2000/2/23
大嘗祭・だいじょうさい
12・2・23
私が、此の事に目覚めたのは、師に捜し出されたからである。イエスキリストが、バプテスマのヨハネに洗礼を受けた様に、達磨禅師が慧可を見付ける為にインドのセイロン島から中国まで来た様に、「時間・とき」の扉を開ける為には、「門の神(岩戸)」と、「鍵の神」が出会わなければ成らないのである。
自分が信頼できる者に、自分を明け渡す事で、「私」と言う自我が無く成るのである。そうすると、其の空に成った者の身体を、神が借りる事が出来る様に成る。そうして、神の働きが其の肉体を使って、此の三次元世界で動き出す事に成るのである。
イエスキリストや、神武天皇を通して、神が働きを此の三次元世界に現せた様にである。
日本の歴史では、神武天皇の兄弟が、塩土の翁から「奈良の地に行って 国を治ろしめるよう」と告げられて、南九州を出発してから16年半掛かって、奈良・大和の国で政(まつりごと)を始めている。
私も、神のメッセージで地球を治めろと告げられ「16年半掛かる」と示されている。私は、1983年3月18日に師と出会い、師が新しい土地を開いて家を建て、其の新しき神社の様な家で、1984年3月5日から3ヶ月間の禊ぎ祓いの修行が始まり、丁度3ヶ月目の6月4日に神の世界に入ったのである。其の日は、旧暦では5月5日で私の母親の64歳の誕生日であった。
私は其の日から、森羅万象の存在を管理している、神の電気(情報)の世界に、接触が始まる事に成った。日月神示を受けた岡本天命氏は、6月10日に千葉の「麻賀多神社」の境内に有る「天之日津久神社」の祠の前で、手に神の電気が通じる様に成って、自動書記が始まっている。私も、其れと同じ事が始まり、10本の指に神の電気信号が来る様に成っている。インドの釈迦牟尼佛も、10本の指に其の電気信号が来る様に成ったので、釈迦牟尼佛の姿を現す仏像は、手印を結んでいるのである。
漢字の「神・シン」は、「示+申」の組み合せで「ネ・示」は祭壇の机の象形であり、「申」は雷の「電・イナビカリ」の象形であるので、「神」の漢字は「祭壇の前で神からの電気信号を受け取る」との意味に成る。つまり、「天・神」から情報を受け取る人が其処に存在する事に成る。では、其の神から情報を受け取る人物とは誰であろうか。
其れは、古代の卑弥呼の様に「霊巫女」としての女性の場合もあるし、天理教の教祖である「中山ミキ」や、大本教の教祖である「出口ナオ」の様な場合も有る。其れに、伊勢神宮創建の元と成った「倭姫・やまとひめ」も斎宮として其の任に当たった人である。
処で漢字の意味に返ると、男性側にも其の様な者が在る。其れは、仙人や聖者の存在である。漢字の、「聖・セイ」は「耳+口+王」の組み合せで、意味は「耳を澄まして 神の口・言葉を 受け取る人・王が 祭壇の前に居る」との事に成る。此の「聖」の漢字を日本語で「ひじり」と読み、「日・霊を知る人」が「日読み・カヨミ」であり、「暦・こよみ」の語源にも成ったのである。
其の「日読み・カヨミ」の役割が、「太陽神・ラー(右目)」であり「天照皇大神・あまてらすすめおおかみ」である。そして「霊読み・ひよみ・ひしり」が「月読命・ホルス(左目)」である。
伊勢の内宮の神は「天照皇大神・あまてらすすめおおかみ」で、其の「すめ」とは「スメラノミコト」の「素目」であり、「太陽神・ラー(右眼)」と関係が有る。
しかし其の伊勢内宮の神は、神武天皇が奈良に持ち込んだ神を、崇神天皇が祭り切れなく成って、他の場所に追い出す為に、皇女「豊鋤入姫命」に頼んだものであり、移動は崇神天皇(紀元前148年-紀元前30年)の皇女豊鋤入姫命により、倭国、笠縫邑に移され、その後、垂仁天皇(紀元前69年-70年)の第四皇女倭姫命に引き継がれ、約60年の間をかけて行われたものである。
だから、其の神は元々の奈良の神ではないのである。
元々の大和・奈良の神は、「日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)」「大物主(おおものぬし)」で「饒速日命・にぎはやひのみこと」に関係が有り、石上神宮に其の伝統が伝えられている。其の、石上神宮で1番大事な儀式が、饒速日命の命日の11月21日に行われる禊ぎ祓いの儀式であり、翌22日から23日に掛けて夜通しで行われる「新嘗祭・にいなめさい」である。
其れは、持統天皇の時代から、天皇家の儀式として取り入れられ、現在でも宮中行事として行われているのである。そして、其の新嘗祭は天皇が代替りの時には「大嘗祭・おおなめのまつり・だいじょうさい」として、即位の儀式に取り入れられているのである。
其の新嘗祭の儀式は、昼間ではなく夜の間に行われ、先祖の霊魂である「御祖神・みおやかみ」を呼び寄せるモノであるから、太陽の儀式と言うものではなく、霊界の儀式であり「月読界」に関係が有ると考えた方が良いのではないだろうか。
其の様に考えると、大物主神や、日本大国魂大神は「月読命・ホルス(左目)」の方であると考えた方が良いのではないだろうか。
其れに、三輪山の神である「大物主」「大己貴・おおなむち」は、夜中に宮に降りて来る蛇だから、太陽神ではなく大山祇神系であると言う事に成るだろう。其の様に考えると、是までの事が全て繋がり、私にも理解が出来てくる。
「新嘗祭」とは、稲を神の体(御霊・みたま)として、其の年・歳のイナ(米)をナメル儀式である。「イナビカリ・稲光」のイナが穂に成って、其れを「食べる(なめる・嘗める)」事が、「ミケ・御氣」を戴くとの事なのである。天皇の食べ物である「みけ」を準備する所を「御饌殿・みけどの」と呼ぶが、「みけ・御氣」とは「霊氣・みけ」の意味でもあり、「氣・ケ」は「もののケ」のケの意味でもあるから、目に見えない力の事にも成る。
古代の人々には、「稲・イナ」に、雷の電気(水)や、太陽の力が籠っていると考えられていたのである。新嘗祭の儀式が執り行われる事に成った分けは、其の年に収穫した新しい米の「稲魂・いなたま」を受ける事で、来る年の安定を願ったのであろう。
「秋」の漢字の元字は、「穐」と同じく「禾+火+亀」の組み合せで、稲の収穫を終えたら、火を焚いて、其の火で亀の甲羅を焼いて、来年の吉凶を占う事を意味している。其の儀式が行われた事から、「秋・穐」は「トキ・時」と読む様に成ったのである。
「大嘗祭」は、新しい「天皇・すめらのみこと」の即位の儀式が行なわれる事であるが、其の儀式には「悠紀殿・ゆきでん」と「主基殿・すきでん」の2つの建物が準備される。其の「ユき」と「スき」の言葉は、「譲る・ユズる」の「ユス」に関係が有り、「ゆずる」とは、新しきモノを立てる為に、古いモノを「ユスり落す」行為の事を意味しているのではないだろうか。其れは、「譲り葉」の意味が、新しい葉が育った時に、古い葉は自然に落ちて行く事に成っているからである。
正月の飾り付けである、三方の台の上には、鏡餅が乗せられるが、其の三方には「橙・だいだい」と「昆布」や「譲り葉」や「裏白羊歯」が添えられる。其の「譲り葉」の意味は、「橙・だいだい」と関係が有り「代々譲ること。継承」を意味しているのであろう。
大嘗祭の儀式に、使用する稲を栽培する田は、占いで決められる「悠紀田・ゆきでん」と「主基田・すきでん」の2箇所である。
稲の神は「保食の神・うけもちのかみ」となり、「お稲荷さん(保食の神の別名)」は、油揚げに「米・御飯」を詰めて「乾瓢・かんぴょう」で結んだ物が、米俵の代りとして神様に御供えされ稲荷信仰の元と成った物である。
「保食の神」は「豊受神(伊勢の外宮の祭神)」の子供と伝えられている食べ物の神である。何故、食べ物の神が「保食・うけもち」かと言うと、米を保存食として餅に加工したからであろう。そして「うけもち」とは「受け餅」の事で、島根県出雲地方の熊野大社の神「神祖熊野大神櫛御氣の命・かむろぎくまのおおかみくしみけぬのみこと」が、出雲大社(杵築大社)で杵で搗いた餅を受け取る事から、其の様に呼ばれているのある。
ちなみに、出雲大社が熊野大社に御餅を御供えするのであるが、伝承では米を蒸す為の火は「神魂神社・かもすじんじゃ」で古式に則って熾した火を貰い、水は真名井神社の滝の水を貰ったと有る。
そして、其の「受け餅」の儀式は、毎年10月15日に熊野大社で現在でも「亀太夫神事」として行われている。
「受け餅の儀式」http://moon.ap.teacup.com/applet/20051112/200603/archive
餅の事にもう少し触れると、お正月には三方の上に鏡餅を御供えするが、是も先に述べた様に、餅は食べ物で、橙は「代々」を意味し、譲り葉は「譲る」で、裏白羊歯は「心の裏が真っ白」の意味、昆布は「喜ぶ」の意味で、其れを繋いで考えると、「食べ物に恵まれて 代々子孫に恵まれて 健やかに 家督を継いで 喜ぶ」の意味に成り、祷りの儀式の1つである事に成る。
此の日本は、「豊葦原の瑞穂の国」と呼び、葦の生える水辺で稲を栽培する民族が、安定した生活が出来、子孫に恵まれ、部落の数を増やして、日本の文化の基を築いて来たのである。
其の文化の継続に、天皇家が中心的役割を果たして来たのである。其の伝統保存の為に、新嘗祭や大嘗祭は欠かせない儀式だったのである。其の事を考えると、人間の暮らしにとって大事な儀式は、是からも継続して行かなければ成らないのである。
平成12年2月23日
礒邉自適

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