2008/11/4
食国の政の長・おすくにのまつりごとのつかさ
20・11・4
今朝のメッセージには、名前を書き込む欄が、縦横4枠16に仕切られて現れ、左から2列目の、上から2段目の所に「照照○○」と書かれていて、「照る照る待ち」との意味が伝えられて来た。そして、人間の眼が横に3個並んで現れた。
其の「照照○○」は、「照る照る神社」の意味で、其れが認可される事を、神霊達が待っていると言う事の様である。そして、其れが認可されて活動が始まれば、3つの眼が開かれるとの意味であろう。
いまの私に、其の情報から導き出される答えは、鹿児島市に有る代々の島津家当主が宮司を務める「照国神社」の事か、「天照国照彦天火明櫛玉饒速日命」(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)の名の「天照る国照る」に関係が有り、政治的な事が始まるのを、神々が手薬煉引いて待っているとの事である。
日本の伝統文化の基礎は「食国の政・おすくにのまつりごと」と謂って、政治を行う者は「御饌殿・みけどの・台所」の神を祭り、自分の日々の食事に気を使う事である。其れが、天皇家の1番大事な伝統であり、其の儀式が11月21日に行われる新嘗祭の祭り事である。其の新嘗祭の儀式は、奈良の石上神宮の物部の伝統儀式であり、11月21日は「天照国照彦天火明櫛玉饒速日命・ニギハヤヒ」の命日である。
其れは、持統天皇(645〜702)が、「父親(天智天皇)」や「夫(天武天皇)」や「甥(弘文天皇)」等の政権争いを見て居る事に疲れ、当時18部族が在ってばらばらであった風俗を、1本化する為に日本書記を編纂し、物部の儀式を中心に据えて纏めた事が原因であろう。其の政(まつりごと)が、現在まで天皇家の儀式として続いているのである。
だから、日本の伝統文化の基礎は「食国の政(まつりごと)」に有り、日本の「天皇・すめらのみこと」の役割は、其の「食国の政の長・おすくにのまつりごとのつかさ」を務める事に有るのだ。だから天皇とは、テニスの稽古をしたり、外国に留学して英語等を習っている暇など無く、恋愛感情などを政(まつりごと)に取り込んでは成らないのである。将来天皇に成るべき皇太子は、殿下として伊勢神宮で神の修行をして、自分の治める事に成る国を、自由な身の内に見て歩く、旅をしなければ成らないのである。其れが、「大国主命」や「ニギハヤヒ命」や「ニニギ命」の若い時の姿である。
其の「「食国の政(まつりごと)」は「饒速日命・にぎはやひのみこと」から始まったものではなく、出雲の熊野大社からの神事の延長である。熊野大社の神は「(神祖熊野大神櫛御氣の命・かむろぎくまのおおかみくしみけぬのみこと)」で食べ物の神であり、素戔鳴尊の別名とも成っている。受け餅の儀式「保食神・うけもちのかみ」で、「出雲大社(杵築大社・杵で餅を搗く社の意味)」から、熊野大社に餅を納めるのも其の為である。そして、伊勢の外宮の「豊受神・豊う氣(食べ物)神」も、和歌山の熊野本宮と那智熊野大社の祭神である「家津御子大神・けつみこおおかみ(氣つ御子)」も、出雲の「熊野大社・くまのおおやしろ」の分け御霊である。
其の「櫛御氣・くしみけ」に成功すれば、「ブッダ・仏陀・素目羅命(すめらのみこと)・スメラ王・皇大神(すめおおかみ)」と成れるのである。其れは、肉眼である両目の他に第三の目が開いて、意識の目線が3つに成る事を意味している。其れが、釈迦牟尼佛の訓えの真髄である「精進」の世界なのである。
日本の神話では、「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」が「小戸のあわぎ原」で禊ぎを行って生まれた「神・はたらき」は、右目と左目の神で、次は鼻の神である。だから、中心の所に位置する「第三の目の神・はたらき」は生まれてはいないのである。しかし、其の代りに、「いのち・DNA」の鎖を意味する「スサ」が生まれている。
其の「DNA・生命情報」を、覗き観る目が「第三の目・いずの目・ラーの目(籠目)」なのである。其の目は「阿弥陀・大日如来・エホバ」の視覚として、森羅万象を見詰めているのである。
そして、其の森羅万象の先端に、此の地球生命が存在し、緑・翠・碧 色として振動しているのである。
今朝のメッセージでは、其の三つ目が揃う場所が「照る照る○○」の認可の下りる所なのである。其の○○は「神社」であるが、既存の建物の有る「○○神社」ではなく「神社(神々の集まる所)」の意味であり、其の場所は是から新しい村造りが行われる土地の事で、其の土地の開発許可の認可が下りるのを待つの意味であろう。
いま電話が有り、其の村造りの1部(3300坪)の登記申請が、今日法務局に提出される事の連絡が有った。其の村の土地全体は、海山方向に530mで、横幅が約200mで大体3万3千坪である。其の村造りの認可が下りる日を、神々待っているとの事であろう。其処に、釈迦牟尼佛の念願が適う「祇園精舎・ぎおんしょうじゃ」が建設されるのである。
「祇園精舎」の名の意味。 ウィキペディア辞典
名称の意味は「祇陀(ジェータ)太子の森(Jetavana)」と、「身寄りのない者に施しをする(Anathapindada)」という言葉を並置した物であり、以下の由来による。
インドのシュラーヴァスティーにスダッタ(須達多)という、身寄りのない者を憐れんで食事を給していたため、人々から「給孤独者(anathapindada)」と呼ばれていた富豪がいた。
ある日、スダッタは釈迦の説法を聞いてこれに帰依し、彼に説法のための寺院を寄付しようと思い立った。 そして見つかった土地が、ジェータ太子の所有する森林であった。その土地の譲渡を望むスダッタに対して、ジェータ太子が「必要な土地の表面を金貨で敷き詰めたら譲ってやろう」と戯れで言った。しかしスダッタが本当に金貨を敷き詰め始めたため、ジェータ太子は驚いて、そのまま土地を譲渡し更に自らも樹木を寄付して、寺院建設を援助した。
これ故、この僧園はジェータ太子と給孤独者スダッタ両者の名を冠して祇樹給孤独園と呼ばれ、そこに建てられた精舎を祇樹給孤独園精舎と称するようになった。
其の村造りの場所は、たんに釈迦仏教の世界だけではなく、「ルーアン・Rouenの道」として、イタリア国シチリア島生まれのカトリックの宣教師である、シドッチの上陸地点から山に伸びる道であり、屋久島の神々の通り道でもある。
「ルーアンの道」http://green.ap.teacup.com/20060818/764.html
愈々、神界の動き・働きの中心軸が決りつつある様だ。其れは、神武天皇の霊系の南の流れではなく、「素戔鳴尊(櫛御氣の命・くしみけぬのみこと)」から「大国主命」を通して、「櫛玉饒速日命・(くしたまにぎはやひのみこと)」に引き継がれた「食国の政(まつりごと)」である。其の元は、「素戔鳴尊(櫛御氣の命)」の妻である「櫛稲田姫・くしいなだひめ」に有るのではないだろうか。
そうであれば、3名の神名に付いている「櫛・くし」の名にこそ意味が有り、「櫛玉・くしたま」「玉櫛・たまくし」奉納の儀式が1番重要な意味を持つと言う事に成ってくる。
そう成れば、大陸から渡って来た天津系の文化ではなく、素戔鳴尊が婿殿と成った「櫛稲田姫(くしいなだひめ)・久志伊奈太美等与麻奴良比売命(くしいなだみとよまぬらひめ)」の実家こそ、其のルートであると言う事に成る。櫛稲田姫の両親は「手名鎚・てなづち」「足名鎚・あしなづち」で、出雲の斐伊川沿いに有る温泉神社の祭神であり、大山祇神の系統である。
有名な神話に有る「素戔鳴尊」の伝説には、「八岐大蛇・やまたのおろち」を退治して櫛稲田姫を救った。と有るが下記の話しを参考にすると、素戔鳴尊は大山祇神八柱を退治して櫛稲田姫を奪った事に成る。
大山祇命は八柱の山神を統べ、又山を主宰し給う神で大山津見命とも記す。
御名義、山津見は山津持にて山を持ち司り給う意。大は多に山の部分を知り分け持つ八柱の山神(正鹿、O淤藤、奥、O闇、志芸、羽、原、お戸山津見神)の上に坐してこれを統べ、又山の総てを総覧主宰し給うを讃えたのである。而して通例、山獄の守護神として祀られている。(『伊那の御祭神(小笠原 賢太郎 著)』より抜粋)
此の様に、神々のルーツを探って行くと、櫛稲田姫の次元まで遡って事を考えて行かなければならない。そうであれば、やはり稲田にまで暮らしを返さなければ成らないだろう。稲田の祭りが行なわれている所は、伊勢の奥宮である「磯部の宮・伊雑宮(いざわのみや)」である。そして、大国主命の次男である「建御名方神(たけみなかたのかみ)」の諏訪の春宮と諏訪神社の間に、稲の苗を栽培する「御作田社・みつくりだ社」が有る。そして、阿蘇の一宮の阿蘇神社にも、諏訪の春宮と同じ早苗を神輿に投げる儀式が行なわれる。
「御作田社」http://moon.ap.teacup.com/20051112/55.html
其の事を考えると、屋久島でも稲田の祭りを、復活しなければ成らないだろう。奇しくも、3日後の7日には夕方6時半から14名集まり、船行地区に有る13ヘクタールの休耕水田の団地化に付いて、話し合いが行われる。段々と事は具体的に進み出しているのだ。
いま、アメリカのカリフォルニアの寺田登美枝さんから電話が有り、アマゾンの植林が終って帰って来たら、私の文章の本格的な翻訳を始めると云って来た。大学に通っている娘さんが、イラストを描けるとの事なので、案外巧く事が進むのかも知れない。
其れに、先ほど神奈川の高橋智恵美さんからも電話が有り、今朝のビジョンで日の丸の旗が出て来て、其の日の丸に君が代の歌が書かれており、其の旗を背中に貼り付けられて、大勢の民衆の中に押し出されたとの事である。
昨日は、母親から半年振りくらいに電話が有り、私の29歳の息子が聖教新聞の1面のニュースに出ていると云うので、今日、近所の知り合いの家に行って、昨日の新聞を貰って来た。其の記事には、九州大会で「創価鹿児島サザンブレイズ」(名越海生楽団長)は金賞を取って、全国大会へのキップを手にした。と載っている。
何かと、周りが回転しつつある。24年前に、師に云われた事が、段々と現実味を帯びて来ている様である。
平成20年11月4日時00分
礒 邉 自 適

0
※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。