「あるきかたがただしくない」を拝読させていただいた。
何度も何度も、本返し縫いのように行きつ戻りつしながら読んだ。
帯文には「男が離婚を語ってはいけませんか?」とある。
どんどん語ればいい、と思う。
語るのは女の特権ではないはずだから。
友人に「物語る」ということを教えてもらった。
人は「物語る」ことでショックやストレスを癒すらしい。
自分の物語を作ってそれを語ることで癒される、のだそうだ。
女は特に、ぐちぐちと「どうにもならないこと」を話す時がある。
文句を言っても解決にならないんだけど、話したい。
たぶん解決しようと話をしているわけじゃない。
ただ「物語る」なのだと思う。
「あるきかたがただしくない」の中で
枡野さんのお知り合いの美人漫画家・佐藤ゆうこさんのグラビア撮影の話がある。
その撮影中、漫画家の西原理恵子さんに出会ったとも書いてある。
西原さんのファンでもある私はその出会いに少しドキドキした。
私が出会ったわけじゃないのに。
西原さんが毎日新聞に週1回連載している
「毎日かあさん」という漫画があるのだけれど、
先日の掲載分は週末に西原邸に集う「かあさん」達の話だった。
最初はおしゃれなお菓子を手みやげに集っていたのが
煮物やキムチになり、やがては酒に変わっていく。
男達が飲み屋でくだを巻くように
女達は「スナックかあさん」に集い、物語る。
小さな一コマの一言が気になって頭から離れない。
『自分のこと 聞いてほしい』
そうだ、それなんだ。
同じく新聞連載(こちらは中日新聞)されていた
歌人の佐藤真由美さんが書いたエッセイで枡野さんの存在を知ったのだった。
そのとき、彼女は枡野さんを「強い」と書いていた。
以来、私の中の「枡野浩一」は「強い」イメージだった。
「よかった?」と質問してもいないのに「よくなかった」と答えてくれる
(枡野浩一/『ますの。』)
冒頭にはこの短歌が紹介されていた。
「よかった?」なんて質問をされたこともない私には
「よくなかった」と答えられてしまう人を想像できないんだけれど
それを歌にしてしまう「枡野浩一」は強いのだと思った。
その「強い」「枡野浩一」が
繰り返し繰り返し「子供に会わせてほしい」と書いている。
静かに丁寧な言葉遣いで。
一見、弱々しく生気のない文章のようにも思える。
女々しいととらえる人もあるだろう。
うかつなことに最初は私もそう感じていた。
だけど違う、「強い」から書けるんだ。
「強い」から自分の弱いところをさらけ出せるんだ。
と、いろいろ書いてきたけれど
何度も読み返して最も注目したのが文字のフォントだった。
この本が複数の連載や関連するコラムをまとめたものであるからか
ものによって段の組み方や文字のフォントを変えてある。
一目でどの連載かわかるようになっているわけだ。
(ちなみに私は「日曜日の名言」のフォントが好みだったりする。)
まえがきにあるように、どのページからスタートしても大丈夫、なのだ。
読者に優しい本だと思った。
そして私はそういう工夫が大好きだ。
残念なことに私は清く正しい人妻で
さらに残念なことに、この本によると枡野さんはかなり面食いらしい。
本を読むたび「お友達になってください」メールを送りたくなるけれど
ここはぐっと我慢してかんたん短歌の投稿に力を注ごう。
遠ざかる君の姿に改めて好みのタイプは細身と決める (振戸りく)
追記:「毎日かあさん」はネットで見られます。
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/women/etc/riezo/