2009/2/22
共 生
21・2・22
今朝は、車のバッテリー量が少ないので、久し振りに、宿舎から事務所までカメラを提げて歩いて来た。そして歩きながら、自然を見ると、楠の芽やタブの芽が芽吹き始めている。其の、幾つかの木の芽をカメラで撮影して居ると、鶯が鳴き出した。今年初めて聞いた鶯の声である。もう、春は其処まで迫っている様である。
「草木の新芽」http://wave.ap.teacup.com/894019/995.html
今朝の題を「共生」としたのは、其の、木の芽吹きや、鶯の声を聞いたからではない。今朝のメッセージは、農協(農業協同組合)から私に、「10万円支払うから 幾つかの文章を 修正してくれ」との連絡が有り、私が其の申し出を、引き受けるかどうか迷って居る場面であった。
其れは、1昨日「なぜ自然農法か」の文章を、リンクした事に関係が有るのかも知れない。其の文章に書いて有る事が、実際に全国に拡がれば、1番ダメージを受けるのは農協だからである。私も長年農業をして居たので、農協と農家の関係は良く解かっている。農協は、最初は農家自体が、商業家からの搾取を減らす為や、助け合いの為に1948年(昭和23年)、造られた協同体である。其れが現在では、農林省の末端組織の役割を果たし、自民党の票田と成り、生命保険や災害保険などを運営し、農家を利用した金融機関と成ってしまっているのである。だから、私の様に農協を脱退して、化学肥料や農薬を使わない自給自足の生活が始まれば、1番困るのは農協組織なのである。
昨日のメッセージには、漁船を所有している漁業の男性が現れたが、今朝農業に関する事が告げられて来たのは、事代主の父親である、国造り神であり農業の神・商業の神である大国主命の御霊の働きが現れての事であろうか。
私は26年前の3月18日に師に捜し出され、次の年1984年3月5日から、酒・煙草・肉・化学調味料・白砂糖等の、身体に悪い物を全部止め、玄米自然食生活に切り替えた。そして、養殖の魚(ハマチ・ブリ・鯛など)や、養鶏場のケージ飼いのブロイラーや卵を、身体が一切受け付けなく成ったのである。おまけに、養鶏所の近くを通ったり、ブロイラーを積んだトラックと擦れ違ったりすると、自分の身体の骨が軋む様に、痛みを覚える様に成ったのである。
其の傾向・兆候は、現在では、私のパワーが落ちて来ているので現れ無く成ったが、其れでも、スーパーで買って来た卵と、ブロイラーの肉で作った茶碗蒸しや、養殖ハマチ等を食べると、数日體の調子がとても悪く成るので、其れ等の養殖物は現在でも食べない事にして居るのである。
そうは謂っても、全国民が養殖魚を食べなく成り、天然の魚を欲しがる様に成れば、海の魚は獲り尽くされて全滅してしまうだろう。現在、野生の鴨等が増えているのは、容易に鶏肉が手に入るので、無理に野鳥を捕獲する必要がなく成って来たからでもある。
現在の養殖魚の実体は次の様に成っている。─引用開始─
・・・水産試験研究機関の研究成果等も踏まえた,新しい魚種の養殖技術が次々に開発され,その結果,養殖対象種は急増しました。漁業・養殖業生産統計年報に記載されているだけでも50種近くあり,統計に載らないマイワシなど,生産量の少ないものも含めると,現在では海産,淡水産を合わせた養殖対象魚介藻類は70種類を優に超え,必要とあればさらに多くの種類の養殖が可能になると考えられます。・・・
「我が国の養殖業について」http://nria.fra.affrc.go.jp/youshoku/youshoku.html#4
養殖と言っても、ホタテや牡蠣の様に、人間が餌を与えなくても、自分で海中のプランクトンを餌として食べる物や、海苔や若布の様に山から流れ込む植物プランクトンや、フルボ酸鉄などを栄養として生きている物は、養殖と言っても、人間が餌を与えている分けではないので、パワーは天然物より落ちても、身体には左程悪くはないのである。
処が、海の海苔や若布に対して、陸地に栽培する作物は、化学肥料や農薬を大量に使う物が有るし、ハウス栽培の物は季節から外れており、身体に良くない物が多く有る。其れは、夏の暑い時期に食べる西瓜を、冬寒い時期に食べたりする事である。
私が、今朝の題を「共生」としたのは、其れ等の生き物と、人間の関係性を考える為である。人間が、現在共生している生物は、米や麦等の穀物を含む農作物だけではなく、パンや酒類などの醗酵菌や、荷役に使う馬・牛・ラクダ・ロバ等の家畜や、犬や猫などをも含むものである。
人間は、野生の、馬や、牛や、ラクダ・ロバ・象を飼い馴らして労働をさせ、狼を飼い馴らして番犬に使い、山猫を家の中に飼って鼠捕りをさせたり、乳牛や山羊などを飼って乳を搾ったりして来た。其れ等の行為も、1つの「共生」と言えるかも知れないが、其れ等は、其の動物の特性を上手く人間が利用しているだけで、真実の「共生・キョウセイ」ではなく「強制・キョウセイ」の結果である。
其れは、山鳥が人間に飼い成らされて「庭の鳥・にわとり・鶏」と成っていた物が、現在は何十万羽も冷暖房の中で、「小屋鳥・こやとり」として、1日も太陽の光に当る事も無く、地面を歩く事も無く、恋をする事もなく、ただ、卵を産む機械や、穀物が肉に替わる道具として利用されているだけなのである。其れは、本当の共生とは言えないであろう。
「共生・キョウセイ」の言葉は、日本語で読めば「共に生きる」である。其れは、お互いが自分の本性に因って、協調して生きるとの意味ではないだろうか。其の意味で考えると、今1度、現在の人間の在り方と、他の生き物の在り方を考え直す必要が有るだろう。現在、1番問題に成っている事は、人間が無理矢理に広葉樹林の森を皆伐して、杉の植林をしてしまった日本の山の状況である。其れは、杉の木と人間の共生関係だと、簡単に謂える様なものではない。其の、人間の行為の間違いが、いま現れて来ているのである。
話しは、漁業から農業に到って、今度は山林の事にまで発展してしまった。其れは、宮城県気仙沼の漁師「畠山重篤(ハタケヤマ・シゲアツ)」の、「森は海の恋人」の本でも明らかにされているが、「海」と「水田・畑」と、「山林・森」は1連の繋がりが有り、切っても切れない関係が有るからである。何故なら、現在の地球上の全生物は、水の循環に支えられており、森林がなければ其の調和を失うからである。
「森は海の恋人」http://www.kakinomori.jp/
「放送畠山重篤出演」http://www.flintstone.co.jp/20011028.html
此の畠山重篤氏は、屋久島の森にも取材に来ている。屋久島は丸い島なので、宮城県の様なリアス式海岸が無いから、気仙沼の様な養殖は出来ない。有るのは、海水を引いた循環式の車海老の養殖場だけである。其の屋久島で、大量に捕れるのは黒潮を回遊する飛び魚と、屋久島近海で産卵するゴマ鯖である。だから私は、養殖の魚は小さい時から殆んど食べてはいない。
しかし屋久島は、自然環境は豊かであっても、大学校や大きな図書館などが無く、教育環境には恵まれていない。そんな環境の中で育った私が、この様な意識段階に達したのは、両親の意識レベルや、18年間の旅の結果であり、PCやITの存在の御陰である。そして、是から此の屋久島に文化系の人々が訪れ、世界に向けて新しい価値観が示されて行くのであろう。其れが、いま屋久島に集まりつつある精霊の目的でもあるのだろう。
昨日は、弘法大師空海の月命日だったが、今日は聖徳太子の1446回忌である。彼等の思念がいま、此の三次元世界に改めて何かを創出しようとしているのであろう。其の手助けとして、私の存在が有るのである。
どうやら、此の文章の雰囲気からは、今朝のメッセージに有った、農協からの申し出を受ける気は、私の意識にはさらさら無い様である。
今朝は、1人自然の中を散歩しながら今年初めて聞いた鶯の声は、今年の春の訪れだけを告げるものではなく、新しい時代の息吹きを感じさせる力が有った。其れは、私の気持ちが勝手に捉えた感覚かも知れないが、人類全体の潜在意識が、ある段階に達して来た所為なのかも知れないのである。
平成21年2月22日
礒 邉 自 適

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