参考録音:ルドルフ・バルシャイ指揮ケルンWDR響(BRILLIANT)
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ショスタコーヴィチの交響曲第15番は1972年の作であり、そのユニークなフォルムから「前衛的」とみる人もあるようですが、この時代には、ノーノ、シュトックハウゼン、シェルシ、ケージなどというところも既に活躍していたことを考えると、むしろ半世紀は遅れているというべきなのかもしれません。第3楽章には12音技法が用いられているとはいっても、むしろ、それを皮肉るような用法であると思われます。形式としては古典的な交響曲の形式を踏んでおり、甚だわかりやすいものに入ると思います。
ショスタコーヴィチといえば、すぐに、諧謔的とか、一筋縄ではいかない、アイロニカル・・・というキーワードが出てきます。確かにそのとおりではありますが、それらの前提として、とても素直な表現性をもっていたことを忘れてはならないのではないかと思います。この作曲家についてまわる偏屈なイメージというのは、実のところ、彼をみる人々の偏屈さの裏返しではないのでしょうか。私は、ショスタコーヴィチは友人も、家族も大事にした人だったようだし、実のところ、かなり明るくて、人当たりのよい人物だったと信じています。
例えば、当時、若かったルドルフ・バルシャイがショスタコーヴィチを訪ね、弦楽四重奏曲を「室内交響曲」に編曲して演奏したいと申し出たとき、彼はその申し出を温かく受け容れて、作品番号まで与えているぐらいです。また、音楽性からみても、そのことは想像できます。確かに、かなりハードで、一筋縄ではいかない部分が含まれていることは否定しませんし、仄暗く、重い作品が多いことから、彼をロッシーニやヨハン・シュトラウスのような作曲家と同じようにみるには無理があります。
しかし、それは時代精神と向き合うものにとっては必然のことであって、なにもショスタコーヴィチという人間がいかに「イカレテ」いたかを示すものではありません。むしろ、そのような重々しい作品を最後まで聴かせてしまうところには、ショスタコーヴィチ一流のユーモアが発揮されているとみるべきであり、私はしばしば、ショスタコーヴィチの作品に感じられる温かさや、笑いについて、大きな関心をもっています。もしも、それがなかったら、本当に偏屈で、とりつく縞もないような人物だったとしたら、彼の作品はもっと救いようのない、聴くに堪えないようなどぎつさに占領されてしまったにちがいないのです。
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話が飛びましたが、ショスタコーヴィチがもっている素直な表現性について、ここでは述べたいと思っていたのです。この作曲家に関して、よく知られているインフォメーションとして、「マクベス夫人」のあと、プラウダ批判を受けて、交響曲第4番を撤回し、ときの政権に迎合的・・・とみえて、実は批判的な5番を書いたというエピソードがあります。5番はバーンスタインの十八番でもあり、もっとも有名な交響曲ですから、この逸話はひろく流布しています。
また、カラヤンの十八番だった交響曲第10番では、スターリンとの確執が彼の死によって途切れ、交響曲はその抑圧からの解放をうたったものであることが強調されます。これらのエピソードは、20世紀を代表する2人のスター指揮者と関連づけられて言い伝えられ、ショスタコーヴィチのイメージを形成するものになっています。
ところが、私は、5番が表面的な部分でさえ、迎合的であるとは思えないのです。確かに、5番の成功は、批判を切り抜けました。それは当局がショスタコーヴィチに騙され、そこに込められた批判性に気づかなかったためでしょうか。私は、そうではないと思います。この交響曲は断じて妥協の産物などではなく、決死の覚悟で、ショスタコーヴィチが遺してくれた作品であり、4番を書いたようなストリームから外れるものではありません。ショスタコーヴィチは生前、自信のある交響曲を並べて、自分の死後、まとめて演奏するように友人のロストロポーヴィチに託し、それは梶本氏との友情により、日本で実現されました。そして、そのなかには、しっかりと5番が入っていたようです。もしも本当に妥協的な産物だったら、5番が、このリストに含まれるはずがありません。
ショスタコーヴィチは多分、アイロニーを好んでいました。しかし、回りくどい言い方で煙に巻くような臆病者ではなく、先のように言いたいことはハッキリと主張せねば、きかない人物だったのだと思います。それがあのスターリンの時代を生き抜けたのは、奇跡にもちかいことだと思います。なるほど、芸術家の良心にも限界はあり、体制に協力的と思われる作品もつくっているけれど、その反面、ラヨークのような作品をつくることでバランスをとっています。
本質的に、ショスタコーヴィチの表現性には歪みが少なく、真っすぐな表現が目立ちます。それは、この交響曲第15番や、遺作のヴィオラ・ソナタにおいて顕著です。そこには、晩年のショスタコーヴィチの想いが余さず詰め込まれており、聴いている我々を動揺させるものがあります。
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交響曲第15番でもっとも有名なのは、誰が言い出したか、その音色を巧みに写し取って「チャカポコ」と呼ばれる、最後の打楽器群による対話です。この部分は、政府に捕らえられた政治犯たちが牢獄の鉄格子を叩くことによって、互いにコミュニケーションを取り合っていたのを示しているともされています。しかし、それだけではない、多くのイメージを喚起されます。例えば、天国への階段を忙しなく上っていくときの効果音、あるいは、理科室にあるような骸骨が踊るときの音・・・。
共通しているのは、死と、それにまつわるアイロニカルなものの見方です。囚人たちは座して、死を待っているのではありません。彼らは自らの過酷な運命を見つめながら、あくまで前向きにコミュニケーションを取り合っています。あわよくば逃亡し、自らの志をつなげたいと願っているでしょうが、死を畏れてはおらず、既にやるべきことはやったという自負もみられます。だからこそ、こんな喜劇も生まれるのです。死と生、悲劇と喜劇、絶望と希望、不満と充足、怒りと喜びが、せめぎあいながら並立している。そのバランスをいかように調合するかは、指揮者を中心とした表現者の手にかかっています。2007年、短時日のうちにショスタコーヴィチの交響曲演奏をコンプリートした井上道義は、この交響曲に対して、「この曲は指揮者によってどのようにも変貌する。名曲とはそんなもの。怖い」と述べていますが、正しく。その通りなのです。
この交響曲の第4楽章は、肯定と否定の繰り返しです。最初に吹奏されるファンファーレは、第2楽章で出てきた葬送テーマの変形です。このファンファーレが要所に挿入され、ワーグナーや自作品からの引用がおこなわれる度に、それらを打ち消していく役割をします。弦楽四重奏曲第8番の、三連符に似たような働きでもあります。そして、最後に、この交響曲の冒頭のテーマが浮かび上がりますが、これを引き取るのは例のファンファーレではなく、有名なチャカポコです。ショスタコーヴィチは自らを囚人たちに見立てて、誇りだかく階段を昇っていくかのようですが、それとせめぎあうように、もっと生きたいという切実な願いが、作品に底流しているのがわかります。
最後、冗談のような「チーン」という響きは、遺作のヴィオラ・ソナタの最後に、長くながく引き延ばされるヴィオラの響きと対応しているかのようです。もはや、これでおしまいであるという諦念だけではなく、まだまだアイディアが詰まっている自分の可能性への惜別、その両方が素直に表出されています。
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1987年、ノーノは「進むべき道はない・・・だが、進まねばならない」という象徴的な作品を書いていますが、ショスタコーヴィチは既にこの時点で、ノーノの辿り着いた悟りを予言しています。そこでは、12音技法の可能性を嘲笑い、「進むべき道はない・・・だが、進まねばならない」を実践しています。ショスタコーヴィチはベルクなどの作品を熱心に研究し、12音技法を自由に操れるようになっていましたし、作品の一部には、そのエッセンスが使われてもいます。この15番もそうでしょう。しかし、12音を使った他の作曲家と比べると、その用法はかなり緩やかなもので、しつこいくらいに繰り返したり、すこしボルトの抜けたような軽い響きになっていたりするのが特徴です。
もともと、ワーグナーの作品にも敬意を抱いていたショスタコーヴィチは、DSCHの音素で構成されたドミトリー・ショスタコーヴィチ主題を愛用するなど、12音技法にちかい位置にポジションをとっていたと言えます。15番でも、12音のハシリとみられるワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」からの引用があります。しかし、ショスタコーヴィチはセリエール・ミュージックの組織が実に便利で、役に立つものであるかを認識していたのに、そうした方法や組織によって、作曲家の魂が乗っ取られることには強い警戒心を抱いていたようです。結局、ショスタコーヴィチは12音技法という組織が、かつてのスターリン共産党よりも、なおさら質のわるい形で、音楽芸術を苦しめるであろうことを見抜いていたのでしょう。
実際、この道を信じたノーノでさえ、10数年後には、「進むべき道がない」と感じてしまうような世界なのです。そこを突破するには、もはや「・・・だが、進まねばならない」という精神論しかなかった。私は12音音楽を批判しませんが、これに代表されるセリエール・ミュージックのもつひとつの弱点は、作り手と聴き手のコミュニケーションを断絶させることにあります。
つまり、かつての古典音楽では、ある程度の決まりさえ知っていれば、作り手と聴き手は対等に向かいあうことができました。しかし、セリエールに入ると、作り手の圧倒的優位が確立してしまいます。かつては、簡単なルールがまずあって、それをめぐって、作り手と聴き手は容易にコミュニケーションをとれたのです。しかし、その可能性に飽き足りなくなった作り手たちは、自分たちのルールを聴き手に押しつけてもいいということになったのです。聴き手は楽譜をひっくり返し、作り手に質問しないと、楽曲を理解できないようになりました。
もちろん、そこにも抜け道はあって、これが私は得意なのですが、どんな理屈があろうが響きは響きとして、それを楽しむというスタンスがあります。しかし、これは仮想的な聴き手の自由にすぎないので、作り手の意思とは十分に寄り添っていないことになります。つまり、ここで作り手と聴き手が別々の方向をむいてしまったのです。ショスタコーヴィチが心配していたことのひとつは、そういうことでもあると思います。
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さて、楽曲のご紹介というよりは、粗削りなショスタコーヴィチ論になってしまいましたので、そろそろ結んでいきましょう。
これだけ書いてきたあとに言うのも恥ずかしいのですが、ショスタコーヴィチの交響曲第15番の魅力は、言葉にしがたいものがあります。それを絞り出して申し上げるならば、シンプルで古典的な書法に、そこには本来、入りきらないほどのものがコンパクトに詰め込まれていることでしょう。私は、この曲はとても難しい作品と思っていて、40分足らずと時間は短いけれども、1曲だけで公演を組んでもいいくらいのボリュームがあると考えています。
そして、最後の「チャカポコ」は古今に例をみない斬新な表現であり、そのルーツは同じ作曲家の交響曲第4番(第2楽章)にあるとはいえ、15番ではその可能性が最大限に膨らまされています。独創性に溢れた、しかも、涙を誘うほどロマンティックな、しかも、腹の底から笑いたくなるようなユーモアを含んでいる「チャカポコ」が、多くのファンの支持を得ているのは理解できます。そして、良い曲はどれもそうであるように、押しつけがましさがなく、表現の自由度が大きいことも魅力のひとつです。
20世紀の音楽家は、ショスタコーヴィチをどちらかといえば、時代遅れとして扱いました。そして、その足を引っ張ったのが政治であると決めつけられていたのです。逆にいえば、そうした悪条件のなかで、よくやったという見方もありました。いずれにしても、ショスタコーヴィチの名誉のためにはならないでしょう。交響曲第15番は、そのような見方が正しくないことを雄弁に物語っています。彼の音楽は、聴き手への愛情に満ちあふれており、揺るぎない価値観に基づいた力強い表現をもっています。交響曲第15番は、そうしたなかでも、とりわけピュアな作品のひとつであり、ショスタコーヴィチにつよい共感を抱かせる名品であると思います。

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