kirara.steering.committee(きらら・ステイァリング・コミッテイ)新しき世界の 価値観を構築する為に用意したHP
世界の古代遺跡には
何処でも 石が大事とされています
大事な文章
雲母運営委員会 18・6・15
・・・・屋久島産の3個の御目石(花崗岩)が入っていた。すると、其の3個の御目石が光り始め、全体が明るく成り、其の鉄板の容器は無限に拡大されていった。そして「雲母運営委員会」の名が出て「一面六角」との言葉と、6角形の図が映されて来た。・・・
http://moon.ap.teacup.com/20060615/156.html
磯の段の整備
http://moon.ap.teacup.com/20060615/71.html
研究中 書きかけ
大山祇神の真実
20・3・22
どうやら、世界の宗教の大本には「大山祇神・おおやまつみかみ」の働きが在る事が理解されて来た。大山祇神の「祇」は、一字で「くにつかみ」と読む。「くにつかみ・国津神」とは「津」が接続詞で、現代仮名使いの「乃・之・ノ・の」に当るので、国津神は「国の神」と言う事になり、渡来系の「天津神・海の神」に対して「土着神」の立場を「国の神」と呼んでいた事が解かる。
http://moon.ap.teacup.com/20060615/102.html
2008/9/25
今日判明した事は、英語で雄鹿は「ハート・hart」で、優美さの象徴の意味が有るとの事。漢字の綺麗の「麗・レイ」は「鹿+両角」の組み合わせで、立派な角が両方バランス良く生えている意味で、麗しい・優美の意味であるので、英語の概念と同じである。其れに、老子が生まれた土地が「鹿邑県」で、釈迦に由来する土地はミガダーヤ「鹿野苑・ろくやえん」で、何れも鹿に関係が有り、私の住む屋久島の名も「鹿島・ヤクしま」である。其の因縁を考えると、鹿の成育に適した土地と人間の精神発達条件には何等かの因果関係が有るのかもしれない。
其れに、未だ他の人は気付いて居ない様だが、屋久島の世界自然遺産に登録されている地域の地図は、踊る鹿男の形なのである。
王の条件 2
20・9・25
今日は「王の条件」と告げられて、「なる程」と想う事が有った。其れは、現在まで、精神的な聖王と言うか、男性の成功者として伝えられている人々は、全員が無所有の生き方をしていると言う事である。
釈迦牟尼佛・老子・イエスキリスト・一休宗純・坂本龍馬・西郷隆盛・頭山満・渋沢栄一・ジッドゥ・クリシュナムルティ・和尚・・・其れに、其れ等の人々は皆宗教に依存する事を拒否している。
其れは、個人的、または団体の財産を管理する事は、本人の意識を三次元世界に釘付けし、自由な空間への創造心を失わせるからである。偉人とは、未来へのイメージを膨らませて、新しい価値観を創造し、其れを宇宙の営みである森羅万象の事象に、情報として送り込む事が出来る人間である。だから、個人的な物への執着が有れば、不可能である。其の中でも、1番の弊害は、恋愛感情である。人間にとって、恋愛感情は自分の精神が1番揺れた時に発生するモノだから、恋の漢字が乱に通じている事からも明らかである様に、男性にとっては乗り越えなければならない1番の踏み台なのである。
其の点に於いては、女性は子供を産み育てる事が本文・本能であるので、恋愛感情に乾きを覚えるのは致し方無い事である。だから、偉人には女性は少ないし、大悟した女性はいないのである。
しかし現代社会は、男性の方が、女性よりも恋愛感情や物欲に憑り依かれており、偉人が現れる気配が無いのは、寂しい限りである。
今月9月17日には、澤山のメッセージが送られて来たが、時間が無かったので、未だ其の事に付いて文章は書いてはいない。其の1部には、光に包まれた世界に、文章を入れる為の、蓋の有る空き箱が3箱現れたが、其の空き箱の中には未だ文書は1枚も入っていなかった。そして「極秘文書」との言葉が告げられて来た。
其のメッセージの映像から、私の是からの役割は、涅槃状態に於いて、次ぎの時節までの2666年の因縁を創造する事に有ると感じたのである。涅槃とは、釈迦や老子と同じく過去の2600年の記憶を取り戻し、次ぎの2666年先のイメージを創造する事なのである。
現代人の思考と言うか、文化の基礎は、2600年前に生きた人達の思考が基盤と成っているものである。其れは、其の時代を生きた釈迦や老子が、其の様に謂っているのだから間違いは無い。
2600年前(紀元5世紀)には、老子(中国)が(道徳・言葉・智慧)、釈迦牟尼佛(ネパール)が(悟り)、神武(宮崎)が(政治)、ピタゴラス(ギリシャ)が(数学・科学・五芒星)の分野を担って、新しい文化と言うか、人間の進むべき道を創出している。其れは、どれも現在の宗教と言うモノではなく、人間にとって必要な分野の創出である。そして、彼等が誕生した地は、北緯130度から135度の地域である。
(9月23日の文章。今朝のビジョンには、様々な人物や、場の映像が脳裏を過ぎ去り、2565との数字が現れた。其の数字が、紀元前565年の事であれば、孔子の生まれる14年前であり、ピタゴラスは14歳で、老子が13歳(2578年生説有り)で今の中学生の年代である。其れに、釈迦は未だ5歳であり物心は付いてはいない。後は、神武であるが神武暦は2660年を過ぎているので、神武天皇の没年である可能性がない分けではない。)
其の事実を考えると、救世の仕事とは、未来への因縁を創って、浮世の滅びを止める事に有る。其れが「メシア・マイトレイヤー・文殊菩薩」の役割であり、其の創造を司る意識が「意識の目・籠目・いづの目・ラーの目」と呼ばれている、肉眼には見えない「神・ゴッド・エホバ」の働きなのである。そして、其の意識の目が現れる事が、日本語の「お目出たい」の言葉であり、童謡に唄い継がれている「かごめ」の歌なのである。
今日判明した事は、英語で雄鹿は「ハート・hart」で、優美さの象徴の意味が有るとの事。漢字の綺麗の「麗・レイ」は「鹿+両角」の組み合わせで、立派な角が両方バランス良く生えている意味で、麗しい・優美の意味であるので、英語の概念と同じである。其れに、老子が生まれた土地が「鹿邑県」で、釈迦に由来する土地はミガダーヤ「鹿野苑・ろくやえん」で、何れも鹿に関係が有り、私の住む屋久島の名も「鹿島・ヤクしま」である。其の因縁を考えると、鹿の成育に適した土地と人間の精神発達条件には何等かの因果関係が有るのかもしれない。
其れに、未だ他の人は気付いて居ない様だが、屋久島の世界自然遺産に登録されている地域の地図は、踊る鹿男の形なのである。
話は脱線してしまったが、今日は、私の思考が新しい方向性を持ちながら、未だ誰も侵入した事の無い生命記憶の中に、触手を伸ばし始めた様である。此の様子だと、ミハエル・エンデの御霊等が、面白がって憑り依いて来そうである。
平成20年9月25日
礒 邉 自 適
2008/9/15
大山祇神研究会
「自適の今日」http://wave.ap.teacup.com/894019/877.html
今日は 旧暦の8月16日で 定例の大山祇神研究会が大山邦博宅で開かれた。
驚いた事に、今朝 HPの検索で 9月に屋久島に定住する事に成った、禅宗のお坊さんが引っ掛かり、今日の勉強会に電話を掛けて誘ったら、16年前に22歳で私の阿蘇の自宅に訪ねて来て、1泊した広島のお坊さんである事が解かった。
屋久島 観‐行研修所 http://yakushima.kiroku.org/
今朝、女神のメッセージで、「全てはあたしの手の内」と、孫悟空物語の観音様の話の様な事が有ったが、正に其の現象が現れた。
「 貴方が何もしなくても」 女神の言葉 http://moon.ap.teacup.com/20060103/208.html
今日はアメリカの証券会社が倒産したし、私の裁判の書類も夕方全部返って来た。
是で 私は全くの空に成ったので、9月15日は想って居たよりも大きな意味の有る日と成った。明日から 瞑想に入れるかもしれない。
平成20年9月15日
礒 邉 自 適
2008/9/14
母系社会への復帰
18・5・29
今朝は「小川源之助」との名が出て来て、其の人が、銀色に光る縦長の細い心棒らしき物を、何かの中心の位置から外して、納屋の棚みたいな所に収納してしまう映像が映されて来た。
小川源之助さんとは、日月神事の岡本天明さんと親しくされていた方である。其の人が外した、心棒らしき長い棒が、何だろうかと考えていると、天津日嗣の縦の心棒が取り替えられる意味が伝えられて来た。
其の意味を良く考えていると、日本の国の歴史は、母系社会で構成されている事が見えて来た。つまり、他の民族の男性の血筋を導入する事で、「功・イサオ」を上げて来ているのである。
「スサノヲの尊」は、大陸から日本に渡って来て、出雲で「足ナズチ」の娘である「稲田姫」を娶り、其の地で新居を構え、4名の子供を残している。其の「足ナズチ」は「大山祇神」の子供である。
「ニニギの尊」は、大山祇神の娘「木の花咲くや姫」を娶り、姫から三人の子供が生まれている。
「神武天皇」は、奈良のナガスネ族に婿入りして「媛蹈鞴五十鈴媛命」と結婚して、国の政治・まつりごとを任されている。
日本の歴史は、出雲も、南九州も、奈良も、皆、余所者の男が、嫁の里で暮らし始めた歴史なのである。其の事から考えれば、日本の国造りの元は、全て大山祇神の一族の里と言う事に成るのだ。
ニニギの尊が日本に来た時には、既に、日本の国土には大山祇神の一族が、全国に住んで居た事になる。其れは、稲田姫の祖父や、木の花咲くや姫の父親などが、同じ先祖を有していたことになる。おそらく、神武が婿に成ったナガスネの先祖も、三輪の大山祇神を祭る一族だったのであろう。
是で、今回6月11日(旧暦5月16日満月)に行なわれる、大山祇神の祠建立百年祭の意味が解けて来た。今回の祭主は「大山邦博氏」で、協力者は弟の「大山高則氏」である。しかし、其の祠を建立したのは「日高太郎吉 他 」と刻まれている。
屋久島には、日高の性は多い。其れは、神武の曽祖父の名が「日高彦火のニニギ」と成っているので、関係が有るのかもわからないが、何故か今回は日高姓ではなく、数が少ない大山姓に神が掛かっている。其の事に、今回の意義が秘められているのだろう。
平成13年5月に、大山邦博氏(昭和3年1月25日生まれ・命名は早川宮司)が自宅の仏壇の前でお経を上げて居ると、突然自分の口から「大変だ、大変だ」との言葉が発せられ始め、何事かと想っていると、山の祠が目の前に映って来たとの事である。早速山の祠を見に行くと、祠が台の上から下に落ちていたので、掃除をして立て直したとの事である。
そして、丸一年が経過した14年5月31日の夜、「山の神を祭って下さい。」とのお告げが有ったので、6月1日にお参りをした。すると、今度は二日後の3日に、急に足が痛み始め歩けなく成ったので、鹿児島の霊能者に電話を掛けて、観て貰うと「泊如竹さんの霊が 掛かっている。」との事で、直ぐに泊如竹の廟にお参りすると、其の足の痛みが消えたとの事である。
(泊如竹は 屋久島聖人と呼ばれている 350年前のお坊さんで、旧暦の1570年1月17日生まれ〜1655年5月25日没・85歳)
私の動きにも、此の泊如竹翁は深い関わりがあるが、此処では其の事に付いては述べない。
現在、日本の天皇家は、男系血筋と決められているが、其れはイスラエルからの流れや、中国の皇帝制度の影響を受けたからであろう。処が、歴史を遡って見れば、元は大山祇神のおおらかさにより、受け入れられた事で、妻の里で国造りが行なわれた事が解かる。
古代の日本社会は、女性が中心の母系社会だったのではないだろうか。其れが、中国の財産管理をする為の、男性中心システムが入って来て、現代の様な男性中心社会に成って来たものと考えられる。
今朝のメッセージは、其の男性社会のシステムである「天津日嗣・あまつひつぎ」を、女性中心のシステムに取り替えろと告げて来たのではないだろうか。
今朝は、Aさんから電話が有り、同じ様に物の柄・棒を新しく取り替え、光が当る様にしろとメッセージが有ったとのこと。
更にAさんには、私より早く、今月12日には宍戸錠さんと、息子さんの開さんと、水前寺清子さんの名が出て来ていたそうである。そして、同じ様な意味が伝えられていたとの事であった。
何処の誰が、この様に物事を管理して、メッセージをコントロールしているのだろうか。
其れが、神の働きだと言ってしまえば、一言で片付いてしまう。しかし何故、其の様に全てを管理しているはずの神が、どうして、人間に頼まないで、自分の手で全てを解決しないのか、其処が変しいのだ。何故、神がそうしないのか。
其れは、人間が認識しない事を、神が行なっても無駄だと言うことであろう。
人間が自覚した事柄しか、此の世界では、現実化しない様に成っているのであろう。
此の三次元世界は、人間自身が物事を興さない限り、何も変化が起きないのである。
逆に言えば、悪い事でも遣りさえすればそう成るので、現在の様な社会が出来上がったのである。しかし、今の人間社会の有り様や、人間の生き方が、神の意志にそぐわないものと成っているのは、確かである。其処のところを、根本から遣り直せと告げて来ているのである。
今日、天皇家の在り様が話題に上っている。其れは、現在皇室に男の子が誕生しないので、女子に天皇の継承権を与えるかどうかに付いて、議論が交わされているからである。
確かに、女性にはスメラノミコトに成る能力は無い。其れは、女性と男性の脳の仕組みが違うからである。しかし、現在の世の中は、民主主義政治が行われているので、天皇はスメラノミコトの役割はしていない。だから、女性天皇が立っても、大して変わりは無いだろう。
「Y染色体が 大事だ」と云っている人が居るが、2千数百年遡れば、皆、婿殿なのだから、今回も婿を迎えれば同じ事である。ただし其れには、神の意志が反映されるかどうかである。もし神の意志が反映されないで、人間の勝手で事が済まされれば、天地のバランスは今以上に、変しな事に成るものと考えられる。
今朝のメッセージは、それらの事も含んだ上で、是からの神柱をどう立てて行くかを考えろとの事であろう。現代社会は、昔と違い、インターネットが完備されているので、大きな権力中心の機構は必要ない。上から下への、命令系統は必要ないのである。
必要なのは、緻密な情報に拠る管理システムと、其れを自由に使いこなせる、人脈のネットワークの存在である。
昔は、単一の民族や、部族毎に、スメラミコトの役割をする人間が居たのである。
現在の社会の様に、政治機構がなくても、自分の民族の中に、スメラノミコトが一人存在して、部族間のコミュニケーションが計られれば、其れで良かったのである。
古代では現在社会の様に、他民族の事まで管理しなくてよかったのだ。
しかし現代社会は、世界が大きな組織のもと、情報で繋がっていて、政治的にも経済的にも、単独では上手く事が進まない様に成っている。現在の組織は、アメリカが中心的役割を担っているかの様に見受けられるが、政治は大きく治める者が、最後には疲弊して潰れるのが、古今東西の歴史で証明されているので、出来るだけ早く、小さな組織の連合体に組み替えなくては成らない。
其れが、母系社会的な機構である。人間の社会は、政治的に動き出せば、軍備中心に陥り易く成る。其れを、家庭中心の文化国家に変えて行けば、軍備よりも、環境中心の国家体制に持ち込み易い。今朝のメッセージは、地球の自然環境を大事にし、家庭中心の平和な社会を構築するように、神が支持を与えて来たものと考えて良いだろう。其れが、日本列島に今まで根付いて来た伝統文化である。其の頂点に、スメラのミコトが存在したのだ。
今朝は、其の伝統の中心軸を、新しく立て直せと言って来ているのだ。その実現に早く取り組む事が、神の協力を受けられることでもあるし、神を喜ばせる事にも繋がるのである。
大山祇神とは、地球の地殻や、水を管理する大蛇の神である。天照神の太陽の様に、ただ見ているだけの神の働きではない。実祭に行動を起こす、力を有した神である。其の神の働きが、動き出しているのだ。
6月11日の儀式が済めば、何かの動きが明確に成って来るだろう。
平成18年5月29日
礒 邉 自 適
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