「ルイサダ ショパン マズルカ (番号付き全曲演奏) @紀尾井ホール 10/4 」
演奏会
ジャン=マルク・ルイサダが紀尾井ホールを会場に、ショパンのマズルカを全曲演奏したリサイタルをレポートする。ただし、全曲とはいっても生前出版のものに限られ、歿後に出版された(op.67)と(op.68)、「エミリー・ガイヤールに捧ぐ」をはじめとする(番号なし)は演奏しなかった。また、生前に出版されたうちでも番号のついていない、「ノートル・タン」は演奏されなかった。これにより、全58曲のうち41曲が演奏されたということになるので、宣伝には少しばかり化かされた感じもある。大阪で聴こうと思っている人たちについては、一定のアテンションが必要だ。
しかしながら、当面のところ、番号付きのマズルカについて全曲がしっかり演奏されるのであれば、取り立てて問題はなかろう。ただ、東京アイエムシーのページでも、(op.63)まで列挙した上で、「ほか」と書いているから、ある時点までは、そうした遺作などを含める可能性があったのかもしれない。なお、ルイサダは最初の曲を弾き始める前に、本年3月にこの世を去られた故・山岡優子女史に、この演奏会を捧げるとコメントした。
さて、その演奏は隅々までよく練られたものであり、じわじわと深い感動を誘うものだった。ルイサダのショパンは基本に忠実であり、デフォルメのない誠実な表現には、一種の安心感があった。拍節感がしっかりして、ハキハキした表現だ。しかも、生硬ではなく、柔らかみがある。マズルカということで、拍子に特徴を求めたいところだが、ルイサダの場合はむしろ、それを前提条件としながら、より深いメッセージに迫っていく。
名刺代わりの(op.6)(op.7)の9曲で、ルイサダが優れたショパン弾きであることが、はっきりと印象づけられる。これら初期作品では、いかにも「若きショパンの作品!」という刻印をするかのような表現もあるが、ルイサダの演奏では既にラインも和声も流麗で、それがマズルカという表現形式に自然に乗っかっているような印象を与えるだろう。
パリ進出後となる(op.17)からは、やはり、ずっと華やかさが増すし、ヴァリュエーションも増えていく。ここには、ショパンのマズルカの中でもっとも長いことでも知られる(op.17-4)がある。哀切でロマンティックな作品だが、小さくならず、ゆったりした表現の幅を保っての演奏だ。(op.24)の表現は、前半では特に味わいぶかいものになる。いずれもシンプルな曲想のなかに、いかにもショパンらしい優しさが滲む作品ばかりだが、ルイサダの場合、表現にか細いところがなく、むしろ、肉厚に感じられるのはどうしてだろうか。変ロ長調のもつ雰囲気を生かした(op.24-4)の、凛々しいフォルムも印象に刻まれた。
肩透かしのようなロ短調の(op.30-2)のあと、(op.30-3)はバルカローレ風のゆらゆらした流れが強調され、とても印象ぶかい。ときどき表れる強打が、思いもかけない波のように舟を打つのが、いつしか大砲の轟音のようにも聞こえだし、それを宥めるように打鍵させるショパンの筆致から、ほんのり平和への祈りが滲んでくるのは、考えすぎというものだろうか。長調と短調の頻繁な交代の中から、ルイサダが(あるいは、ショパンが・・・というべきか)選び取るのは、ほのかに希望の載った明るい調べである。だが、最後の明るい和音には少しだけ陰がある。これに対する(op.30-4)の対比が面白く、美しい和声をなるべく強調しながら、嬰ハ短調の雰囲気を逆手にとって、かえって優しい演奏に仕上げているように思われた。
前半の最後は、(op.33)となる。ここは曖昧さを避け、できるだけ快活で毅然とした表現を志向しているのが、特徴である。ロ短調の(op.33-4)を見通しよい演奏で聴かせ、颯爽とした弾きおわりで締め括る。
後半は、(op.50)から3曲ずつになるが、その分、滋養分が凝縮した演奏となる。また、このあたりからショパン晩年に移っていくので、バッハに対する「信仰告白」がハッキリしていくほか、すっきりした和声の流れが印象づけられていく。とりわけ、(op.56)以降、いよいよキレを増すルイサダの技巧性の素晴らしさに、いまさらながら感銘を受けることになる。指のまわりもあるが、例えば、(op.56-3)でみせたような和音の捉え方の巧みさが、あたまから離れないのだ。つづく(op.59-1)なども、そうした構造の強みが遺憾なく発揮された演奏だ。あとの2曲とあわせ、(op.59)の3曲の演奏が後半のハイライトを成す。その質が高く評価される3つの作品でもあり、ルイサダ自身の共感も特に高いのであろう。演奏会のクライマックスを打つように、いささか打鍵にも力がこもる。とりわけ、(op.59-3)のスケールの大きな演奏は、多くの聴き手のこころを捉えたにちがいない。
既にアンコールのような雰囲気も漂う、(op.63)ではガラリと雰囲気が変わる。より正確にいえば、タイトな(op.59)の演奏が、最後の3曲をリラックスしたものとしている。肩の力が抜け、まるでモーツァルトのような響きにも聴こえたが、構造的には紛れもなくバッハのものが見える。こうして、ショパンの尊敬した2人の偉大な先達の輝きのなかに、ルイサダは、ショパンの最後のマズルカを導き入れ、3時間に及ばんとする大プロジェクトを結んだのである。長いようだが、あっという間だった。
番号付きのみであっても、マズルカ全曲演奏は意義ぶかい。本文では書き落としたが、マズルカを弾くということは、ポロネーズやワルツ、ノクターン、それにソナタを弾くときに必要なエレメントを、非常にシンプルな形で、例えば、このリサイタルのプレビューでも言ったように、五七五の俳句のなかにポエジーを閉じ込めていくような趣がある。そして、そのためのテクニックはエチュードに通じ、もっとも大事なポエジーはプレリュードあたりを弾くことで、養われるだろう。そして、コンチェルトの華やかさと、ダイナミズムが最後に来る。マズルカには全てがあり、一方で、それを展開するに満ち足りたスペースはない。この不足を補っていくために、ショパンがどのような工夫を払ったのか、ピアニストたちが教えてくれるだろう。
ルイサダが示したのは、そのひとつの形である。ショパンの楽譜というのは、マーラーの楽譜の饒舌と比べると驚くほど、寡黙である。それゆえ、ショパンのを弾くためには、ほんの少しのインテリジェンスと、鋭く養われたセンスが必要である。ルイサダのセンスの良さは、いまさら、私が証言するまでもあるまい。こういうやり方もあったのかという、意表をつかれたコンサートであり、また、これを存分に楽しんだひとときであった。

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