2000/4/15
食国(おすくに)の祭りごと
12・4・15
「食」の文字が、文献に現れるのは「食国の祭りごと」と言う言葉だと、本に書かれています。日本の伝統を、永く伝えている天皇家は、この事を傳(つた)える為の仕組みの一つです。11月22から、23日に掛けて夜通しで行なわれる「新嘗祭・にいなめさい」の儀式は、その年に取れた米を、「天皇(儀式つかさ)」が心身を清めて、初めて口にするセレモニーなのです。その為に、「御饌殿(みけどの)」と呼ぶ台所が一番大事にされています。
三重県伊勢市には内宮があり、「天照大神(撞賢木厳御魂天疎向津比売命・つきさかきいづのみたま あまさかる むかつひめのみこと)」が祭られていますが、外宮には食物の神である「豊受饌(とようけ)の神」が祭られているのも、食物を一番大事に考えていたからです。では、どうしてこの様な祭り(セレモニー)が大事にされて来たのかと言うと、日本人の生活の指針としていたからです。
現代は、学校へ出かけて勉強するのは当たり前ですが、明治時代までは学問をするには寺に入るか、武士の子か、お金のある家の子供達でしかありませんでした。
また古い文化は、天皇家と貴族を中心とした体制の中で、発展してきたのです。一方、民衆側は収穫のお祭りや、豊作祈願としての祭り、お正月のセレモニーなどで、守るべき事柄を、供養物や、飾り、祝詞の言葉や、踊りの所作として、伝え続けてきたのです。
其れが、昔の学習や教育の形態でした。現代の様な、知識の詰め込みではなく、体験学習の積み重ねだったのです。現代の世の中の、トレンド・風潮があまりにもおかしいのは、護り傳えるべき大事な「カタチ」が失われたからです。
人間の脳の仕組みは、物の世界で五感を育て、親や社会から生き方を学習して、その積み重ねによって、成長するように出来ています。人間社会は、子供、親、祖父母と、三世代が連綿として、社会秩序を保ち続けてきました。今こそ、其の大事さに気付いて、今一度、日本の文化を再構築する必要があります。
お金や、物は、有り余っている世の中です。求められているのは、精神的な安らぎと、変わる事の無い人生の指針です。其れが、日本には、世界に誇れる文化として続いています。其れこそが、日本の金には代ええられない財産なのです。この理を大事にしなくては、日本は世界に対して何を言えるでしょうか。今こそ、国民が−致団結して、この事に取り組まなくてはなりません。
平成12年4月12日 春雷の日に
礒邉自適

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