イントロ  

ボイスブログ『Live Line』 ただいま、絶賛更新中! 

2018/5/27  22:56

きたへいきます  社畜

来月中旬〜 北部が忙しいから招集がかかった。別にいいけどね。

2018/5/27  20:52

Sどん 第20回  

大久保が準主人公なのがはっきりしてきたな。

2018/5/26  23:28

今日から中高年  

中高年らしくする。

2018/5/25  21:51

半生を振り返る3  社畜

25歳くらい〜現在

就職後は、一生懸命働きました。

できるだけ学んだことを生かしたいなと思ったけれどうまくいかず、
今にして思えばやっぱりこの会社とはミスマッチだったよねと思う。
早く辞めてもよかったのかもね。

でもミスマッチではあったけれど、その環境でしか出会えなかった人達が沢山いると思うと、完全に間違いだったとはいえないのかなと思う。

仕事とはいえ中国にトータルで1年くらい滞在できたのは、
良い経験だったと思う。もはや得難い経験をたくさんしました。

まさかの3.11の巨大災害に巻き込まれたけれど、死なずに済んだのはラッキーだった。
膨大な量の泥水に囲まれた光景は一生忘れないだろう。


ここ3年くらいは、激しい肉体労働と同時に、新型設備の検討とか実験をやらされて、最高に疲弊した。昨年現部署に移ってきて、ようやく腰を据えて仕事ができる環境になった。仕事がきついといっても、飛んだり跳ねたりしながらPCを使う作業をするきつさは
もうごめんだ。


やる気出ない病は2009年くらいから数年悪化状態が続いていた。
当時の状態がマイナス100だとすると、今はマイナス20くらいだと思う。
だいぶ良くなってきた。




中国を契機として、外国にも時々遊びに行くようになった。
好きな作家や音楽家ゆかりの地を訪れたりするのは結構面白い。
国内外の興味の幅を広げつつ、楽しくやりたい。


最近、とても若い人で天才的な人が沢山出てきて心強いなと思う。
羽生君とか大谷君とか藤井君とかの活躍が楽しみです。


私は努力しなかったし才能もなかったが、
悪人が寄ってこないという性質があるらしい。今後も
良い人に囲まれて暮らせたらいいなと思う。



さらば青年。

2018/5/24  21:20

半生を振り返る2  生活(diary)

25歳くらいまでのお話




残酷なふるいがけが終わった。
粗暴で勉強のできない人々は知らない学校に行っていなくなった。


私は大して望んでもいなかった進学校に入った。
ここに入れるよと言われたから受けました。


しかし英才たちを集めた環境で、私はあいかわらず努力せず、平凡な成績であった。

同級生たちは将来大学に行くらしいが、自分もどうやらどこかに流れで入らないといけないらしかった。大変意識が低かった。

17歳くらいで無気力状態に陥り、何もやる気がしなくなって、それは少なからず現在に影響している。


とりあえず、努力しなくても地元国立には入れそうだったけど、
教室にTH大のオープンキャンパスのチラシが貼ってあったので、
何か聞いたことのあるTH大を見てみようかと思った。

夏休みにS市に出かけた私は、地元と比べて洗練された都会(?)に、
すっかり虜になってしまった。

よし!俺はこの大学にいくぞ!と決意したものの、
もうあと数か月で受験シーズンに突入するわけで準備期間が足りない。
どうやら地元大より難しいことを知り、赤本とか読んで勉強した。成績は伸びたけど、それでも落ちた。

浪人。

予備校のクラス分け試験をたぶんやったと思うが、一番上のクラスに入れた。のほほんと勉強していた。ミスドでドーナツを食べながら数学を勉強した。クラスの中で4〜5番目くらいだったと思う。僕は危ない橋は渡らず、無事志望校に合格できた。



S市に転居。


S市での暮らしは楽しく満足だったが、勉強や研究はとてもとても苦しかった。
全国の英才たちが集まる環境で、私は平凡だった。

多くの超秀才な人びと、中には天才もいたが、みな私に優しくしてくれた。
彼らとの出会いは私の財産だ。

だがやる気出ない病も相変わらず治らなかった。
やる気出ない病のおかげで卒業も危うかった。

スリランカ出身のJ教授の励ましがなかったら辞めていたかもしれない。


働かなければいけないので、就活もした。

東京でも就活をしたが、S市に残れたらいいなという前提でも就活した。若き私は何もわかっていなかった。この国では江戸(東京)、大阪、名古屋以外で生きていくことはハンディなのだ。

戦国時代で拠点となった場所がほとんどそのまんま経済の中心なのだ。
産業の集積度合いというものを若き私は何もわかっていなかった。
S市は辺境なのだ。そんなことに気付かない私は視野が狭かった。


私は東北のS市を愛してはいたが、学生時代を過ごしたS市はこの地方では
非常に特殊な環境だったということを就職後に自覚することとなる。


私は働き始めた。ずっとそのままでいたい人たち、
またはそのままでいることしか状況が許さなかった人びとが沢山集まる会社で。

2018/5/23  23:17

半生を振り返る1  生活(diary)

もう少しで、どう言い訳しても青年とは言えなくなってしまう年齢になってしまうので、

今のうちに振り返っておこうとおもってね。



0歳〜15歳 

内陸県の二番目の都市の隣町で育つ。

ここは大都市とはいえないが、それなりの規模の都市であり、
歴史も長く悪くないところ。幸運だったと言える。

国鉄所有の半公営アパートで小学校が終わるまで暮らす。

知的面性格面では母型の祖父の才能が遺伝していたと思っている。
割と理解力がある子供だった。


小さいころはスラム街とか汚い長屋があちこちにあった。
ドブも臭かった。生活廃水は垂れ流しだったのだろう。

小学校は、明らかにスラム出の人がいた。素行が悪く臭い。
中学校は暴力が支配する野蛮な世界だった。


中学校まで、努力をせず、好き放題に暮らしていた。

今は思うが、好きにしているだけでは一流にはなれない。
だがそれはそれから15年ほど経たないと分からないことだ。


そして、15歳で受験という、才能と可能性のふるいがけを迎える。

望む望まないとにかかわらず、生徒たちの階層は分けられる。残酷な話だ。

2018/5/23  0:01

やはり  生活(diary)

適職はフランス外人部隊だと思うよ。君ならやれる!

https://matome.naver.jp/odai/2142157398680160401

2018/5/22  21:08

アメフト  

('A`)フランス外人部隊は、いつでも君の志願を待っているよ。

2018/5/21  23:50

(無題)  生活(diary)

('A`)ケン・グリムウッドを読みなさい。

2018/5/21  22:24


チャイナパワーで損益率24.5%になっていた。けっこう。


浮き沈みが激しいが長期的には圧倒的に中国経済がのびる。

日本は中国に到底かなわない。

こういうおおまかなストーリーをぶれずに持っていればいい。

2018/5/21  22:05

スマホかいました  生活(diary)

まだまだ全然使えた従来ケータイ。いずれはスマホにするかとは思っていた。

しかしヨドバシで偶然ド〇モのおねーさんの話を聞いたところ、
2ギガプランへの新規加入が5/24で終了してしまい、
勝手に月々の請求額を増やすプランしか選べなくなる。これはイヤすぎた。


だからかえたよ。

月々1000円くらいだった携帯代金が恐らく3200円程度まで増加します。

2018/5/20  10:40

Sどん 第19回  生活(diary)

真の英雄は柄本明。

2018/5/20  10:32

(無題)  社畜


前部署には中国ぎらいの方というか、レイシストが多い。


(`Д')中国は敵!それに比べて台湾はいい。親日だし!

と言ってる人が多数。




私は当然大陸の肩を持ちたいので、

('A`)ひとつの中国という観点からすると、貴方たちは台湾も敵だと言ってるんですよ。


と諭しておきました。

2018/5/19  9:14

搾取  社畜

有給休暇をピンハネして浮いた金で楽しいゴルフ。水割りいいちこ。



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