2008/7/5
隠れ上手
15・9・28
今年は、春から屋久島を取り囲む堆積層の海岸を、殆んど一周磯物捕りをしながら回った。未だ、点々と足を踏み入れていない場所も残ってはいるが、大体の処は頭の中に景色として納まったと想う。
屋久島が、どの様に形成されているかを調べたのは、地質学者の他は、私ぐらいの者かも知れない。内陸部や、海の魚の研究は、ガイド業の人達が、仕事にプラスに成るので行って居るが、島全体の地質を調べても、他の人は余り得には成らないだろう。
私は、子供の頃から海に遊びに行って、岩の姿形を見ながら「どうして こんな色や 形に成っているのか」と、疑問に想っていた。其の疑問が、更に膨らむ事に成ったのは、19年前37歳で師に捜し出され、神の修業に入った時である。
仕事を一切止め、家族も妻の実家に帰り、師の下で、精進潔斎を進めて行ったら、私の意識は、石や岩に吸い込まれる様に、捕りこまれて行ったのである。岩に補足された意識は、島で半年間修業をし、続いて、全国を一年程回る事と成った。
モーゼ・イエス・マホメット等、世界の宗教の祖に成った人は、皆岩山に導かれている。日本でも、役の行者・空海・王仁三郎等が岩山で修業をしているし、それは現在でも修験道として伝わっている。その事を考えると、私が神の修業に入って、岩石や岩山にとりつかれたのも、当然の事と言える様である。
過去の彼等は、修業が済むと、人間社会に対して活動を始める事に成り、どうして自分が岩の世界に導かれる事に成ったかの研究は行っていない。
私の行動は、彼等の疑問をも、解決する事にも繋がっているのかも知れない。
私が、今年の春から島の岩の様子を調べ始めて解った事の副産物に、イソモン(耳貝科・アナゴ)の生態が有る。イソモンは、磯物捕りの一番の目的相手の貝なので、磯物捕りと言えばイソモンが主体であり、序でに捕れるウマンコ(宝貝)、ニシンコ(螺貝)類を沢山捕っても、それらは外道なので、自慢には成らないのである。
イソモンは、アワビやトコブシと同じ耳貝科で、人間の耳の形に似ているので耳貝と呼ばれる一種である。イソモンはニシンコ・ウマンコと同様の呼び名はアナンコである。耳貝は、平貝で殻が片側しかないので、岩に張り付いていないと身を護れない。
石鯛や瘤鯛・蛸等から身を守る為に、しっかりと岩にへばりついていなければ成らないのである。其の為に、岩の割れ目の隙間や、穴の中に身を隠しているのである。
其のイソモンは、潮が満ちて来て、海水が上昇している時に、穴から這い出て岩苔を食べて生きている。人間がイソモン捕りをするのは、大潮で海水面が下がって、岩場が干し上がっている時である。
イソモン捕りが出来る時間は、干潮の2時間前から潮が満ち始めて1時間くらいの、計3時間ぐらいの間である。満ち潮に成ると、海水が岩場に打ち寄せて来るので、潮が満ち始めてからは長くはやっていられない。
イソモンが居る場所は、堆積岩の堆積層の隙間や、海胆(ウニ)が刺を使って、自分で空けた住家の空家を借りたりしている。場所によると、珊瑚礁の隆起した部分の、隙間や穴にも住んでいる。
私がイソモン捕りを続けていて気付いた事は、隠れ上手のイソモンが生き残り、子孫を増やして来ているとの事である。岩の平らな所に付いていたのでは、直ぐに潮が満ちて来れば、堅い歯を持つ石鯛等に食われてしまう。そして、見付かり易い場所の穴に住んでいるのは、人間に見付かって食われてしまう。だから、現在生き残っているイソモンは、隠れ上手な遺伝子を受け継いでいる仲間と言う事が出来る。
イソモン捕りは、素人と玄人の差がハッキリしている。上手な人が何kgも捕っているのに、下手な人は数個しか捕っていない。イソモンが、どんな場所にどの様に隠れているかの情報が無ければ、見付け出す事が出来ないのだ。
その様な情報は、数回他人の話を聞くとか、本を読んだだけでは、とても得られるものではない。何10回も現場に行き、実際に隠れているイソモンを発見して、情報を積み上げてこそ可能と成るのである。
イソモン捕りは、とにかく隠れる事を必死で磨いて来たイソモンと、人間の知恵競(くら)べである。人間が勝ってしまえば、イソモンは居なくなるし、人間が負けてしまえば、イソモンを食べる事が出来なくなる。其の知恵競べは、今後も続けられるであろう。
私は1度捕った場所には、2度と行かない様にしている。隠れ上手なイソモンが、生き残って子孫を増やしてくれる事を願うからである。
堆積岩の磯は、潮が引くと岩一面に開けられた穴に、海胆が全部住んでいる。屋久島の海胆は、卵巣が小さく中身が少ないので、島の人は捕って食べないので、岩場中海胆だらけである。其の海胆が、死んで居なくなった穴に、イソモンが這入り込んで住んでいる。だから、海胆1000個位にイソモン1個位の割り合いであろうか。
私はイソモンが増え易い様に、イソモンを1個捕ったら、海胆を5個位は潰して空家を増やしている。其れは、イソモンが1個でも住んでいる所は、岩苔も豊富でイソモンが住み着くのに環境が適しているからである。見付け易い所に、イソモンが増えれば、隠れ上手のイソモン迄を、探し出す事は少なくなるかも知れない。
私が、今日本当に書きたい事は、イソモンの事ではなく、隠れ上手の遺伝子のことなのである。私が座右の書としている「道徳経」は、中国の老子の書き残した書物である。老子は、国を出る時に自分の考えを5000字にして残して置かなければ、存在を知られる事が無かったのである。
私の師も、「自適さん 名前を世に出さなければ生きて行けない人は 二流の人間だからね。一流の人は、名前を出さないでも生きて行ける人だよ。」と教えてくれた。だから私も、師の教えを守る為に、師の名前や住所を明らかにする事は出来ないのだ。
私の大事にしている本に『「虹と水晶」(チベットの密教の瞑想修行)ナムカイ・ノルブ著、永沢哲訳、法蔵館発行』が有る。この本に出て来る主人公のチベット人も、隠れ上手な人間の一人である。
チベットの精神世界でも、ダライ・ラマの様に、現象世界を維持する為に、現れ上手な人と、真実の神の世界を支える隠れ上手の人の、両輪が存在する様である。
日本でも、天皇家は表を現す為の現れ上手の役目であり、それを陰で支える神主の役割がある。今では、神主も現象界の世界に肩を並べている様なので、私の言う隠れ上手の人とは言えないだろう。
私は、18年間全国を回って、隠れ上手な人達を何人も探し出したが、殆どの人達が年老いて亡くなってしまった。その人達の子供さんや、孫も隠れ上手の道を止めて、出世してしまい、隠れ役を止めてしまっている。
此のままでは、隠れ上手の血筋は消えてなくなってしまいそうである。
隠れ上手で生きようと想っていても、生活がし難いし、力が強まるとテレビやマスメディアに乗ってしまい、隠れ人とは言えなくなる。日本では、もう岩山にひっそりと暮らす、仙人らしき杖を突いた老人の姿は見られなくなった。
昔の成功者とは、社会で成功した者が、山中で静かに余生を過ごし、大事なことの相談相手と成っていく事であったのである。「出世する」とは、人間社会に出て行き、成功する事の意味だし、「立派」とは、人間社会の中で、自分流の派を立てて維持を続けられる事の意味を言い表しているので、出世とか、立派の言葉は、隠れ上手な生き方とは道が異なっている。
現代社会は、出世とか立派な生き方が優れていると考えられているので、自分の能力も考えないで、無理矢理出世しようとするので、後に引けなくなり、失敗すると自殺したりする羽目に陥る。
今の様な状況が此のまま続けば、人間個人だけでなく、社会全体がヒステリー症状に陥り、人間の精神は崩壊してしまうのではないだろうか。
その前兆として、学生の登校拒否や大人の職場放棄が起きて来ているのであろう。
其れ等の人々は、隠れる事が好きなのではなく、現れ出る事が苦手で、自分を守る為に、閉じ籠りに成っているのである。其れ等の人々を救う為には、出世とか立派に成るとかの概念の、他の言葉を創り出さなければならないのではないだろうか。
現在の学校教育は、出世する為だけが目標と成っている。社会の表に立つ事だけが、教育として行われており、弁論大会は有っても、人の話しを静かに聴き取る訓練の授業は行われていない。
つまり、社会の表側に立つ人だけに都合の良い教育内容であり、人々の支えに成る、陰の力に成る人の自信に繋がる教育が置き去りにされているのである。
此のまま進めば、隠れ上手の人達の血筋は消えて無くなり、目立ちたがり屋だけの血筋ばかりが、力を得て増えて行く事に成る。
日本の伝統で言えば、天照界だけが強くなり、月調界が弱くなって行く事である。現在の日本は、明治の改革で、天照大神だけが表に出され、他の月調の命や、須佐之男の命は祭神から外されて来た。明治6年に、明治天皇を伊勢神宮に参拝させ、外国にまで天照信仰を広げ様としたのである。
日本には表ばかりではなく、月調の世界として、隠れ上手の生き方が片面で大事とされていたのである。その世界を現す言葉として、「あの人は 奥床しい」との単語が存在したのである。奥床しいとは、「奥」の意であり、現れ部分ではなく、「奥を行く」の意味である。
人間社会の喧騒から身を隠し、人間の本質の処に静かに身を定め、社会全体を視定める目が、必要とされる時ではないだろうか。以前は、出家と言って、山中の寺に身を置き、家庭も持たず、隠れ上手の人間に成る世界も有った。
現在では、寺に入寺しても寺の中での出世競走や、立派に成らなければとの葛藤がある。だから、本当の意味での隠れ上手とは成れない。
中国の老子の言葉にも、「退いて先をとる」とか、「谷に身を置け」とか、人間が自分に打ち勝って強く生きるには、如何に隠れ身に成るかを諭す言がある。
イソモンが、如何に隠れるかを考えて生き続けて来た様に、人間も如何に社会風情に流されないで生きて行けるかを、考え続けて行かなければ成らないのではないだろうか。
その念いが断ち切れた時に、社会全体は糸の切れた凧の様に、根本の処を失って、当て所無くさ迷う事に成るのではないか。
私は其の様な事を想いながら、穴の奥で、住家の色と同化したイソモンの姿を探し続けている。
10月からは、昼間の潮は引かなくなるし、風も水も冷たく成って来る。もう来年の春の大潮まで、イソモノは人間に捜し出される事も無いので、安心して暮らせるだろう。
イソモノだって、天敵や人間が居なく成れば、進化が進まないのではと、勝手な理屈を考えながら、今年のイソモン捕りの物語は終りを迎えた様である。
平成15年9月28日
礒邉自適

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