2008/11/12
「 野焼きで火傷をする木々 」
野焼きで火傷をする木々
20・11・12
昨日は、11時11分から祇園神社で正式参拝が無事に行われた後直合が有り、其れから妙見神社や天津神社を参詣し、クサリ状珊瑚を見学した後、ヤナセ緑化株式会社社長梁瀬やすひこ氏と1時間程話し、夕方本田亮輔氏の待つレストランに向かい、熊蜂料理や猪鍋を囲んで、祇園神社の総代の曽我部氏等と8名で今後の事を話した。そして12時頃、阿蘇山の中腹に有る温泉付き別荘に泊まった。
そして、今朝映り出されて来た映像は、阿蘇草原の野焼きで火に焼かれた木々の姿である。其の、火に焼かれた木々の姿が現れる前に、私自身の身体にガスの炎が押し寄せて、私の肌が焼かれる映像が有って私が痛みを感じて居たので、今朝のメッセージの意味は、木々にも焼かれる痛みが有るのだと言う事である。
阿蘇の外輪山の草原は、観光でも有名な景観である。しかし、其の雄大な景色が維持されているのは、毎年春先に全山が野焼きの火に囲まれるからである。しかし、始めから阿蘇の外輪が草原であった分けではない。其れは、長い間牛馬の餌を確保する為に、野焼きが続けられて来たからである。其の証拠に、野焼きが為されない場所には自然の森が残されている。
今朝のメッセージの意味は、阿蘇の山々の野焼きを止めて、森林に還せとの事ではないだろうか。其れは、昨夜、建築をしている曽我部氏等と、平地である水田や畑を潰して宅地にするのではなく、出来るだけ、家は山地に立てる方法を、考えなければ成らないと話し合ったからかも知れ無い。
此処まで技術が進んだ社会である。人間が智慧を出し合い、環境に適した人間の生き方を考えれば、色々な方法が見出されるはずである。先ずは、阿蘇の外輪をどの様にデザインするかが、高天の原首都建設の切っ掛けと成るのではないだろうか。其の為には、私も時々、阿蘇に足を運ぶ事が必要であるのだろう。そう成れば、平成元年から10年間阿蘇に住んだ私の経験も、無駄ではなかった事に成るのである。
平成20年11月12日
礒 邉 自 適

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