2008/4/5

スクロヴァチェフスキ ブル2 読売日本交響楽団 芸劇マチネ 4/5  演奏会

読売日本交響楽団の新シーズンが、常任指揮者・スクロヴァチェフスキの指揮で、幕を開けた。ミスターSは、加齢による衰えも感じさせず、自作品の演奏と傾倒するブルックナーができるとあって、元気いっぱい。張りきったステージである。

まず、親交のあるベテラン・ピアニストにして、米国の名門、カーティス音楽院の院長まで務めた大先生でもあるゲイリー・グラフマンを独奏ピアノに迎えての、スクロヴァチェフスキの近作「コンチェルト・ニコロ」の演奏である。グラフマンはキャリアの頂点で、ピアニストにとっての致命傷である指の捻挫により右手の自由を失い、教職に転じることになった。世界の人気者、ラン・ランの師として有名であるが、左手だけによる曲目を同時代の作曲家に委嘱しはじめ、演奏する活動も再開した。スクロヴァチェフスキのこの作品は、2003年に初演されたもの。

作品はなにか新しい奇想が感じられるわけでもないが、そのわりに、響きには新鮮さが感じられる。新しいものを付け加えていこうとか、そういった野心とは別に、彼の理想とする響きを真っすぐに追い求め、細かく織り込んでいこうとするイメージが明確だ。独奏はさほど華やかでもないが、グラフマンの左手が奏でる低音の厳しさと、明確な拍節感の印象的な中高音部の響きを、ダイレクトに想定したものと思われる。スクロヴァの作品は、以前に演奏された作品もそうだが、アイディアを凝りに凝って織り込んでいくうちに、やや長めになる傾向があるようだ。だが、この作品はその初期作品と比べると、ずっとスッキリしていて、見晴らしがいい。ペットからトロへ、フルートからオーボエへ、といった受け渡しの面白さや、弦の組織の繊細さなどに見るべきものがある。随所に印象的なティンパニーや、パーカッションの響きが、優しく練り込まれているのが、落ち着きを与える。ゲスト出演した菅原淳の、きっちりしたティンパニーの響きのせいでもあるが! グラフマンのピアノも堂々たるもので、仮に右手を失っていなかったら、今日、間違いなくトップ・ピアニストの最前列に名まえを連ねていたであろう。

ちなみに、この曲は「ニコロ」・パガニーニの op.1 のカプリースの終曲、つまり、ラフマニノフやルトスワフスキや、その他、いろいろな作曲家がアイディアを競った素材によっている。コンチェルトだが4楽章形式で、それらはつづけて演奏される。ヴァリュエーションのようでもある。だが、素材は細切れである。

ブルックナーの2番が、素晴らしかった。この曲は実演が初めてだが、録音で聴くかぎり、アイディアが拡散しており、ややまとまりのなさを感じることもあった。だが、スクロヴァチェフスキの手にかかると、自分の見識の甘さを嘆かざるを得ない。ここにはブルックナーの繊細な詩情が横溢しており、それが信仰という大伽藍に納められてしまう前の、生の表情を残している。そのことを象徴するのが、第2楽章の美しい演奏である。すこし目立つ瑕はあったが、ひとつひとつのエピソードをピンセットで並べるように、きれいに提示していき、慎重に流れをつくる。ぴんと張りつめた緊張がつづき、まるで室内楽のような雰囲気である。決して派手ではない。優しく、語りかけるような響きだ。

弦のピッチカートのうえに、のんびりしたホルンの響きが踊る見せ場。深い「ブルックナー休止」。管と弦のダイアローグの緊張とその弛緩、瞬間ごとに移り変わっていく、繊細な色彩感に透徹となりながら、時間を過ごす。後半は、コントラバスの深い溜息。再び休止、ほんの短いクライマックス、しまいの艶やかな収め方まで、どのエピソードも、正しく溜息が出るほどに美しく、超のつくほどに丁寧な音の扱いには恐れ入った。こんなブルックナーの演奏は、聴いたことがない! 最後、響きが消えてしまっても、指揮者が手を下ろすまで、左手をゆすっていた毛利伯郎のしぐさが印象的だ。

中間2楽章が、充実した演奏だった。完成度という点だけでいけば、第3楽章が上を行く。とにかくアンサンブルの精度がすごい。この日は、リズムの点で神が降りていたスクロヴァに導かれ、スケルッツォに相応しい跳躍感があり、ふくよかな拍節感、ごまかしのない厳密なアンサンブル。どこをとっても隙がないのだ。ところが、それは堅苦しいフォルム重視の響きではなく、とにかく歌に溢れている。スクロヴァ自身も歌っていたようだけれど! 菅原のティンパニーから導かれる、コーダの切れ味も格別だった。

ブルックナーの場合、両端はそれなりに演奏すれば、効果が上がりやすい。中間の楽章がこれだけ充実していると、演奏は高く評価できる。

両端楽章は、第1楽章はホルンの目立つ吹き損ないなどあり、やや隙があったのに対して、完全に乗りきった終楽章の響きは凄かった。コンマスの藤原浜雄を中心に、弦が激しく燃焼する読売日響というのは、なかなか見られない。うまく言葉が見つからないが、いつものスマートな合奏のエレガントさよりも、内面の掘り下げと、響きの弾力にこだわった舞踊的な響きが特徴であった。透きとおったアンサンブルの見通しのよさはそのままに、リズムと、その流れに焦点を絞り、いつまでもつづけられそうなヘルシーな響きでもあるが、その内省的な部分の濃厚さも、見逃すことはできない。第1楽章から、既に、そのような傾向は明確であった。

この演奏は、私の抱くブルックナーについてのイメージを、ぱっと解放してくれたくれた感じがする。渋めの曲目、控えめな解釈であるせいか、聴き手の反応は思ったより良くないが、私の聴くかぎり、最近の読売日響との演奏のなかでも、特筆に価する内容ではないかと思う。こんな美しいブルックナーの2番は、録音でもなかなか耳にできないだろう。忘れられない体験になりそうだ。


【プログラム】 2008年4月5日

1、スクロヴァチェフスキ コンチェルト・ニコロ
 (pf:ゲイリー・グラフマン)
2、ブルックナー 交響曲第2番

 コンサートマスター:藤原 浜雄

 於:東京芸術劇場
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