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新しいアカシック-レコードの完成 »
2008/10/24
「此の世の決まり 」
大山祇神のこと
此の世の決まり
20・10・24
昨日で、宇宙の森羅万象の流転を司る「アカシック-レコード・情報システム」が完成して、役割は終えたかの様な感じを抱いて居たが、今朝のメッセージは、是から人間が地上で生活して行く為の社会構成に付いて、基本的な決まり事を制定しろとの事が示されて来た。
今朝の映像は、彼方此方の山村を訪ねて廻り、其の地域社会の決まり事を調べまわって居るのである。私は、其の様な調査をした事が無いので、其の意識は民族学者の「柳田國男」の御霊ではないかと感じた。
柳田 國男(やなぎたくにお)、1875年(明治8年)7月31日 - 1962年(昭和37年)8月8日)は、日本の民俗学者である。兵庫県福崎町名誉町民第1号。正三位勲一等。
兵庫県神東郡田原村辻川(現・神崎郡福崎町)に儒者・松岡操、たけの六男として生まれる。松岡家は代々の医家
文献中心主義批判
國男は『郷土生活の研究法』(1935年)のなかで「在来の史学の方針に則り、今ある文書の限りによって郷土の過去を知ろうとすれば、最も平和幸福の保持のために努力した町村のみは無歴史となり、我邦の農民史は一揆と災害との連鎖であった如き、印象を与へずんば止まぬこととなるであろう」と述べている。
ここでは、文献史学においては典拠とする史料そのものに偏りが生まれるのは避けられないとしており、それゆえ公文書などに示された一揆や災害とかかわる民衆の姿をそこで確認できたとしても、その生活文化総体は決してみえてこないという認識が示されている。「常民」の生活文化史の解明を目的とする民俗学にとっては文献資料にのみ依拠することには限界と危険がともなうのであり、それゆえフィールドワークによる民俗資料の収集が重要だと論じている。
柳田國男と歴史学
和歌森太郎の『柳田国男と歴史学』(1975年)によれば、國男の問題意識と関心は常に歴史学と歴史教育にあったことが記されている。本書では、國男が長野県東筑摩郡教育会で「青年と学問」と題して講演した際に「自分たちの一団が今熱中している学問は、目的においては、多くの歴史家と同じ。ただ方法だけが少し新しいのである」と述べたことが紹介されている。そして「日本はこういうフォークロアに相当する新しい方法としての歴史研究をなすには、たいへんに恵まれたところである」としている。たとえば、ヨーロッパでは千年以上のキリスト教文明と民族大移動、そしてまた近代以降の産業革命の進展のためフォークロア(民間伝承、民俗資料)の多くが消滅ないし散逸してしまっているのに対し、日本ではそのようなことがなく現実のいたるところに往古の痕跡がのこっているというのである。
言い換えれば日本にはフォークロアを歴史資料としてゆたかに活用できる土壌があるということであり、柳田民俗学とはこのような民間伝承の歴史研究上の有効性を所与の条件として構築されたものということができるのである。ウィキペディア辞典 より
私は、「柳田國男」の文献には何も触れた事がなく、柳田國男の名で知っている事は「遠野物語」の存在と、日本の民族学の草分け的存在であると言う事だけである。
「遠野物語(とおのものがたり)」とは柳田國男が1912年(明治45年)に発表した説話集である。岩手県遠野町(現・遠野市)出身の「佐々木喜善(ささき きぜん、1886年10月5日 - 1933年9月29日)」によって語られた地元の民話を、柳田が編纂したものである。その内容は天狗、河童、座敷童子など妖怪に纏わるものから山人、マヨヒガ、神隠し、死者などに関する怪談、さらには祀られる神様、そして行事など多岐に渡る。
『遠野物語』本編は119話で、続いて発表された『遠野物語拾遺』には299話が収録されている。民間伝承に焦点を当て奇をてらうような改変はなく、聞いたままの話を編纂したこと、それでいながら文学的な独特の文体であることが高く評されている。日本の民俗学の発展に大きく貢献した。 ウィキペディア辞典より
何故、今朝、柳田國男の様な意識を呼び込んだのかを考えると、昨日から屋久島の山の神様である「ピーコドンドン」に付いて、文章を書き始めたからではないだろうか。其の「ピーコドンドン」と名付けられた神霊が、私を、此の世界に引き込んだ主体だと近頃感じて来たからである。
書き掛け
http://moon.ap.teacup.com/20060615/173.html
今朝不思議に感じる事は、柳田國男が遠野物語を取材した語り部が「佐々木喜善」と言う名で、屋久島の民話を集めて本にした「椋鳩十・むくはとじゅう」が取材した屋久島の語り部が「佐々木吹義」で、同じ姓である事である。「佐々木」の姓は、天智天皇が近江遷都をした際に、地元「安土・あづち・沙沙貴 神社 (ささき じんじゃ)」で協力した「石部?」が、天智天皇に佐々木の姓を賜った事が元である。
其れ等の繋がりを考えると、佐々木の血筋は語り部に向いているか、物ごとの記憶力がDNA的に高いとの事かもしれない。私が、師に初めて云われた事も「新しき 語り部と 成れ」との事だったのである。
屋久島の山の神「白州」
http://moon.ap.teacup.com/20061108/324.html
今朝の映像は、私の意識は山懐の深い山村を訪ね歩き、村の暮らし向きにどの様な言い伝えが伝承されているかを聞いて、其の伝承が、実際の生活にどの様な影響を与えているかを研究する事だった。其れは、憲法や法律が無い時代に、人々がどの様な決まりの下で暮らして居たのかを、調べ上げる事なのである。其の訪ね歩いた村々は、何の問題も無く、人々が平和に、自然と調和して暮らしている様だったので、其の原因を探れば、人間の暮らしにとって、何を基本とすれば良いかが、見えて来るとの事であろう。
其の調査の途中で、皆が集まる食堂に、ウンチをしている男性の姿が現れた。其の映像は、人間の暮らしの中での、1番のタブーを示して来ているのではないだろうか。私の日本中の旅の途中でも、社の後ろに誰かがウンチをしている神社も有ったし、現在屋久島で1番問題に成っているのも、登山者のトイレの事である。
40年程前までは、安房川に浮かぶ屋形船で宴会をしても、焼酎を薄める為に直接川の水を汲んで居た。其れが現在では、水道水に塩素を入れる処までに成っている。其れは、縄文杉が安房川水系に存在するからである。昔は、大学生か登山者が、年間数百人しか登らなかった山岳に、今では1日に1000人もの観光客が登るのである。だから山小屋のトイレは、数日で山盛りに成ってしまう有様である。其れかと云って、水洗トイレにして川に流す分けにも行かないのである。
縄文時代や、弥生時代の遺跡を調べると、住居にする場所は、飲み水を取り入れる所を避けて、飲み水が汚染されない様にしている。其の約束事が、現在では護られていないのである。日本で1番水質の悪い水道は大阪である。大阪の飲み水は、滋賀県で1度使用した水が琵琶湖に流れ込み、其の水を京都が浄化して使い、其の排水を取り入れて大阪で使っているのである。其の水の事を考えると、大阪市内に有る神社のお手水は、穢れこそすれ清めの水には成らないのである。
其の様な事は、今朝私が訪れた村々は、全部山の中腹に点在する家々であったので、関係無い世界である。だから今朝のメッセージは、もっと高いレベルに意識を置いて考えろとの事であろう。私が書いて有る「白州」の物語は、山岳の泉の側で、神に挨拶無しで火を焚いただけで、関係者3人皆が実際に神の罰を受けているのである。
其の出来事を考えると、是から私が研究しなければ成らない事は、神の存在を認識した上で、人類がどの様な心構えで、生活しなければ成らないかと言う事である。そして其の考えに基づいて、是から始まる村造りを整えろとの事ではないだろうか。
私達の子供の頃は、「川で小便をしては成らない。もし、どうしてもしなければ成らない時は、神様に『ごめんなさい ごめんなさい』と云いながらしなさい。」と教わり、大人には「木を切って、其の木が川に落ちたら、川は神様の通り道だから必ず上に上げなさい。」と決められていた。其れは、現代社会では迷信の様に捉えがちだが、此処まで地球環境が悪化してくれば、其の決まりは憲法よりも重要な決まりであった事が理解出来て来る。
其の、昔の言い伝えが護られていれば、川がこれだけ汚染される事もなく、自然破壊は起こらず、ゴミの山も発生しなかったのではないだろうか。日本語には、「全てを水に流す」との言葉が有るが、其れは、生活俳水や、トイレ水等を、水に流すとの意味ではなく、人間の罪穢れを、清い水の波動で洗い流して貰うとの概念であり、人間の生活の為の汚水を水に流すとの意味ではないのである。
今日の所は、今朝の取材の範囲が広範囲だったので、其の全体の中身に付いては把握できない。ただ漠然とした侭では、私に、其の切り口が判らないので、極端な場面を1つ示して来たのであろう。
明日から、どの様な内容が示されて来るのかは判らないが、「大日如来」シリーズや、「キリストの意識」シリーズの様に、続き物に成るのかもしれない。しかし、是からのメッセージの内容は、其れ等の精神的なものとは違い、現実的な人間の暮らしに関係する、決まり事に付いての内容と成るのであろう。
私の意識は、自然の管理者である「大山祇神」や「素戔鳴尊」の存在と、人間の間に在って、新しい人類の暮らし向きを、模索して行かなければ成らないのであろう。
考えて見れば、此の作業は、自分の家族や仕事を持って居れば、取り組み不可能な世界である。其れに気付けば、私が全てを取り上げられ、無である事の意味も理解されて来ると謂うものである。
やはり、神は完璧であり、1厘の狂いも無い「紀・トキの祭り」の針が、回っているのである。
平成20年10月24日12時19分
礒 邉 自 適
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投稿者: 藤田邦子
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