奥出雲は 稲田姫に纏わる 日本の古代の神話の故郷です。
出雲は伝説の地
国造りの神話は現在の代にも息づいています。
スサの木から学ぶ事
太陽のエネルギーは、緑の力に因って物質化し、森は水の循環を支えます。
緑は陸のあらゆる動物を育くみ、海の魚達にも多くの栄養を送り続けています。
この事に昔の人々は気付いており、日本では3000年もの昔から植林を行って来ました。
その始まりは、スサノオの尊とその次男イソタケルの命と伝えられています。
和歌山県が紀(木)の国と呼ばれているのも、この親子が木を植えた事に由来し、五十猛命は大八洲国(日本国)に青山に成した功績により「有功之神」とも称せられたとあります。
五十猛命の妹神「大屋津姫命」と「抓津姫の命」の二柱神は、木種を司り植樹の功により紀伊の国にまつられていて
宮崎県高千穂神社では、この二人神の神楽舞が現在まで続けられています。
五十猛命は、出雲地方には数ヶ所の神社の祭神となり、全国でも植林の神として祭られ続け、
日本人の魂の中に、木を大切にする事をしっかりと根着かせているのです。
現在人類にとって一番の問題は、森林の減少にあります。私達人類を含む生物は森林の滅亡と共に亡びます。
21世紀は、人類にとって最後の価値判断を迫られる時代となるでしょう。
その重大事の解決策として、木のネットワークを開設致します。
明るい未来を築く為に、皆様のお知恵を出し合う場としてご利用下さい。
大国主の国造りの地出雲より
2000年12月24日

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2007/1/3
ドラゴン丸
19・1・3
今朝の映像は、白い大きなボートが現れて、船の名前は「ドラゴン」と言う名前であることが分り、船長は「148.石屋・メイソン」だと告げられた。
そして、其の船に乗るには、船長に頼んで自分の情報を宇宙の本機に送って貰わなければならないらしい。自分の情報を148の船長に渡すと、其の情報が弾丸の様にトンネルの中を飛んで行って、其れが本機で分析され、合格の分は文字が書かれた白い切符が返って来て、不合格の分は真っ黒で何も文字が書かれていない切符が返って来るらしい。
文字の書かれている切符を受け取った人は、駅から汽車に乗る事が出来、着いた所には、先導車と護衛のバイクが着いているバスが待っていて、其のバスに乗って訪ねた先には「保食神・うかのみたま」神社が在った。
今朝のメッセージは、今回の旅の1番重要な内容が含まれているようである。昨日、出雲の安部忠宏氏と3月13日に阿蘇の日宮幣立神宮で「瑞穂の国」発足の儀式を行う事を決めてから、「イザナミ」の御陵の在る比婆山を越えて広島県側に降りて、檀上宗謙さんの西光寺を訪ねた。そして、1時間くらい3名で話した後、外風呂に冷泉を溜めて薪で沸かし湯浴みをした。風呂から上がりしばらくすると、背骨の下から何番目かが変調を起こした。其れは、此のお湯に何等かの薬効が有るからだろう。
昨日は、御霊の思頼の名簿が映り、日蓮聖人の名は52番目にあり、1番は弘法大師空海に成っており、何故か、私の意識は其の名簿を土台として上に在った。どうやら、私の意識は弥勒菩薩であるように感じられた。
処が、夕食の後、自然に瞑想状態に落ち入ると、屋久島の山岳が現れ、其の山岳のエネルギーが動き始め、次元が変化したのが理解出来た。
其の後風呂に浸かっていると「世間から遠ざかれ」との言葉が来た。其の言葉から、達磨禅師の意識を感じ取った。
其れらの意識の変化から、達磨禅師は御霊の思頼の4311体の御霊の中に入ってはおらずに、其の外側に居るようである。其の理由を考えると、達磨禅師は自分の行為を何もしていないし、自分の役目であるマカカショウから伝えられている仏陀の訓えを、慧可に無事に伝える事に成功しているので、何も現世に対して遣り残している事柄が無いので、私の身体を使う必要が無いからであろう。
其のように考えると、4311体の御霊は、全て、自分のカルマを残して此の世を去ってしまった人達の霊魂だと言うことになる。私は、其れ等の霊魂に23年間心身を占有されていたことに成るらしいのだ。
しかし、其れも、昨日一応の段階を終えて、屋久島の山が、次の段階に向けて動き出した事に成るのだろう。
先ほど、檀上宗謙氏と抹茶を戴きながら話をしていると、西光寺には2年前に弥勒菩薩がイメージに現れたり、井戸水が出る様に成ってからは、古代人の壁画に描かれている、精霊の印である球が沢山写真に現れる様にも成って来ている。
今朝気付いた事の1つに、昨日霊夢に現れた飛び出た2つの目玉は、西光寺の裏縁で水を貰いに訪れる人達を、縁側から見詰めている蛙の置物の目である事が判明した。と云うことは、私の意識に、其の湧き水に宿っている霊魂の意識が、昨日入り込んでいたことに成る。
其れは、此の寺の水神が、出雲まで私を向かえに来ていたことにも成る。
今回の旅のコースは、屋久島〜葦北(どれみ村)〜広島県比婆山(イザナミの御陵・熊野神社)〜奥出雲(鬼神神社)〜船通山〜佐世神社〜日御碕神社〜西光寺〜琵琶湖のちくぶ島(弁財天神社)と指示されていたので、残りは明日スーリアさんと岡山で会ってから、琵琶湖の弁財天に、是までのお礼を済ませて、屋久島に帰る予定である。
今回の旅は、今までに無い中身の濃いものであり、次元変化を齎すものでもあった。
屋久島に帰れば、出雲の安部忠宏氏と連絡を執りながら3月13日の儀式の準備をしなければ成らない。
今朝は、其の安部忠宏氏の姿が現れ、皆に「新たに・新たに・・・」と挨拶して居た。其れは、古い価値観を捨てて、新たな価値観を持って国造りを始めるとの意味であろう。
其れは、安部忠宏氏が大国主の御霊を有しているとのことであろう。安部忠宏氏が大国主の役割なら、私の働きはスクナヒコの役割と成るだろうか。
近頃のメッセージは、確かに現実的な世界に関するものが多い。其れは、神の計画が実行に移されて来つつある証明であろう。
今回、同行して居る巫女さんも、毎日起きる不思議な事や、自分に関する事柄の謎が解きほぐされて行くのでビックリしている。其れは、私の23年間の体験の積み重ねの認識と、其れからくる理解力が有るからだろう。今回の旅で、私自身も、自分の修行の結果が確認出来たことに成り、有意義なものと成った。
是からは、助かりたい者は「うかの御霊」の神社に参詣し、食べ物の神・はたらきを修行しなければ成らないようである。
今夜は満月なので、寺にて数名で満月の宴が催しされる。
私も、ようやく自分の人生を楽しめる時節を向かえたのではないかと想っている。
平成19年1月3日
礒 邉 自 適

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2006/10/19
出雲の神々が動き出す
18・10・19
今朝の映像は長い物語に成っていた。其れは未来への新しき道が切り開かれるもので、空には虹が掛かり、龍が地上に水飲みに下りて来る映像も含まれていた。其の動きを地上でコントロールしているのが出雲の安部忠宏氏で、其の安部忠宏氏が主催する集いには岡山のスーリアさんも参加しており来賓の挨拶をして居た。しかし私の姿は其の場にはなく、私の意識は安部忠宏氏の背後霊と成って、安部氏のする事を認識しているだけなのである。其れは、今朝の私の意識が、安部氏を動かしている霊魂の意識と重なってしまっていたからであろう。
私が安部氏に初めて有ったのは、丁度10年前の10月16日で、其の日は伊勢神宮の神嘗祭の日である。私は其の日、広島の渡邊さんが主催するセミナーで話しをする事に成って、京都の「京都ドレミ村」から広島に向った。セミナーが始まる時間が迫って来た頃、安部氏より電話が掛かり少し遅れそうだとの事である。私は、神々の国出雲からワザワザ来る方なので到着する迄待つ事にしたのである。安部氏は車で15分くらい送れて来たが、車には水が沢山積まれていて其れを皆で飲むことにも成った。
私は安部氏に側に来るように云い、安部氏の時計を借りて情報を読み取ると、安部氏の背後には出雲の偉い神々が付いている事が解った。私はその夜、安部氏の自宅に向う事に成ったのである。そして、出雲には日本に初めて国造りを行った神霊が沢山住んでいることを知ったのである。今朝のメッセージは、其の時代の神々が再び動き出す事を見せられたのであろう。
古代人の考えでは、此の水の惑星を管理している神は水の神であり、其の姿は龍であるとされている。其の水神が、マヤ文明やアステカのククルカーンであり、インドのサラスヴァテイやブラウマン等の蛇やアナコンダ(大蛇)などである。世界中のピラミットは、其の龍に対する雨乞いが原形と成って建築されたものである。
中国での国造りには、四方神が祀られるが、智慧の神は太陽が昇る東方の神で青龍である。青龍は、水の神だが智慧をもたらす神でもある。今朝現れた、虹色に輝く空から水飲みに下りて来た龍は、其の青龍であろう。そして、其の龍は地上の水を飲んで空に戻ると、身体を小さくしてトカゲの様に成り、其の姿はシバ神の様に身体をクネラセ始め、手足を動かしていた。シバ神は、創造と破壊を司るとされる神だから、是から新しき創造の為の破壊が始まるとのコトではないだろうか。
其の新しき御代の創造が、3000年振りにまた出雲から始まるとのことであろう。其の為に、神々は出雲の安部忠宏氏の心身を使っているとのことなのである。私のHPの杖を突いた写真は、京都の大徳寺で1996年撮影した物だが、其の日は安部氏の誕生日の5月10日であり、8月23日に霊夢に現れた木は、安部氏が現在住んでいる出雲の佐世神社の境内のスサノオの尊が植えて6代目の神木であり、9月11日に霊夢に現れた木は、安部氏が産まれた所の横田町のイソタケルの尊を祭る伊我多氣神社の御神木だったのである。http://moon.ap.teacup.com/20060904/
私は安部氏に会う前に、其れ等の情報を皆知らされて居たのである。其れは、人智を超えた神界の存在が有ったらばこその出来事である。
今朝は、其の安部氏が出雲の地で皆を案内している映像が続いた。皆が、最終的に新しき世界に上る道は、スサノオを祀る出雲須賀神社の奥の宮である磐座に上る道である。其の道の入り口には、実際には無い桑畑が広がっていた。其の意味は、蚕の服を着て出雲の浜に上陸して来た知恵の神「少彦名神(すくなひこなのかみ)」の存在を示すものであろう。大国主の尊が、天津族が気に入る国を造り得たのは少彦名の智慧・情報が有ったからである。少彦名は絹の衣を着て、医療技術を始め様々な暮らしの手法も知っていたのである。「少彦名・すくなひこな」の名は「宿禰彦の名」の意味で「貴人の男の名」の意味である。其れは、「智慧の主である貴人が 大衆に身近に接する。」時の、親しみを込めた呼び名、其のものであるのだ。其れは、古代の武内宿禰や野見宿禰等の名に使用されている宿禰の元の意味であろう。
私は全国を18年旅して来たが、其れは4311体の霊魂の中の、日本の神々の神霊の思頼・みたまのふゆの為の鎮魂が主な目的であり、最後に神社の掘り起こしをさせられたのが、愛媛県大洲市に在る少彦名神(すくなひこなのかみ)の御陵である。今回の旅も、最後が其の神社の秋季大祭に参加して次の日に叶代表のPCに少彦名に関するHPを3つ創ってから帰って来た。其の結果が、今朝のメッセージであろう。九代龍王水神の御旗が出来て立てられれば、愈々新しい次元の始まりである。其れは、強烈な人類全体の大禊ぎの幕開けでもある。
其れが始まれば、もう皆 自分や自分の家族を守る事に精一杯で、他人の事に構って居られる者は誰も居なく成るであろう。全てが、其々の自己責任で行なわなければ成らないのだ。まさにサバイバルの始まりである。
しかし其れは、厳しくて残酷な事に見えても、其れは神が地球全体の調和を図るもので、其の生存競争に生き残る力が無い者は自然淘汰されて当たり前なのである。人間以外の全生命は、皆そうやって生きているのだから人間だけの甘えは許されないのである。
自然の正しい「道・タオ・ダルマ」は、本来そう謂うものなのである。其の理を忘れて、エゴ丸出しで生きて居て、最後にそうなったからと言って神に文句を言うのはお門違いなのである。
今朝の映像からすれば、神有り月の出雲で神々が集まり、新しき計画を企てたとの事ではないだろうか。来年の3月13日までに、何をすれば良いのかは未だ私にも告げられて来ない。分かっている事は、禊ぎの日が近づいて来ていると言う事だけである。
平成18年10月19日
礒 邉 自 適

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2006/10/9
自然との共生
18・10・9
今朝の映像は、人間が削り取った山の修復をどうするかがテーマであった。山は、昔から神の住まいであり、敬う事の対象だったのである。
それが現代では、何の恐れも無く削り取ったり穴を開けたりしている。其れは、地球に意思が有るとすれば痛みを伴っている事だろう。
何故、其の様なイメージが映されて来るのか。其の要因は、出雲にはスサノオの尊と其の息子の次男イソタケルや娘2人が木々を植林して、環境保全に勤めた事の情報が、自然環境の中に記憶されているからではないだろうか。
私が出雲の地に縁が出来たのも、やはりスサノオの尊とイソタケルの霊魂の為せる業・わざであった。私が、京都の大徳寺の近くに住んでいた1996年8月23日には、安部忠宏氏の住む下佐世の神社に生えているスサオオの尊が植えた木が霊夢に現れ、9月11日には安部忠宏氏が生まれた横田町のイソタケが祭神の伊我多氣神社の境内に生えているご神木が霊夢に現れた。其の二本のご神木の事は、見た事も聞いた事もない神社の木で、其の年の11月に安部忠宏氏に案内されて実在する事が始めて判った物である。
何故、其の様な現象が起きたのか。其の出来事こそ、霊魂が不滅である証拠と成るものである。
日本の天皇が、何故植林をするのか、其れは3000年にもわたりスサオオの尊とイソタケルの行為が伝え続けられているからである。昨日は、午後タタラに使う砂鉄が採取されていたかんな流しの地を訪れた。だから、其の昔の映像が映されて来たのかも知れない。
何れにしても、是から人類の未来社会を構築して行く為には、スサオオの尊とイソタケルの霊魂の存在を無視する事は出来ないであろう。11日には、和歌山のイソタケルの終焉の地と伝えられているイタキソ神社に参詣して宮司さんと話す予定である。其の前触れとしての、今朝のメッセージではないのだろうか。
近頃のメッセージから考えられる事は、人間が新たな心構えで生きて行けば、神々は其れを支援する方向が見えて来ている。其の流れに、どれだけの人々が組するかは分からないが、人類の未来に幾ばくかの希望の光が燈っていることは間違い無いだろう。私も、其の灯りを心の糧として、今後も進んで行かなければならないのだ。
平成18年10月9日
礒 邉 自 適

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2006/9/23
意宇の杜 阿太加夜神社の国引き碑
「八雲立つ出雲の国」と高らかに宣言するヤツカミズオミツヌノミコトは、「初めて造った国だから小さく造った。よその土地を縫い合わせてクニを大きくしよう」といい、国引きをはじめる。最初に朝鮮半島「志羅紀」の三埼から、「くにこ・くにこ」と土地を引き寄せ、次に「北門の佐伎国」から引き寄せ狭田国をつくり・・・・・
http://72.14.253.104/search?q=cache:4gTp67vQVBUJ:www5d.biglobe.ne.jp/~tosikenn/izumoyatuka.html+%E6%84%8F%E5%AE%87%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%83%96&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=1
阿太加夜神社
出雲郷地内の意宇川のほとりにある神社です。出雲国風土記に記され、古くは国造家一族にゆかりのある社としてまつられ、中世以降も代々出雲国守の崇敬を受けた神社です。また、松江城山稲荷神社との間におこなわれる神幸式「ホ−ランエンヤ」は、日本三大船神事として有名です。
http://homepage3.nifty.com/m-asanuma/yutarou_010.htm
[場]八束郡東出雲町出雲郷
[アクセス]JR揖屋駅から車で10分
[問]0852-52-3468

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2006/9/9
自分の中に住む白蛇
18・9・9
今日は、9月9日で重陽の節句であり、18も9+9の合計数である。其れに、ククリの日で白山権現菊理姫にも関係がある。ククリとは、神霊界と人間界が結び合う・括り合うとの意味であろう。
昨日から、私の心身が変調を起して来て、具合が悪いと云うまでには至らないが、何だが落ち着かない。其れは、大本教の出口王仁三郎の謂う、「9月8日の12の秘密」が表世界に現れ始めたからであろうか。私の神事の始まりは、出口王仁三郎に下駄を履かされた事が切っ掛けだが、其れより前に、白龍が私の身体にトグロを巻いて来て、私の左手の掌の上に丸い地球を乗せ、管理する様に云い、私の頭を切り離して地球と重ねてしまい、私の胴体の上には龍神が自分の頭を据えてしまったのである。
其れは、身体は自分の物だが、其の胴体には白龍が巻き付いており、頭は龍の頭と取替えられ、自分の頭は地球として左手の上に乗っていると言う、説明し難い有様である。
其れは不思議な感覚で、自分の頭が地球で、身体とは分離されており、自分の意識は屋久島の岩山を通してでなければ、身体に還れないのである。私は、自分の意識に辿り着く為には、宇宙から地球に帰り、屋久島の花崗岩の岩を経由しなければ、手足の付いている肉体には帰れないのである。其れは、自分の意識が自分ではなく、何か得体の知れないモノと摩り替わっている事に成る。
今朝、明確に成って来たのは、其の得体の知れないモノとは「ククルカーン」なのである。ククルカーンとは、アステカの神で、8段積んだ石のピラミットの階段から地上に降りて来る水を齎す大蛇である。其の、8段の階段の段差に出来る隙間の三角部分が、蛇のトグロを巻く7つの空間なのである。其れは、八段の又に住む「やまたのおろち・八又大蛇」なのである。私の身体に巻き付いて来たのは、其のククルカーン・括る神(くくるかんさあー)だったのである。
私は、1985年3月5日に初めての旅の途中で、島根県の出雲大社に参詣した。其の時、導かれる様にして、大国主命を祀る大社と、天の穂日を祀る北島さんの間に有る川筋の道を、山の方に向かって歩いて行った。1kmくらい坂道を登って行くと、其処にあまり大きくない社が1つ在る。私は其の社にお参りし、大社の参道の近くにある旅館大島屋に宿泊した。
すると、夜中に、其の山の社から、女のコケシみたいな物がピョッコン・ピョッコン・ピョッコンと下りて来て、宿に寝て居る私の布団まで遣って来た。すると、其れに対応する様に、私の身体から直径30センチくらいで、長さ2mくらいの白い蛇の様な物が抜け出し、コケシに導かれ大社の方に向かって進み始めた。私の意識は、其の白い大蛇と一体に成って、空中を移動して行った。其のコケシと白い蛇の様な物は、大社の表側から社の壁を抜け、後ろに在るスサノオを祀る社に行き、更に其の社も抜けて、後ろ側の岩板の土手に突き当った。すると、其の途端、其の白い蛇の身体の様な物は、白い光りと成って爆発して消え去ってしまったのである。其の光りの現象の後、私の意識は又宿の布団の中に在った。
其の映像を、今朝思えば、屋久島で私に入り込んだ白龍が、出雲大社の裏山に住むコケシ神(シャクジ神?)に導かれて、大社の裏山の磐座に還った事に成る。出雲大社の裏山は、弥山と呼ばれて居るが、地元では昔から蛇山と呼んでいるらしい。其れは、奈良県の三輪神社の三輪山(三室山)と、同じ言い伝えを含んでいるものである。どうやら、出雲も三輪も白山も、同じオロチが関係している様である。其のオロチを信仰する、古代の国津神・祇(くにつかみ)から稲田姫を奪って妻にしたのが、渡来系の素戔鳴尊なのであろう。
私の体にトグロを巻いて来た龍神は、7回トグロを巻いて、頭を其の上に出している、祖母山の水神と同じモノだったのであろう。
今朝のメッセージ映像は、歌舞伎役者の大物が出て来て、様々な顔をしたり、身体を動かして、色々な動作を繰り返した。其の役者の四方に、弟子らしき男性が現われると、其の舞台は水に覆われ、海中の舞台の様に成った。其の水の中で、5名が歌舞伎を演じ始めた。其の様子は、無重力の中で手足をバタつかせている様な感じである。其の時、私の意識は、其の様子を見ながらエラブ(海蛇)の意識に成って居て、水中を揺ら揺ら漂いながら其の様子を眺めて居た。
そして、大国主命の名と、瀬織津姫の名が気に成っていた。其れは、先日現われた般若男が大国主で、お婆さんが瀬織津姫でコケシ神の様に想われるものである。
今朝、出雲の件を思い出したのは、日本の歌舞伎の始まりは、出雲のお国さんの川原芝居が基に成っているからである。出雲のお国さんを動かした本体こそ、弥山のオロチだったのかも知れない。今朝感じた事は、昨日「臭」がテーマで鼻の働きだったが、今朝は五感「視・聴・嗅・味・触」の内、物に触れる「触」の世界が現われて来た様である。蛇は手足が無いので、臭いを嗅ぐ鼻の感覚の次は、身体が触れる物の感覚なのかも知れない。其れは、食欲を離れた処の性衝動の、触れ合いの出来事に関係があるのではないだろうか。
赤子が、母親の子宮の羊水の中から外に出て来て、水の肌触りからイキナリ接触するのは母親の肌である。羊水に浮かんで居た柔らかい肌が、イキナリ硬い母の手に抱き上げられるのである。其の時に感じた不安感がトラウマと成り、死ぬまで意識を左右していると考えても何等不思議はない。人間が野生の猿と同じく、スキンシップを欲しがるのも、そこ等辺に原因が在るのではないだろうか。蛇が雌雄絡み合っている姿を、神の姿と重ね合わせて憧れる人間の意識は、多分此の「触」の世界に要因が隠れているのかも知れないのである。
そう言えば、歌舞伎役者が水中で行なっている仕種は、産まれたばかりの赤子が、産湯のタライの中で、手足をバタつかせている様子にソックリであった。
現在、人気の有る歌舞伎役者の仕種と、タライの中の赤子の仕種と重ねて見れば、生命の基本原理は、赤子も大人もあまり差が無いのではないかと想えて来る。歌舞伎役者は
顔に隈を描き、特別に表情を引き立てているが、其の顔の表情の世界こそ「想」を現すことにある。
私は今朝、事務所の横に在る汲み取り便所が汚れていたので、水で洗いながら掃除をした。ホースで便器を洗っていると、勢い有るホースの水で下が攪拌され、臭いが立ち上って来た。其の時、顔をしかめた私の顔は、歌舞伎役者に負けないくらい良い演技をしていたかも知れない。其の無意識の表情こそ、物と人と蛇が括り合った瞬間ではないだろうか。
私の内に存在するオロチの意識こそ、全ての生命の意識の源なのだろう。万物の霊長とは、人間自身ではなく、人間の意識の中に住んで居て、時には答えが見付からず、手足をバタ突かせ身もだえしている、蛇・エラブ(選ぶ)の事のではないのだろうか。
何故、ブッダの背後の護り神が、7又頭のオロチなのか、其の答えも見えて来たようである。白蛇が別れて働く時、7色に別れるのである。其の時、プリズムの役割を果たすのが神社に備えられている鏡や、イシス神の頭上の鏡なのだ。鏡・かがみの名が、カカチ・蛇と同語であり、正月に7段重ねられるカガミ餅は、其のままククルカーンのトグロを巻いた姿なのである。其の括る働きが、白山菊理姫で、瀬織津姫の別の姿なのだろう。
平成18年9月9日
礒 邉 自 適

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2006/9/4
十六の島・うっぷるい
島根県にある出雲大社は、島根半島に在るが島根半島には「十六島」と書いて「ウップルイ」と読む地名の所が在る。
アイヌ語でウップルイとは「我が水の道」の意味だそうだ。
ウップルイをそのまま漢字使いにすると「宇振い」と成り「千早振る」の言葉と連動してくる。
水の道が、宇宙を振る事であり、魂に関係するならば、水こそ神に一番近いものであり水の思い出は一番大事な事と成ってくる。
それが理解出来れば、禊の字の持つ意味が真実味を帯びて感じられるであろう。
出雲地方では、木と岩と水の在る場所を「熊々しい谷」と呼ぶ。「熊々しい」とは、神々しいの意味だ。インドでは、一本の川には一匹の神霊であるアナコンダが住み着いていると伝えられている。
宍道湖は 伝説の 緋伊川の河口湖である。

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投稿者: jitekiisobe
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2006/1/31
あそびにおいで
18.12.31
今朝は。午前8時に熊本県葦北町に存在するドレミ村の天波博文宅を出発し、広島県庄原のイザナミの御陵と伝えられている比婆山の麓に有る熊野大社に4時過ぎに着いて参詣し、島根県の横田町に有るイソタケル神社に5時半頃着いて参詣し、宮司さんと少し話した後「鬼神神社」に着いて鳥居の前に立つと「あそびにおいで」との言葉が来た。
其の時は、何の意味だろうかと想って居たが、船通山の「緋の川温泉」に6時00分に着いて、チェクインを済まし温泉にゆっくりと入浴して居ると「遊びにおいで」の意味が解って来た。其れは、「鬼神神社」で「遊びにおいで」と伝えられて来たのは、日本の文化の中に伝えられて来ている「鬼ごっこ」」の遊びの世界の事であると理解されて来た。それは、鬼の姿である「不動明王」の世界までも含んでいる悪魔の世界が、人間を育てている宇宙の根源的システムである「神の働き」の表れであると感じたのである。
鬼婆こそ、総てを育てている宇宙の根源の働きなのである。だからこそ、刈り取りの鎌を持ったり、掃除の箒に乗る魔女の姿として現され、トランプの婆・ジョカーとされているのだ。
私の23年の旅は、ようやく鬼神神社で答えを掴む事に成ったのである。其れは、イエスを最後に試した悪魔の存在も、其の鬼婆の働きであると理解されてくるものである。其れは、赤子を抱くマリア様や聖子観音菩薩の姿と対に成るものである。
其の働きを、「不動明王」や「ナマハゲ」等の仮面踊りや仮面舞踏の祭り・儀式として伝承し、文化の一翼を担わして来たのである。それらの働きは、人間の怠慢やマンネリ化を避ける為の有効な手段として行われて来たものである。其れが、子供の世界にも取り入れられ、遊びとして鬼ごっこや童謡を生み出して着たのである。
其の遊びの世界が、人間社会で戦争などの争いを生み出す事にも繋がってしまっているのだ。
今日は、其れ等の働きの原点に辿り着いた事に成るのだろう。日付ははっきりしないが、
総ての事柄が、龍が手に持つ1つの球に固まって奥出雲に納まるのが映されていたが、其の球が多面性を持つ「生命・いのち」の球で、其の球を2003年10月24日の未明に受け取った女性が、今回同行して居る巫女さんである。
今回の旅は、其の巫女さんの受け取った球を鬼神神社に奉納する事が目的だったのだが、想わぬ結果と成ったのである。鬼や、鬼ごっこが、人間の成長に欠かせない事柄だったのである。
イエスが悪魔に試される物語も鬼ごっこの一端だったのである。そして、私の23年間の旅も鬼ごっこの延長線上にしか過ぎなかったのである。
今日は其の理・ことが解って、身体の力が抜けて腑抜け状態に成ってしまった。
明日は、安部忠宏氏と合流して、改めて鬼神神社とイガタケ神社に参詣し、其の後日の御崎神社に参詣する予定に成っている。
今日、高速の庄原インターから西光寺の檀上宗謙氏に電話をすると、横田町に「マクロビオテック・正食」の学校が出来る事が決まったとのことである。横田町は、マクロビオテックの大家久司道夫氏の奥さんの出生の地である。
新しい世直し出発の地が「櫛稲田姫」に由来する横田町であり、其の地に正食の学校が出来るのは「スサノオの尊」の想いが有るのだろう。
スサノオの別名は「神祖熊乃大神櫛御氣の命・かむろぎくまのおおかみくしみけぬのみこと」で、「御氣」は食べ物の意味で「神の祖」は食べ物であるとの意味である。だから、今回横田町で始まる出来事は、スサノオの働きが現れるのだと考えても良いだろう。
其れが、スサオノの尊の妻である「櫛稲田姫」の里であり、久司道夫氏の「くし」は櫛稲田姫の「クシ」やスサノオの櫛御氣の「クシ」と同じ音でもある。其れ等の事柄を考えると、弘法大師空海のマントラの力が影響しているのではないかと想われて来る。
今夜は、宿の夕食は頼んでいなかったので、八川駅前の八川蕎麦の弁当を買って来て食べた。何故、日本に年越し蕎麦を食べる習慣が伝わっているのかは分からないが、一応人並みに年越し蕎麦を食べて年越しをする事に成った。
奥出雲に除夜の鐘が鳴り響くのかは分からないが、昔の鬼ごっこの遊びに思いを馳せて新しい年を迎えたいと想う。
平成18年12月31日
礒 邉 自 適

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2005/12/16
顔を見せた釈迦
17・12・16
今朝は、お釈迦さんではないかと想える人が顔を見せた。仏像に刻まれているお釈迦さんは、栄養が行き届いた感じで恰幅が良いが、80歳まで1日1回の托鉢で得た食べ物で生きて居たのだから、案外福々しくはなく細身の姿で、哲学者か詩人の感じの人だったに違いない。修行時代の、お釈迦さんの姿の像は有るので、其れに普通の肉を付けた感じであろう。
今朝は、細面の70歳くらいの男性が、情報の積まれた物陰から、此方らから見て右側の方に顔を出した。私が色々尋ね様とすると、顔を曇らせて「話して上げたいけど、話せないのだよ。」と言う様な身振りをして、一言も話さないで再び隠れてしまった。
お釈迦さんらしき人が隠れた情報の山は、昔の情報に、私の是までの認識が加わったものとして収納されたものである。其の内容は、色んな分野に亘り情報量は澤山有った。その内の、幾つかの内容は覚えて居たのだが、次に出て来た映像の量が多かったので、其れに覆われて思い出す事が出来ない。其れは、もう過ぎた事だから忘れても良いだろう。
次の場面とは、80人程の小・中学生を海に遊びに連れて行ったのだが、付き添いの大人の人が少ないので心配で「海に入って良い。」と、とても云える段取りには成らなかった。
次の場面は、広い教室で授業が行われ、済んだ後の教室の中に、忘れ物が多く、どれが誰の物かも判らないで、跡片付けに困っている私が在った。
其の場面が終わったら、私は1人で深い山に出掛けて、森の中を歩いて居た。最初は深い森だったのだが、ドンドン歩いて行くと森が切り開かれ、お茶の木が植えられている畑に出た。更に奥に進んで行くと、広く見通しの良い所に出た。其処は、大きな木を伐採して切り出している現場だった。其の現場は、全ての植物を根こそぎブルドゥザーで剥ぎ取って、丸裸にしているのである。私が、其処で働いて居る人に、「何で こんなに山を荒らすのですか、大きな木だけを切って 搬出すれば良いのに。」と云うと、伐採般出の予算が少ないし、許可期間も少ないのでしかたがないのだと云う。私は、其の破壊が進む広い森を見ながら、悲歎に暮れて居る処で、今朝の映像は終わった。
今朝の映像は、前半の部分と、後半の部分とでは、全く内容も世界も異なっていた。最初の分は、情報の世界だから物が何も見えない世界で、後の分は言葉や情報の世界ではなく、全てが目に見える物質の世界である。其れは、4次元世界と三次元世界の違いと言うことになるだろうか。そう考えると、四次元世界(絶対界)は整理が済み、愈々三次元世界(相対界)の、整理段階に入ると言うことになるだろう。
其の取っ掛かりと言うか、大事な始まりが、子供の環境への親しみ方で、其の現場に携わる大人の協力が必要であること。其れに、子供達の躾や、物の管理責任能力等の訓練等である。其れは、子供の問題ではなく、社会全般の大人の認識が大事で有ることを示している。
山の場面は、自然や環境に対する、経済世界の取り組みを、考え直す様に告げて来ているものと想われる。地球生命は、水と森林の存在で支えられている。だから、森のバランスを崩す事は、生命全体を危機に陥れる事に成るのだ。
今朝のメッセージは、子供の教育と、環境問題が最大のテーマである事を告げて来たのだろう。
其れは、釈迦やイエスの教えの中には無いものである。2600年前は、人口は少なく自然は豊かだったので、そんな問題は気にしなくて良かったのかも知れない。しかし日本では、3000年前にはもう素戔鳴尊が娘二人「大屋津姫(おおやつひめ)・抓津姫(つまつひめ)」と、息子の「五十猛命(いそたけるのみこと)と一緒に、国土に植林を行っている。其の教えが今日まで伝えられ、日本は木を植える文化が根付いているのである。それらの事が、見直される時が来たのだろう。
平成17年12月16日
礒 邉 自 適

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