2008/11/22
神とは螺旋構造のトキ
20・11・22
今日11月22日は、石上神宮の物部や、其れを踏襲する天皇家で、1番大事な新嘗祭の儀式が行なわれる日である。今朝のメッセージは、其れに相応しいモノ・現象であった。
今朝のメッセージの映像は、花崗岩の結晶構造が、銀色や金色で芸術作品の様に現れて来た。其れは、アフリカの原住民の人が、黄金比に拠ってパネル版にデザインして貼り付けた物である事が解かった。そして、其のデザインを生かして美術館の建物が建てられており、其の作品は時計の逆周りの回廊に成っており、其の道順には歴代の「ブッダ・長老・大己貴・宿禰」の顔が刻まれていた。
其の意味は、人類がアフリカで誕生した事を意味し、其の人類の意識構造には、花崗岩の結晶構造が影響を与えていると謂う事であろう。其れが、時計の針と反対に回る構造に成っていたのは、日本の古事記に書かれている「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」が左回りに回る事と同じで、男性の意識構造は左回りに働いている理・ことを示している。そして其の意識構造を伝えるのは、男性の役割であり、其の意識は天津日嗣として代々に亘り、伝授されていると言う事である。
其れが、老子の謂う「古人の智慧」であり、イエスキリストの謂う「永遠の魂」で、釈迦牟尼佛の謂う「悟ったのは過去世である」との意味である。
今朝のメッセージで1番大事な理・ことは、左回りに螺旋構造が成っていた事である。それは、貝の螺旋構造と同じで、左回りで過去の情報に辿り着くと謂う事である。其れに、いま実際にトコブシの殻を見ると、空気穴は、7つか、7つ半から以前の窓は、閉じられているのである。其処にも、7の数字の神秘が隠されている。
私に、2006年3月19日のメッセージで「みいつ 建国 6月11日」と告げ、「紀・トキの祭りを行え」と指示して来たのは大山祇神で、紀元の「紀」を「トキ」と書く様に指示が有った。「紀」は、己は糸巻きの象形。糸すじを分けるの意味を表わす。転じて、おさめる。きまり。の意味を表わす。
1)治める。ただす。2)いとぐち。3)かなめ。4)つな。5)みち。6)のり・法。7)12年間・12支の1めぐり。8)よ・世・代。9)とし・年。10)しるす・書く。11)歴史書の帝王に関する記述・本紀。 と有る。 漢語林
其の「糸すじ」のイメージが「時間・トキ」の感覚に繋がっており、イザナギの左巻きの回転や、大山祇神の祭りである満月の綱引きの4)つな・綱が、7回半の「トグロ・螺旋」に巻かれる事と繋がっているのであろう。其の、7回半トグロを巻いた大蛇の頭は、満月の月の出に向けられるのである。そして、月が水平線か地平に顔を出した時に、月の出を「叫んで知らせる」の意味が「カレンダー」の英語の語源でもある。
其の事を考えると、大山祇神とは「時間・トキ」の働きの意味であり、黄金比で「殻・住い」を構築する巻貝の螺旋構造と、同じ時間軸を抱えている事に成る。
今朝の私の意識は、其の大山祇神の内部構造へと潜り込んで行ったのである。其の時間の回廊には、歴代の「ブッダ・スメラ・御祖神(みおやかみ)」歳神の顔が、順番に刻まれていた。其れは、私が、今回の神の息吹きの為の穴を、創造している事に成る。其の為には、住いである貝の殻を継ぎ足す為に、新時代に合う骨格構造を組み込む必要が有るのだ。其の骨格を組み込む技術習得の為に、わたしの61年間の人生修行が必要だったのである。
そして、其の修行の結果として理解出来て来た事は、其の時間軸を抱え込んでいるのは、耳の器官である「蝸牛・かぎゅう」の螺旋構造なのである。昨夜、NHKのテレビ番組で「視覚」と「聴覚」の働きに付いて、放送が為されていた。其れに拠ると、目は0・03秒の時間把握が限界であり、耳は0・004秒まで時間感知が出来るとの事であった。其れに拠ると、視覚は0・03秒の間に他の情報が動いても、其の動きは感知出来ない事になり、誤魔化しが利くと謂う事である。だから人間は、視覚に拠り騙される事が多いのであろう。
其れに比べて、聴覚の方の情報は正確であり、言葉の調子で相手の嘘が見破られたり、健康状態を察知出来たりするのである。
其の、耳の働きが「調読命・つきよみのみこと」の働きなのである。其の様に考えると、調読命がイザナミが左目を洗った時に生まれたとされているのは間違いで、調読命の働きは聴覚から生まれた事に成り、左目から生まれる物は、やはり「天照・視覚」の世界であると謂う事に成る。左右の目から生まれた神は、両方とも脳に繋がっていて、左右の脳の仕組みに情報を送っているのである。其の点に置いても、古事記は書き直す必要が有るだろう。何故なら、目や鼻から人間が生まれる分けが無いからである。
今朝、私が理解出来た事は、人間は、目で見た事は全て真実だと思い込んで生きて居ると言う事である。其れは、使用出来る1万円札が百枚集まったら、使用出来ない定期証書1枚と取り替えて、安心している事でも明らかである。其れに、絶対に返せない800兆円もの借金を抱えている政府が、老後の生活を看てくれると安心している人も、同じ思い込みで生きて居る事に成る。何故なら、其処に、目に見える手帳や、国債の紙が物として存在するからである。
しかし、目を閉じて聴覚に意識を持って行けば、ガソリンを消費して24時間走り回っている車の騒音が聞こえるだけで、人間が滅亡に向かってばく進している事が理解出来るのである。其処に、瞑想の世界の存在意義が有るのだ。
日本の伝統は禊ぎ祓いに有り、其の想い込みを常に「祓う・消去」する事が、人間にとって1番大事であるとされて来たのである。其の儀式が正しく行なわれていれば、700万年前に人類が誕生した時間帯まで、螺旋構造の時空を通して遡る事が出来、本来の紀に「蘇る・悟る・帰命・南無・ヨーガ」出来るとの事であろう。其処に、花崗岩の結晶構造に繋がる扉が有ると謂う事である。
何故、其れが花崗岩の岩でなければ成らないのか、其れは「堆積岩」は岩が風化して水で海まで運ばれた土砂や、海のプランクトンの死骸が海底に堆積した物であり、「溶岩」は溶けたマグマが流れ出した物であるので、水晶の様な決った結晶構造を持っていないのである。其の点において、花崗岩は基本的な結晶構造を持っていて、理数的な情報を抱えているから、人間の骨格構造のシステムや松果体の構造とも共鳴現象を起せるのであろう。
特に、古代脳や海馬、其れに耳の器官である蝸牛等は、人間の身体の構造決定や、管理に大きな役割りを担っており、意識に深く関与しているのである。
其の意識の働きが、巻貝の様な時空システムを抱えているからこそ、人間にとって黄金比は馴染みが有り、西洋の宗教絵画には螺旋階段が描かれているのである。其の階段を螺旋に沿って回って上がらずに、直に上がる事が梯子や階段の意味である。そして、絵に窓が描かれているのは、巻貝に間隔を空けて有る呼吸口と同じ物であろう。其れは、貝の成長と共に空間が拡大される為に、時間・トキも其れに合わせて、位置を替えて行く必要が有るからであろう。
其の理・ことが、人間に意識されているからこそ、神社に階段が設けられているのである。
其の階段は、神社では16段に成っているが、神名では8段で左右に振り分けられている。其れは、もともと階段は螺旋構造に成っていたからであろう。其の8段の構造の元が、大山祇神の化身である大蛇が7回半トグロを巻く綱であり、アステカの大蛇が降りて来る8段のピラミツドなのである。其れは、三輪山の神である「大己貴・おおなむち」や大物主であり、釈迦牟尼佛の守護霊である7つの頭を持つ蛇であるのだ。
東洋では、其の蛇神は7つの頭を持っているが、西洋では頭は1つである。其の為に、西洋では知識が偏ってしまっているのであろう。今回の世界同時金融危機も、其の頭の足りなさが引き起こした現象である。日本も、其のシステムに巻き込まれているのである。
昨日から、日本の天皇家や神社で、其のカルマ・業を祓う儀式が行なわれているのかどうかは知らないが、日本が本来の伝統文化を取り戻して、早く本来の処に引き返さなければ、人類は神に見放されて、此の侭急速に世界経済は落ち込んで行くであろう。
人間は他の生物と異なり、自分の済む家を建てなければ成らない。「ヤドカリ・宿借り」は、自分の身体の成長に合わせて、住居である貝殻の大きさを替えて行くし、蟹や海老等の甲殻類は、成長に合わせて古い殻を脱ぎ捨てていく。しかし人間は、自分の服や家を自らの手で作って行かなければ成らない。其の働きが、人間の意識を成長させて来たのである。だが、其の人間の能力が、現在の複雑な社会構造を創り上げ、本来のいのちの情報を失ってしまったのである。其れに、其の理を受け継ぐ為に用意されている天皇家や、神社の神主までもが、現代社会のシステムに取り込まれていて、本来の役割を果たしていないのである。
是から、日本が世界に向けて果たすべき役割は、本来の日本伝統文化を明確にして、本来のいのちの働きを表現する事に有る。其れは、現在の西洋型教育システムを改めて、日本の惟神の精神文化に立ち戻る事である。それが英語の「エデュケーション・education」の、内に秘めてある「いのち」を引き出して遣るの意味なのである。其れは、教育とは相手のオリジナリティを引き出して遣る事であって、自分の考えを押し付けて、相手の魂・いのちを潰してしまう事ではないのである。
其の点に於いては、私は良い環境に恵まれていた事に成る。私の母親は、東京の代々木生まれで、名古屋にある現在の金城大学を卒業しており、父親は、鹿児島市出身であるが17歳から日本を後にして外国に出て行った人間である。其の両親の下、此の世界自然遺産に登録された屋久島で生まれ育って来た。だから、人間がどの様な環境で育てば良いかは、身を持って理解している心算である。
其の私が、新嘗祭の日に見せられた映像は、花崗岩の結晶構造の世界であった。新嘗祭は、元々物部族の儀式であり「天照国照彦天火明櫛玉饒速日命(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)」の命日に行われるモノと聞いている。饒速日命は、天磐船に乗って降臨したとの伝説も有るので、何等かの形で岩・花崗岩に関係が有るのだろう。其れに、奈良の物部代々の御霊を祭る神社の名が「石上神宮・いそのかみ」と成っているのも、岩か石工に関係が有るからではないだろうか。
其れに、伊勢神宮の名の伊勢も石敷に関係があり、伊勢神宮の有る土地は元々磯部族の支配地域であり、内宮を創建した倭姫が磯部族に土地の寄進を受けたものである。私は、饒速日命の長男「宇摩志麻遅命・うましまじのみこと」の御霊を祭る、島根県大田市の物部神社の御陵で、2001年6月15日に不思議な体験をし、「此処がお前の神社だ」と告げられた事が有るので、物部とは無関係では無い事は確かである。
「大田で途中下車しろ」http://star.ap.teacup.com/170606/437.html
平成20年11月22日
礒 邉 自 適

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