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2005/8/31  17:55

ハイエクについて  自我(エッセイ)
 大学時代、1年生のときに天安門事件がおこり4年生のときにソ連が崩壊しました。
 私が大学時代は、アメリカ新保守主義の経済学がブームで、私もハイエクやフリードマンについて学びました。
 ソ連が崩壊し、特にハイエクを信奉していた人は「我々の理論が正しかった」と喝采を送りました。
 だけど私は学ぶうちに疑問を感じてきました。
 たとえば、ハイエクの流れのM.フリードマンは、貨幣数量説からマネタリストという学派の総帥でしたが、経済史を見ると貨幣というものが国によって安定して供給される以前から経済はありました。
 日本も室町時代、明から銭を輸入していましたが、それは必要性にもとづいたもので、明が日本経済をコントロールしていたわけではありません。
 経済史を見れば、本末転倒のような気がしてきたのです。
 ハイエクは自由主義を極端まですすめてしまった結果、最後は中央銀行までいらないと言いました。
 「それは自立した市民により、政府な何もしないで経済が運営されることが望ましい」ということですが、この思想何か無政府主義(アナーキズム)にきわめて近いように思いました。
 無政府主義といえば、ロシアのクロポトキンが有名ですが、その理想はともかくとして、それは所詮空想の産物であり、「夢は夢、現実は現実」で考えなければならないと思いました。
 そうしてみると、アダム=スミスの冷静な歴史の考察にもとづいた観念的でない経済学が、大学4年生になったときすばらしいと思うようになった。
  
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2005/8/31  17:10

私のしごと館について  文化国家
 私は港湾カレッジにくる前は、私のしごと館設立準備の担当図書館司書をしておりました。
 週刊ダイヤモンドに、ライブラリーに置かれている映像資料はNHKのOBがチェックし、癒着し無駄づかいしているように書かれていましたが、とんでもないと思いました。
 内容に関しましては、私も含め職員がチェックしていました。
 担当図書館司書なので、あたりまえです。
 NHKのOBの方は内容というより、技術、特に映像の編集のチェックです。
 激務であったため、3人NHKのOBの方がかかわりましたが、すでに2名は故人となっているので、事実関係の取材はしていないことを確信しております。
 担当図書館司書の私のところにもこないのですから・・・
 私のしごと館は仕事なのでやっただけですが、よいコンセプトだと思います。
 職業博物館なのですが、職業は星の数ほどあるので広さはいくらあってもたりませんでした。
 けいはんなという新都市の中心の役割もはたしております。
 東大寺のようになれるかはわかりませんが、類似品がないので都市の個性にもつながると考えております。
 ちなみにいうと、不景気で予算不足であったため、コンテンツの超安値で強引に作らせたりしていたので、記事を読んでいて「どこの話よ」と思いました。
 「次の仕事があることを祈りましたお引き受けさせていただきます。」
や某氏に「私、最近ケチとか鬼とか言われるんですよー」と言われて、「誰のこっちゃい」と思うこともありました。
 仕事は仕事によっては、取材することが難しいこともありますし、危険な取材も多かったことも事実です。
 ライブラリーはインターネットから見れるので、よくタイトルを見ていただき判断してください。

 初めての施設だし、いろいろな意見があるとは思いますが、あの施設は命をかけて働いた人たちの気持ちがこもっており、大変な怒りを感じました。
 私も、入社して過労や病気で2回倒れているので、3回めに倒れれば命が危うく、「この仕事が終わったら、もう仕事は続けられないかもしれない」と考えてやっていたことを告白いたします。
 以前とある研究所で、外国の研究者や来客をもてなすための茶室が非難されていましたが、茶道のできる人は大勢いるので何を非難しているのかよくわかりませんでした。
 外国人の賓客は自分の国では大変地位のある人達で、日本を代表する文化の茶道を用いゲストをもてなすことは当然ありうるし、儀礼だと思うのですが?
 ゆきすぎはあっても、見た印象等で判断するのはおかしいと思います。
 
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2005/8/31  10:48

旧東ドイツについて  社会的市場経済
 カントについて読んでみて、ふと最近ドイツにおいてバイエルンの政治家が旧東ドイツ地域の人を馬鹿にした発言をして、波紋をまきおこしている記事を思い出しました。
 ドイツ統一は「西ドイツが東ドイツを併合することによっておこなわれた」という認識があり、旧西ドイツで最強の州バイエルンは鼻息が荒いと聞きます。
 実際、国立博物館もバイエルンの州都ミュンヘンにあり、ワールドカップの開幕戦もバイエルンで行われることを考えれば当然かもしれません。
 ただ、私は歴史を見ると、東ドイツにも功績がある気もします。
 それは貴族(ユンカー)を中心としたドイツ社会を終わらせたことと、あと多くの疑惑があり、疑惑があっても、大半は努力でスポーツにおける「世界に冠たるドイツ」を示したことです。
 社会主義になり東ドイツは結果として「市民の国」となり、彼らが立ち上がりベルリンの壁を壊しドイツ統一が成し遂げられたことを見ると、東ドイツ市民の功績は大きいと思います。
 プロイセン復活は軍国主義の復活を怖れるドイツ国民によって国会で否決されました。
 実際、東プロイセンが失われている今、あまり意味がないことだと思います。
 そうしてみると「東ドイツの市民意識はどこに・・・」という気持ちが出てきました。
 実際、首都のベルリンは東ドイツの中にあり、ドイツの中心はこれから東ドイツに移ってくると思います。
 そうしてみると、願ったことではなかったこととはいえ、国として約半世紀一緒だった東ドイツは「見えない一つの州」であり、いずれドイツは「東ドイツを中心とする連邦共和国」になる気がするのです。
 バイエルンは、心の底でそれを焦っているような気が感じました。
 デュアル訓練がドイツにおいてゆきづまりつつあることも聞きますが、「東ドイツを経済的に支えるのが大変」という気持ちが、西ドイツの人にある気がします。
 しかし、「東ドイツの人は質実な気風があり、いずれ統一ドイツの光ってくる」私はそのように感じました。
 カントを読み、ケーにヒスベルクは今ドイツではないとはいえ、東ドイツは統一ドイツにとって欠かせないと思いました。
 東ドイツが「市民の国」となることで、軍国主義の恐怖がなくなったことは、東ドイツ市民の方に感謝すべきことだと私は思います。
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2005/8/31  10:47

港湾カレッジ,デュアルシステム学生、協力企業募集中  労農
 本牧埠頭にあります港湾カレッジでは、
 若者を対象とした二年制のデュアルシステム
 「港湾ロジスティクス科」の二期生(10月募集)を募集しております。
 おかげさまで、一次募集で8名の応募者をいただきました。
 またも、個性的な人が集まりました。有能な人が多い、
 20名までは大丈夫で、9月20日あたりまで募集しております。
 学校見学は随時OKです。
 
 二年生からは「フォアマンコース」「フレイトフォワーダーコース」に別れます。
 港湾に必要な知識、技能、また国際物流に対応できる人材の育成をめざします。
 企業での実務実習もあり、現場での結びつきを大切にしたコースとなっております。
 海国日本を支える人材育成をめざしますので、ぜひ一度、港湾職業能力開発短期大学校横浜校のホームページを御覧ください。
 あと、実務実習を請け負う協力企業の拡大もめざします。
 より長期にわたり港のいろいろな業務を見せてあげたいので、協力企業の名乗りをお待ちしております。

 
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2005/8/29  21:53

復活したい趣味  心気体(フィットネス)
 もともと高校時代、ワンダーフォーゲル部で山登りをやっていたのですが、高校時代に
腰や膝を痛めて、20代に体調を悪化させ中止していました。
 昨年、長年懸案だった車の免許がとれ、体調も少しずつよくなり、ある体操を続けていたら腰の痛みもとれてきたので、どこか登ってみたいなと考えています。
 ワンダーフォーゲルは文化財を見るような活動があるので、文化財を見たり、危険でない野外活動はやってきました。
 丹沢か奥多摩のどこかに登って、腰の回復具合を見たいと思います。
 できるかなあ?
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