2008/2/10
八 幡 神
20・2・10
今日は、自適塾発足4年目の第一日である。昨夜は、大山祇神の関係である人と夕食を共にして、自適塾発足3周年を祝った。そして、今朝現れたメッセージは、先ず丑三つ時に、屋久島の山岳の深い谷間に、青い光のエネルギーが強く光り輝いている場所が有るのが映されて来た。そして、「161」の数字が映し出された。其の意味を考えて居る内に、又、眠りに入った。そして明け方に映し出されて来た映像は、聖地の映像を背景に、旗の様な短冊が左右に4枚づつ計8枚、横向きで縦に並んで張り付けられていた。
私の意識が、其の8枚の旗に何が書いて有るのだろうと想うと、右側の上の分から順番にヒックリ返って、何が書いて有るのかが見せられて来た。
1番目の旗には、「50音」と書いて有った。其れは、日本語の「あいうえお・5」x「あかさたなはまやらわ・10」=50音の、「音・ね」の意味であろう。其れは、「本音・ほんね」の「ね」の意味であり、「音に秘められた 正しい言霊。」の意味を示唆していて、人間の嘘偽りの無い、正しい言葉が必要である理を意味しているのであろう。
2番目の旗には、漢字の象形文字が書かれていた。其の象形文字が、何と読む物で、意味・概念が何なのかは、私には理解出来なかった。其れは、世界中の「文字・記号」の中で、漢字が1番意味を正しく伝えるモノである事を示して来たのだろう。
3番目の紙には、「定義」と書かれていた。「定義」とは、大辞林には、
1 物事の意味・内容を他と区別できるように、言葉で明確に限定すること。「敬語の用法を―する」
2 論理学で、概念の内包を明瞭にし、その外延を確定すること。通常、その概念が属する最も近い類と種差を挙げることによってできる。
と有るので、「物事の意味・内容を他と区別できるように、言葉で明確に限定すること。」を、行なえと示して来たのだろう。
今朝は、私の意識・能力では、3枚を記憶するのが精一杯なので、4枚目を返して見る事は出来なかった。
昨日のビジョン・霊夢の中で、私の意識が飛んで来た1枚の紙札を捕まえたので、今朝は其の紙の使い方を教えて来てくれたのではないだろうか。そうであれば、神様は結構優しい存在の様である。
先日、NHKのニュースで、2年間掛けて常用漢字の選定を行い、2010年に多く使用する漢字を新しく加える替わりに、「逓信局・ていしんきょく・郵便局」に使われていた、「逓」の漢字等が、現在あまり使用されないので「外す」事が、議会で決定されたと伝えていた。私は、其のニュースを聞いて少しガックリ来たのである。
私に告げられて来ている1番大事な言葉は「「讜 逓 聖・とうていせい」である。其の言葉の意味は、「真理に当っている言葉・文化・風習などを 次から次へ 伝える聖者。」である。だから、「逓・(次から次へ伝えるの意味)」の漢字が使われていないと言う事は、昔から大事に伝えられて来たコトを、未来へ伝え残すとの概念が、社会から失われてしまっている事を示しているのである。
其の反対の現象が、「愛」の文字の使われ方である。現在使われている「愛」の文字の使い方は、「ラブ・性的な感情」と「アカペー・慈悲の心」が、区別無く使われ、人間社会に甘えの構造が拡がっている事を現している。漢字の「愛」は、歩いて居る人が、困っている他人が居るのに気付き、自分の行為を中断し、立ち止まって、其の人を助けるの意味だから、「ラブ」ではなく「アカペー」の意味なのである。
今朝のメッセージは、其れ等の言葉の使い方から、認識し直さなければ、「八幡大菩薩」の神・働きも、効力が無いとの事なのであろう。其れは、弘法大師空海の真言・マントラの世界を、皆が学ばなければ成らない事を意味している。其れには、現代社会に蔓延している商人の商売言葉や、マスコミ界の言葉の氾濫を、全て一掃しなければ、神は人間を救えないと謂うことである。
現在では、お寺や神社の存在でさえ、自分の欲望を禊ぎ祓う所ではなくなり、参詣者が増える様にテレビでコマーシャルを流し、商人の上前を撥ねる処まで、次元が落ち込んでいる。だから、八幡様も大弱りしているのではないだろうか。
今朝の丑三つ時の映像は、とても強い神のエネルギーが、山の奥から発動する様子が示された。其れは、新しき未来社会を創造する者達が現われれば、神の力が其の者達に与えられるとの事ではないだろうか。昨日は2月9日で、私が「みどりの会」の名を決めた日である。「2月9日の日付け」 http://star.ap.teacup.com/2007313/125.html
昨夜は大山氏と、釈迦牟尼佛の本来の訓えの神髄が何なのかを、深くさぐる話が長く続いた。其の影響も有って、今朝の内容に成って来たのではないだろうか。食事をして居て、自分のテーブルの予約札が413であるのに気が付いた。413は、スーリアさんの誕生日の数字で、私の長男の誕生日でもある。其の数字は、昨夜の話し合いに、一興を与えてくれたのである。
其れに、今朝のメッセージには「161」の数字が現れて来た。其れは、先日の「131」の番号に絡んでおり、中の棺の数が倍に成っている。其れは、「天照大神」と「八幡大菩薩」が相乗りして来た事でも、現して来ているのであろうか。日蓮宗の曼荼羅・御本尊には、「南無妙法連華経・なむみょうほうれんげきょう(帰依します 釈迦牟尼佛の法華経の教えに の意味)」の文字の両脇に、天照大神と八幡大菩薩の名が書かれている。
其のことを考えれば、新しい社会概念を創造し、其のコトに新しい言葉さえ与えれば、両神が動き出すとの事かもしれない。
今日は、昨日より少し内容が進展した様である。昨夜、宿泊したシーサイドホテルの位置は、ネマチ岳(1880)から耳崩岳(1077m)の線上で、「丑・うし」と「艮・うしとら」の中間の325度付近である。地図を見ると、其の線上の奥には「龍王の滝」が有る。今朝のメッセージは、其の滝に住む龍王でも関係しているのであろうか。
私は、昨夜初めてシーサイドホテルに宿泊して見た。未だ、泊まっていない位置の宿は幾つも有る。是から、其れ等の位置の宿にも泊まって見る必要が有るのだろう。
平成20年2月10日
礒 邉 自 適
※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。