日の椎名さんよりもエネルギー量を必要とするであろう総合芸術ライブを実践している。
やがてある時期を境に、めぐさんに、明らかにほっちゃんを我が後継者と目しているような発言が散見されるようになったのは御存知の方も多いであろう。めぐさんの曲をほっちゃんがカバーしたり、ほっちゃんのアルバム曲をめぐさんが作詞したり、ほっちゃんのライブにめぐさんがCV出演したり、この師弟の関係深さはまことに濃密なものがある。

君は、林原めぐみを追いかけた椎名へきるを知っているか。椎名へきるに戦慄した堀江由衣を知っているか。
この系譜が、ほっちゃんのイメージカラーである青い大輪の「華の美」を咲かせたのだ。
0

2013/3/20 | 投稿者: 鹿苑院

秀吉の朝鮮出兵の時のこと。加藤清正隊の足軽が1人、虎にさらわれた。
虎は時々、獲物をすぐには殺さずつついたりして遊ぶ習性があるらしい。それがこの足軽にとって幸いした。
そのへんの木にからまっているツタを掴み、それで虎を撫でてやったところ、気持ちよかったのか熟睡してしまったので、足軽はツタで虎の睾丸を結わえ付けた。もう片端は木に絡みついたままである。
そして逃げ出そうとしたのだが、その気配に気が付いて目を覚ました虎、走って追いかけようとしたところ、自らの走る勢いで睾丸にツタが絡まり、潰れてそのまま即死してしまったという。

生還した足軽の機転を褒め、清正は士分に取り立てて「金玉」という苗字を授けた。めでたしめでたし。

…っておいコラ清正。その苗字は褒美と言うよりむしろ罰ゲームではないか。周りの人も誰も清正に何も言わなかったのだろうか。
なお、金玉家は昭和になって改姓した。そりゃそうだろう。
0

2013/3/18 | 投稿者: 鹿苑院

美濃守護・土岐家といえば、戦国ファンには斎藤道三に簒奪されたお行儀の良い家というイメージしかないかもしれない。しかし南北朝ファンにとってはそうではない。あの時代の土岐家にはとんでもない奴がいたのだ。その名を土岐頼遠という。

足利尊氏に仕えて武名高かったが、佐々木道誉、高師直と並んで婆娑羅だった。その婆娑羅が行き過ぎて、酒に酔った上とはいえとんでもない狼藉を働いてしまう。北朝の光厳上皇の牛車と路上で行き会った時のこと。
「控えよ、こちらは院(上皇)の御車であるぞよ」
「なに? 院と言うたか、犬と言うたか。犬ならば射てやろう」
と矢を射かけたのだからたまらない。たちまちのうちに都中の騒ぎになった。
酔いが醒めてからさすがにやばいと思ったのか美濃に逃げ帰ったのだがこれがまた謀叛の疑いを招き、結局は捕らえられてしまう。

足利幕府は北朝を推戴していることで成り立っているので、ただで済む訳がない。現役の美濃守護に降された判決は斬首である。
ただし武名を惜しんだ仲間たちから助命嘆願が多数寄せられたことに配慮して、頼遠の斬首は免れなかったが本来なら断絶させられてもおかしくない土岐家は甥の頼康の相続が認められ、道三の簒奪まで土岐家の美濃支配は続く。
0




AutoPage最新お知らせ