2008/10/28
「デザイン」
デザイン
20・10・28
昨日は、鹿児島県の出先機関である合同庁舎に、NPO法人緑の風の杉浦英世事務局長に付いて、藤田さんと3人で行き、屋久島事務所所長の佐藤文彦さんと、農林普及課の神埼保成課長さんとで、午後3時から5時まで、屋久島の農業と将来の事に付いて話し合った。
そして5時半からは、安房の粟穂神社で秋期大祭が有ったので、其れに参加し、儀式を手伝った後、公民館での直合が終ったのは8時過ぎであった。
今朝のメッセージは、昨日の「マイ画」に続いて、此の三次元世界の具体的なデザインをする様に示されて来た。其れは、昨日の私の行動が、神のプログラムに沿ったものであり、事が順調に動き始めた事を意味しているのであろう。そうであれば、是からは、益々三次元の動きが現実的に活発化するのではないだろうか。
其の幸先なのか、粟穂神社の大祭の儀式が終わり、白装束から普段着に着替えて居ると、宮崎県の霧島山に住んで居る知り合いの女性から、7年振りくらいに電話が有った。どうやら、今回始まった鹿児島の動きのメンバーの集いの中で、私の紹介が有ったので、急に電話を掛けて来たらしい。
そんな昨日の動きが有って、今朝のメッセージに現れた映像は、私の意識体が在って、其の右隣の方にも2名程、誰かが座って居た。そして目の前に、上方の光の存在から写真用のB4用紙のセットが降ろされて、各人に配られる場面が映し出されて来た。
其の意味は、既に文字が書かれた文章(お告げ・神の意志)が、神側から人間に与えられるのではなく、未だ何も印刷されていない写真用紙が渡されたので、其れは人間サイドに、自分の好きな絵(デザイン)を画けとの意味を、示して来ているモノ・現象と考えられる。しかし其れは、只単純に、人間の勝手が許されたとの事ではないのである。
私は24年前に、三次元の活動を全て止めて、此の神の世界に身を投じて来た。そして、4311人の「神霊の思頼・みたまのふゆ」を受けて、是まで、其の霊魂の鎮魂に務めて来たのである。其の結果として、新しい未来世界をデザインする権限と謂うか、役割を与えられる事に成ったのである。其れは、私に、天から権限と義務が与えられた事を意味している。
其の未来創造に関して、2005年10月7日に霧島で伝えられて来た、2008年9月15日からの新しい動きの1部である(リーマンブラザーズ証券倒産に因る世界金融危機)が、起きて来ているのである。
今朝は其の他にも、理解し難い映像が映し出されて来た。其れは、屋久島の隣に位置する種子島の男性達が、休日に屋久島のパチンコ店に大勢押しかけて来て、パチンコ台数の倍程の人が店内に溢れかえって居るのである。そして其の場面の意味は、種子島の人達がパチンコ遊びの研究に、屋久島に来ているとの事であった。
其の場面から、私が感じる事は、種子島の人達は皆働き者で、屋久島の人達は遊び事が好きであるとの理・ことである。屋久島では、以前13000人の人口でパチンコ店が7軒有った事が有る。其れは、今でも5軒有るので、人口割りで計算すると、日本1の比率かも知れ無い。其れは、其れだけ屋久島の人間が、博打が好きと謂うか、遊び人が多いと言う事を示している。
其れと反対に、種子島は九州でも1番働き者が多い地域で、夜明けから真っ暗に成るまで必死に働く慣習の有る所である。
以前種子島の人達には、屋久島に娘を嫁に遣ると「飢え死にする」と謂って、絶対に嫁に出さない考えが有り、逆に屋久島の人達は、種子島から嫁を貰えば楽に暮らせると謂って、種子島から嫁を貰う事を好んでいたらしい。私の知っている、今は亡き男性からも、「種子島から嫁を貰って来て、取り返しに来ると想い、暫らく其の嫁を隠して居た。」と聞いた事も有るので、其れは事実でも有ったのだろう。
面積で云えば、屋久島は日本では5番目とされており、種子島は6番目であるが、逆に耕地は種子島の方が、屋久島の10倍程有る。以前、黒砂糖を製造している時は、屋久島の砂糖キビ生産量の目標が2万トンであるのに対して、種子島の其れは20万トンであった事からも、其の耕地面積の差が歴然である。
其れは、屋久島の形状が花崗岩の山岳島であるのに対して、種子島は堆積岩の台地であり、高い山が殆んど無く土地が平であるからだ。
其の、島の形状の違いが、両島の生活慣習や、文化の違いを生み出しているのである。其の様に考えて行くと、先日からメッセージに示されて来ている、柳田國男の世界の民俗学は、非常に大事な指針が含まれている事を示唆して来ている事に成る。
其の民族学を、アニミズム的に捉えるのか、シャーマニズム的に捉えれば良いのかは判らないが、生活風習や伝統行事等に付いて、新しいデザインをしろと、示して来ているのではないだろうか。
其の点に付いては、屋久島には古くから岳参りの行事や、十五夜の綱引きの文化が伝えられている。しかし、其の伝統文化が伝えている本当の意味は、現在では正しく知る者は少ない。其れは、伝統行事の意味だけではなく、各村々に存在する、神社の祭神の名の意味も知らない事とも同じである。其の、内容のあやふやさが人々の意識低下を招き、伝統文化の衰退を招いているのだろう。
其の事で、子供や若者から、故郷の記憶や郷愁が消え去り、村の生命力が失っているのではないだろうか。昨日の、農林普及課の神埼課長の話しでは、現在の屋久島の農家数が113家しか無く、其れも老齢化しているのでもう直ぐ70家ぐらいに成り、屋久島の農村は成り立たなく成るとの事であった。其れは現在でも、先進国の中で自給率が低い日本全体の30%よりもさらに低い、屋久島の15%の自給率が、更に低下する事を意味している。
「日本国の食糧自給率」参考HP http://www.osaka-daika.co.jp/free/fe1411.htm
何故今朝のメッセージには、真っ白な写真用紙と、種子島の男性達が「パチンコ遊び研究」に屋久島に来て居る映像が映されて来たのであろうか。其れは、働き者の種子島の人達に、遊びの時間を増やせとの事なのか、今のままの社会が続けば、日本人の勤勉さが失われてしまい、日本国は崩壊してしまう事を告げて来ているのかが判らない。
其の別れ道が、私の是からのデザインに掛かっているとの事であろうか。そうであれば、未だ白紙である印画紙に、私が何等かの映像を書き込まなくては成らないと謂う事に成る。今日は午後1時から、屋久島町の本庁に、緑の風の杉浦英世氏と大山祇神研究会の日高輝久会長と3名で行き、企画室の人達と話し合いをする事に成っている。其の事も、今朝のメッセージと関わりが有るのではないだろうか。
そうであれば、神々の働きが、私の行動を作戦通りに進めている事に成るのである。其れは2006年3月19日に知らされて来た「紀・トキの祭り」を行えと告げて来た大山祇神の働きが、本番を向かえていると言う事にも成るのだろう。
昨夜は、公民館で行われた直合で焼酎を飲んだので、自分の車は公民館の駐車場に置いて、杉浦英世氏の車に便乗して帰って来た。それで今朝、車を取りに公民館に行き、事務方の山田女子と暫らく話すと、公民館にPCを買ってITを付けるとの事であった。そして、私の協力が求められた。そう成れば、私が屋久島に還って6年間、集めて来た情報や写真や、HPに載せて来た文章等が役に立つ事に成る。
其の新しいPCの事も、今朝の真っ白な印画紙に関係が有るのかもしれない。愈々、自適塾で行って来た私の努力が実を結び、是まで集めて来た情報が、一般社会の情報の場へと、切り替えられて行くのではないだろうか。
平成20年10月28日11時15分
礒 邉 自 適

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