2009/3/11

あけわたし
21・4・9
釈迦が此の世に生まれた日が、昨日とされているので、今日は新しい年の1日が始まる事に成る。ちなみに、今年は「仏教暦・仏滅紀元(ぶつめつきげん)」では2551年と言う事に成り、釈迦の命日はBC544年2月15日である。
昨日は、新しい村のテーマを「水のテーマパーク・屋久島」とする事を自分で決めて、進む方向が見えて来た。昨夜は、1時半まで事務所で作業をして、宿舎に帰りシャワーを浴びてベッドに入って目を閉じると、台所の鍋釜が瞼に映し出されて来た。
其れは、釈迦牟尼佛の訓えの真髄である「精進・ショウジン」の理・ことが、示されて来たモノ・現象であろう。其の様に考えると、依然「釈迦牟尼佛」の霊魂・たましいは私の意識を占有している事に成る。
しかし、台所の鍋釜が現れた事は、日本の伝統である「食国の政(おすくにのまつりごと)」の、主体である天皇家の「御饌殿・みけどの」とも関係が有るだろう。其の天皇家の伝統・風習は、物部の伝統を受け継いでいるものである。
其の関連性を考えると、やはり釈迦の御霊は四国の「金毘羅山」の頂上に有る「大物主神」を祭る「金毘羅宮」から派遣された大物主神の分け御霊である事に成る。
そして今朝のメッセージは、全ての文化を「源・みなもと」に返さなければ成らない理・ことが示されて来た。其の源こそ、「御饌殿・みけどの」と呼ばれる台所の水周りを中心とする生活環境なのである。
「御饌殿」の「饌・け」は伊勢神宮の外宮の神である「豊受・とようけ」の「け」であり、「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」の「うか・倉稲」の「か(ケ)」で食物の事である。
「宇迦之御魂神」 ─引用開始─
「ウカノミタマ」は、日本神話に登場する神。古事記では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、日本書紀では倉稲魂尊(うがのみたまのみこと)と表記する。
古事記では、スサノオの系譜において登場し、スサノオとカムオオイチヒメ(オオヤマツミの娘)との間に生まれ、大年神は兄としている。日本書紀では本文には登場せず、神産みの第六の一書において、イザナギとイザナミが飢えて気力がないときに産まれたとしている。
名前の「ウカ」は穀物・食物の意味で、穀物の神である。京都・伏見稲荷大社の主祭神になっていて、稲荷神(お稲荷さん)として広く信仰されている。別名をミケツカミ(御饌津神)という。キツネの古名である「ケツ」と混同し同一視されることがあるが、キツネの姿をしているのは稲荷神のお使いである。 ウィキペディア辞典より
古事記に拠ると、「宇迦之御魂神」は「大山祇神(おおやまつみかみ)」の娘である「神大市比売(かむおおいちひめ)」別名「大歳御祖神(おおとしみおやのかみ)」と、「すさのお」の間に「大年神(おおとしかみ)」と、兄弟として生まれた事に成っている。
此の記述に拠ると、稲を1回栽培した事が「ひととし・1年」であり、「年・歳」は稲の意味から来ている言葉である。其れから考えると、「大歳御祖神」の神の名は、「大きな稲の先祖神」との意味であり、「神大市比売」は「一番大きな姫神」の意味であるので、両方の名の意味を合わせると、「一番大きな 稲の祖先の 姫神」となる。
其の「一番大きな 稲の祖先の 姫神」と「建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)」の間に生まれたのが「宇迦之御魂神」と「大年神」であり、其の両方の神は大山祇神の外孫に当る事に成る。
しかし、其の両方の神は結婚していないので、人間神ではなく、ただの「神・はたらき」の名前にしか過ぎないのかも知れない。
「大山祇神」の娘である「神大市比売」には、「木花知流比売(このはなちるひめ)」と「木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」の姉妹が有り、其の「木花知流比売」は「建速須佐之男命」の息子である「八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)」結婚して「久奴須奴神(くぬすぬのかみ)」を生んでおり、其の4代下が有名な出雲大社の祭神と成っている「大国主命」である。
其の大国主命は、「素戔鳴尊」の娘「須世理比売(すせりひめ)」を妻にして4人の子供を生んだ事に成っているが、初代の「建速須佐之男命」から、大国主命の代までは6代有るので「すさのお・スサの尾」の名前は、屋号や世襲名の様なモノであり、本人だけの名前ではないのである。
其れに「大山祇神」の子供にも「木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」「磐長姫(いわながひめ)」「木花知流比売(このはなちるひめ)」や、「櫛稲田姫(くしいなだひめ)」の母親である「手名鎚(てなづち)」等の娘達が、時代を超えて存在するので、大山祇神の名も一族の名であって、個人的な名前ではないのである。
其れに、大山祇神の両親である「伊邪那岐命(いざなぎのみこと)」と「伊弉冉命(いざなみのみこと)は、人格霊ではなく宇宙の時間的(イザ凪)・空間的(イザ波)の働きの意味である。だから、其の働きから生まれた「天照」「月読み」「素戔鳴尊・苆(スサ)の尾・穂」」の三神や、「大山祇神」「海神・わだつみ」は、みな人間として血筋が存在する物ではないのである。
其れは、天皇や、大統領や、首相みたいな役職名の様な名前なのである。其の伝統が、現在でも店の屋号や、世襲名として残っているのである。
其れを考えると、大国主命から政(まつりごと)を譲り受けた「ニギハヤヒ・天照国照彦天火明櫛玉饒速日命」(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)」は、伊邪那岐・伊弉冉命からは8代目に当り、ニギハヤヒの弟である「ニニギ・天津日高彦火瓊々杵尊(あまつひだかひこほのににぎのみこと)」の前に、天神が7代存在したとの事は辻褄が合ってくる。
そして「国津神・祇(くにつかみ)」が5代存在したとの事は、素戔鳴尊や、息子の八島士奴美神や、ニニギの命が、「大山祇神・おおやまつみかみ」の一族の娘を妻にして、婿どのとして、此の日本列島に住む事を許されたことが見えてくる。
今日は、何故、此の様な事を長々と書いているかと謂うと、今朝のメッセージで「政治・政(まつりごと)」に関わる人間は、みな禊ぎ祓いをして「エゴ・利己心」を捨てなければ成らない理・ことが示されて来たからである。
其れは、現在の政治の有様を見ていれば誰にでも良く解かる事である。しかし現在の状況は、政治家だけが悪いのではなく、国民自体が自分のエゴに嵌って居て、正しい方向に向かおうとしないからであり、政治家にとってもどうしようもないのである。
其の、現在の状況を救う為に、是から屋久島に建設される新しき村の役割が有るらしい。是から屋久島に建設される村は、矢追日聖法主が奈良県の平城京の近くに建設した「大倭あじさい邑」の様な福祉村ではなく、日本の伝統である「食国の政(おすくにのまつりごと)」を復活する事なのであるらしい。其れは、釈迦牟尼佛の考えた「祇園精舎・ぎおんしょうじゃ」の新しき大和版の村である。
其れは、日本の伝統である「惟神の道」の復活であり、「禊ぎ祓い」の儀式を取り戻す事でもある。そして其の事は、自分を「神(天地宇宙の働き)」に明け渡し、神の働きを手助けする事である。其れは、現在の神社の宮司や神主の有様や、宮内庁の職員の行っている事とは違い、自分自身が、個人的に、身体を持って神の働きに従う事なのである。
其れは、建物の中で、常日頃儀式に明け暮れている人間には、勤まらない仕事・御技であるのだ。「イエスキリスト」が磔に成った1番の原因は、神殿に住んでいる儀式マンに対する強烈な非難行動である。其の事は現在でも同じであり、寺院や神社に住んで儀式を行なっている人々は、神仏に仕えているのではなく、自分の生活の為に神仏の名前を利用しているに過ぎないからである。其の過ちを、イエスキリストは生命を賭して正そうとしたのである。
其れを考えると、今朝のメッセージは、釈迦牟尼佛や日本の神々だけではなく、イエスキリストの御霊も参加して居た事に成る。
今朝のメッセージで、私に理解できて来た理・ことは、私の役割は人間を救うのではなく、神の働きを手助けする事に有ると謂うことである。
日本語の「すくう」は、漢字の「救済」の「救・キュウ」ではなく、掬い取るの「掬う」の意味である。掬うとは、自分自身の手を困っている人の下に入れて、悪い条件の中から掬い上げる理・ことである。
「すくう」の別の言葉は「たすける」である。「たすける」の意味に当てる漢字は、
介、右・左・丞・佐・佑・助・扶・侑・相・祐・将・將・幇・弼・援・資・輔・賛・翼・贊・と、21文字が漢語林に載っている。其の中で、多用されているのが、「助・ジョ」の文字で「助」は「且+力」の組み合わせで、「且」は先祖や租税に使われる様に積み上げるとの意味だから、「且+力」は力を積み上げて助けるの意味である。
他の文字の「たすける」は、「資」のたすけるは金品で助ける事で、「祐」は神の助けであり、「扶」は男手の助けである。
「救世主(其の四)」http://wave.ap.teacup.com/20060106/190.html
「シンクタンク・トップ」http://star.ap.teacup.com/2007313/103.html
しかし、日本語の「たすける」は、「手助け・てたすけ」との言葉が有るので、「たすける」は「手たすけする」の意味なのではないだろうか。其の様に考えると、1昨日のメッセージの映像に有った、天から降りて来た神の両手は、人間が生きて行く為に神様が「手助け・手出し」を開始する事を、示して来ているのではないだろうか。
そして今朝のメッセージは、其の「神の手・ゴンドハンド」と、共同作業をする人々を集めろとの事なのかも知れない。其の人々は、自分の「エゴ・利己心」を禊ぎ祓った者でなければ成らないと謂うことである。其の人々を集めて、禊ぎ祓いをする場が、是から造られる新しき村なのかも知れないのである。
其の村造りの用地には、3つの水利用のルートが有り、今回井戸が完成すれば4つの水ルートが出来る事に成り、水のテーマパークに相応しい雰囲気に成る事は間違いが無い。
其の、新しい村に続く道は「ルーアンの道」として、昨年の5月28日に告げられて来ている。其の「ルーアン」とは、フランス語で「やすらかな港」の意味である。此の日の文章を読むと、イエスキリストの事が書いて有り、イエスの言葉の「一緒に食事をしなさい」に付いても書いてある。其の、イエスの言葉の意味を考えると、昨夜現れた鍋釜はイエスキリストにも関係が有り、日本語の「同じ釜の飯を食った仲」の意味にも通じてくる。其れを考えると、同じ鍋釜の飯・食事をする仲間を増やす事が、新しき村の役割なのかも知れない。
「ルーアンの道」http://star.ap.teacup.com/2007313/427.html
果たして、其の中に政治家が含まれるのかどうかは判らないが、日本の伝統文化である「食国の政(おすくにのまつりごと)」が、何たるモノであるかが理解出来る人間であれば、チームワークを図る事が可能ではないだろうか。
要するに、私に謂える理・ことは、神仏に祈願をする人間は役に立たないと謂う理・ことであり、神に頼りにされる人間に成らなければならないと謂うことである。
其れが、25年前に私に起きた「神霊の思頼・みたまのふゆ」の現象なのである。そして其れは、日蓮聖人の謂う「釈迦牟尼佛の法華経に帰依すれば、諸天善神皆加護に付く」との意味なのである。其れは、自分の人為を止めて、神に身心を「明け渡す」理・ことなのである。
私に、いま理解できる理・ことは、単なる儀式マンや、見せ掛けの人物は、神にとって必要無いと言う事である。是から、如何にして禊ぎ祓いをし、自分を神に「明け渡す・空け委す」事が出来るか、其れが是からの人類に課された問題なのである。
平成21年4月9日
礒 邉 自 適

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