かんたん短歌blogの今月のお題は「シモネタ」。
本当に様々なシモネタがトラックバックされています。
投稿するみなさんの詠まれた歌を読むと
性的なことは男女で隔たりがあるように感じます。
それは機能上仕方のないことなのかもしれません。
以前、松浦理英子さんの
「親指Pの修業時代」という本を読みました。
近頃チェックしている
松岡正剛さんの
千夜千冊というページで
彼女の「ナチュラル・ウーマン」が取り上げられ
同時にこの本(上下巻)についても書かれていて思い出しました。
(ナチュラル・ウーマンもスゴい本ですが話が長くなるので…)
親指P。
これは足の親指に生えたペニスのこと。
(親指に生えた…ではちょっとおかしい。
親指がペニスになった、かな?
でも、射精機能がないからペニスとは言い切れないし。
なんて言っていいのやら…悩む。自分のことでもないのに。)
しかも、その足の持ち主はうら若きふつーの乙女。
主人公の彼女は女性でありながら
男性の快感を(一部)感じられる特異な存在になります。
それも突然に。
機能上は完璧でないにしろ
快感のみは男女を共有する彼女ならどんな歌を詠むのでしょうか。
受け容れる側と侵入する側の両面を垣間見て。
おそらく性転換では得られない感覚だと思うんですが…。
そんなことを思う秋の夜長でした。
(振戸のblogにて10/21夜より公開したものに修正を加えました。)
※枡野浩一さんのかんたん短歌blogへ投稿済みです。