2006/1/31
あそびにおいで
18.12.31
今朝は。午前8時に熊本県葦北町に存在するドレミ村の天波博文宅を出発し、広島県庄原のイザナミの御陵と伝えられている比婆山の麓に有る熊野大社に4時過ぎに着いて参詣し、島根県の横田町に有るイソタケル神社に5時半頃着いて参詣し、宮司さんと少し話した後「鬼神神社」に着いて鳥居の前に立つと「あそびにおいで」との言葉が来た。
其の時は、何の意味だろうかと想って居たが、船通山の「緋の川温泉」に6時00分に着いて、チェクインを済まし温泉にゆっくりと入浴して居ると「遊びにおいで」の意味が解って来た。其れは、「鬼神神社」で「遊びにおいで」と伝えられて来たのは、日本の文化の中に伝えられて来ている「鬼ごっこ」」の遊びの世界の事であると理解されて来た。それは、鬼の姿である「不動明王」の世界までも含んでいる悪魔の世界が、人間を育てている宇宙の根源的システムである「神の働き」の表れであると感じたのである。
鬼婆こそ、総てを育てている宇宙の根源の働きなのである。だからこそ、刈り取りの鎌を持ったり、掃除の箒に乗る魔女の姿として現され、トランプの婆・ジョカーとされているのだ。
私の23年の旅は、ようやく鬼神神社で答えを掴む事に成ったのである。其れは、イエスを最後に試した悪魔の存在も、其の鬼婆の働きであると理解されてくるものである。其れは、赤子を抱くマリア様や聖子観音菩薩の姿と対に成るものである。
其の働きを、「不動明王」や「ナマハゲ」等の仮面踊りや仮面舞踏の祭り・儀式として伝承し、文化の一翼を担わして来たのである。それらの働きは、人間の怠慢やマンネリ化を避ける為の有効な手段として行われて来たものである。其れが、子供の世界にも取り入れられ、遊びとして鬼ごっこや童謡を生み出して着たのである。
其の遊びの世界が、人間社会で戦争などの争いを生み出す事にも繋がってしまっているのだ。
今日は、其れ等の働きの原点に辿り着いた事に成るのだろう。日付ははっきりしないが、
総ての事柄が、龍が手に持つ1つの球に固まって奥出雲に納まるのが映されていたが、其の球が多面性を持つ「生命・いのち」の球で、其の球を2003年10月24日の未明に受け取った女性が、今回同行して居る巫女さんである。
今回の旅は、其の巫女さんの受け取った球を鬼神神社に奉納する事が目的だったのだが、想わぬ結果と成ったのである。鬼や、鬼ごっこが、人間の成長に欠かせない事柄だったのである。
イエスが悪魔に試される物語も鬼ごっこの一端だったのである。そして、私の23年間の旅も鬼ごっこの延長線上にしか過ぎなかったのである。
今日は其の理・ことが解って、身体の力が抜けて腑抜け状態に成ってしまった。
明日は、安部忠宏氏と合流して、改めて鬼神神社とイガタケ神社に参詣し、其の後日の御崎神社に参詣する予定に成っている。
今日、高速の庄原インターから西光寺の檀上宗謙氏に電話をすると、横田町に「マクロビオテック・正食」の学校が出来る事が決まったとのことである。横田町は、マクロビオテックの大家久司道夫氏の奥さんの出生の地である。
新しい世直し出発の地が「櫛稲田姫」に由来する横田町であり、其の地に正食の学校が出来るのは「スサノオの尊」の想いが有るのだろう。
スサノオの別名は「神祖熊乃大神櫛御氣の命・かむろぎくまのおおかみくしみけぬのみこと」で、「御氣」は食べ物の意味で「神の祖」は食べ物であるとの意味である。だから、今回横田町で始まる出来事は、スサノオの働きが現れるのだと考えても良いだろう。
其れが、スサオノの尊の妻である「櫛稲田姫」の里であり、久司道夫氏の「くし」は櫛稲田姫の「クシ」やスサノオの櫛御氣の「クシ」と同じ音でもある。其れ等の事柄を考えると、弘法大師空海のマントラの力が影響しているのではないかと想われて来る。
今夜は、宿の夕食は頼んでいなかったので、八川駅前の八川蕎麦の弁当を買って来て食べた。何故、日本に年越し蕎麦を食べる習慣が伝わっているのかは分からないが、一応人並みに年越し蕎麦を食べて年越しをする事に成った。
奥出雲に除夜の鐘が鳴り響くのかは分からないが、昔の鬼ごっこの遊びに思いを馳せて新しい年を迎えたいと想う。
平成18年12月31日
礒 邉 自 適

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