2008/9/10
神の家に帰り着 く
20・9・10
今日の日付は、カトリック暦では2008年9月10日なので、「8・9・10」と順番に並んだ事に成る。其の数霊と、関係が有るのかどうかは判らないが、今朝は初めて私の意識は神の家に辿り着いて座って居た。其れは、私の意識が「帰命・ナム・アーメン」した事に成るのだろう。
宗教の本質とは、「宗教」の単語が「宗(おおもと)の教え」との意味であり、其れは明治維新で西洋文化を導入した時に、英語の宗教の単語である「リリジョン・religion」の意味の「再び神と結ばれる」を、日本の神の概念と同じであると考え、「宗(おおもと)の教え」と訳した物である。
其の根拠は、日本の神(目に直接見えない働きの意味)は、人間は自分の罪穢れを禊ぎ祓いすれば、「神・かみ・カム」其のモノに成れると考えられていたからである。だから「再び 神と結ばれる」との概念は、日本のおおもとの教えと同じであるとされたのである。
其れを、其の様に訳した明治の学者が誰であるのかは判らないが、其の人物は、仏教の「帰命・ナム」の概念にも影響されていたのかもしれない。若しかしたら、其れよりも更に深く根本原理を知って居たのであろうか。
日本語の「いのり」には、漢字の「祈・キ」を使用しているが、祈の「示+斤」の組み合わせは、祭壇の前で足を折り曲げて、祈りをして居る人の姿を、横から見た映像の象形文字である。しかし、以前は「祷り」と書いていた様である。「祷・とう」は「示+壽」の組み合わせで、「壽・ジュ」は「長く連なる。ひさしい。」の意味であるから、「祷」は「神を祭る祭壇の前で 永遠の時間・トキを想い願う」との意味合いである。
そして、日本語の「いのり」の「いの」は帰るの意味である。現在でも、地方の方言では、家に帰る事を「ぼつぼつ家にイノ」と云うので、「いのる」の日本語は「帰る・還る」の意味であり、「祷る」仕種は、神仏の懐に帰る為の、精神的な儀式を意味しているのである。其れは、ミレーの晩鐘に描かれている、夫婦の祷る姿にイメージが重なるモノであり、神に対する感謝の意味合いも含まれているのである。
本来の祈祷とは、商売繁盛や合格祈願等の欲望を煽るものではなく、自分や家族の罪穢れを祓い、病気などの悩みを祓い取る事、詰まり精神的な癒やしを意味しているのである。「癒・ユ」の漢字は「病+舟+刃物+心」の組み合わせで、「丸木舟の中を 刃物で削り取る様に、相手の病を削り取って 心を安らかにする」の意味である。だから宗教とは、相手の悩みや不安を取り除いて、安らかにして遣るべき世界であるから、戦争などを起して平和を乱す事ではないのである。其れ等は、現在の宗教とは反対の所にあり、聖戦とかは本来の宗教には在り得ないのである。
其の様に考えると、私が今朝到達した映像の世界は、「宗教・リリジョン・religion」の究極の世界だったのであろう。今朝の私のビジョンは、私の意識が、様々な色彩をした植物の葉に包まれた世界に在り、静かに座って其の感触を楽しんで居た。
其の世界は、老子の謂う「恍なり惚なり 惚なり恍のなり」の、薄紅色と言うか、桃色の光の粒子の中に包まれ、自分が光か、光が自分かの区別が着かない恍惚感に浸っている世界ではなく、其の光のエネルギーが、あらゆる植物の葉の形と成り、美しく光彩を放っている世界である。だから、恍惚世界から1歩、物の世界に踏み込んでいると謂えるだろう。
私は、其の余りの美しさと、気持ち良さに、此処は何処だろうと想って、周囲を見渡すと、其処は神の家の中である事が解かった。其の家は、壁や屋根は無く、ただ家の形に木の枠が組まれているだけであった。私が、其の家の形をしている木の枠組みを見て、「神の家の中に座っている」と理解したら、其の木の枠組みは消えてしまい、元の美しい木の葉だけの世界に成った。
次の場面は、里の水辺に美しいピンク系の装いをした女神が立っており、山の上を見ると青い色を基調とした装いをしている観音菩薩が立っており、右横を見ると実が実っているバナナの木を背景にして、男性のブッダが最高の表情をして座っていた。
此の映像の意味は、大地を司る神は女神であり、水が流れる里の管理はサラスヴァティ(宗像三女神)が行い、山岳は観音様・菊理姫(奥津・中津・辺津)が管理しているとの事ではないだろうか。そして、意識と謂うか、理論や悟り(7光)の世界は、仏陀やスメミマの男神が司っていると謂う事である。
其れを数字的に表現すれば、女神が3で、男神が7で、3組合わすと「3・3・7」と成る。
次の映像は、何処かの演劇場で女性歌手が舞台で歌を唄う場面であった。会場には、男性客が大勢来て観客席に座っている。そして、女性歌手が舞台に現れたのだが、司会者が上手く司会進行が出来ないので、歌手は歌い出せないで困って居るのである。
私は首にカメラを提げて、写真を撮って居たのだが、其の状況を黙って見て居られなく成り、舞台の上に出て行って様子を探った。すると、司会者がメモっているのは、過去に流行った歌の資料だけで、女性歌手が歌おうとして居る新曲の題名も、其の歌のエピソードも書いていないのである。それで司会進行が出来ないで、歌謡が始まらなかったのである。
其の意味は、女性歌手が弁財天を意味しており、弁財天は新しい歌詞を創作し、新しい曲を演奏したいのに、司会進行係の男性が昔し流行った歌の情報しか知らないので、先に進めないとの意味であろう。其の、昔し流行った歌・詩とは、2600年前の釈迦のお経や、2000年前のイエスの聖書を意味しているのではないだろうか。
イエスは、ヨルダン川の水で禊ぎをして精霊に満たされ、釈迦は、池で水浴びをしてから悟っている。其れは、どちらも、水の神である「弁財天・サラスヴァティ」の力に拠って、弁舌の世界に目覚めた事に成るのである。だから、是から新しい歌詞を歌う事に成る男性神も、水に拠る禊ぎを済ませた男性であると謂う事に成るのではないだろうか。
そして今朝最後に現れたビジョンは、60歳ぐらいの右目を大きく見開いている男性の右顔が現れ、私を其の右目で視て、目線が合ってから向こう側に消えて行った。其の目の表情から察せられる人物は、達磨禅師である。と謂う事は、バナナの木を背景に座っていた男性は釈迦牟尼佛で、達磨の意識は、其の釈迦牟尼佛の真実の姿を見たとの事を、私に知らせたのかもしれない。であれば、今朝私が帰り着いて居た神の家に、私を案内したのは猿田彦神ではなく、達磨禅師であった事に成る。其れは昨日書いた、釈迦の弟子が81代目にして、カルマが解かれたとの事が当っていたのではないだろうか。
「人間の仕種を身に付ける」http://moon.ap.teacup.com/20060507/6.html
達磨さんが笑ったhttp://star.ap.teacup.com/170606/887.html
考えて見れば、私が1985年の7月2日に全国の旅が丹後半島の網野町で終わり、3日の朝、宿の木津館の主人に案内されて、着いた処が禅宗の龍献寺だったのである。其の龍献寺の住職である安井桂造氏の紹介で、新しい人脈に繋がり始めたのである。
其れまで、全国の旅の案内をしたのが猿田彦神であったので、7月2日を持って私の案内役は猿田彦神から達磨禅師へとバトンタッチが行われた事になる。其れは7月2日で、肉体的な旅から、精神的な旅に切り替わった事を意味している。私の旅を、其れまで支えていたのが猿田彦神である事を知ったのは、北九州市小倉の旦過市場の近くにある小さな猿田彦神社での出来事からである。
猿田彦の神http://star.ap.teacup.com/170606/1078.html
猿田彦神社 http://star.ap.teacup.com/applet/170606/303/trackback
人間の深層心理http://moon.ap.teacup.com/20061108/390.html
先ほど埼玉の高橋伸氏より電話が有り、今朝見たビジョンの内容を知らせて来た。今朝高橋伸氏が見たビジョンは、何処かのコミュニケーション-センターらしき建物の会場に、明るい光の世界を求めて、中年の女性ばかりが押しくら饅頭の様に、ギュウギュウに澤山集まっており、霊能者的人物が登場するのを待って居たとの事である。
其れは、私が見た女性歌手が歌う会場に男性客が集まって居たのとは反対で、人気の有る霊能者の男性の講演に、澤山の女性が集まっている様子を示している。
其れは、男性を集めるのは女性の力で、女性を集めるのは男性の力であるという事になる。
此処まで書いたら、急に睡魔が襲って来たので事務所のソファーに横に成ると、何処かの森の中の、水が流れる谷川の丸い花崗岩の岩が現れて来た。そして、其処の岩の上が神の座であり、其処に座れる者は、其処に2度達した者でなければ成らない理が、文章にて示されて来た。
其のビジョンの意味は、文字が読める者である事、そして一度其処に達しただけでは駄目であるとの事である。其れは何故かと謂うと、一度だけの体験では、其の人自身が其の事に取り組むのに一生懸命で、自分が何を行っているのか、客観的に観る事が出来ないからである。処が同じ人間が、同じ場に2度目に立つ時は、前の体験が参考に出来るので失敗もしないし、1度目とは違い、拠り良き道の選択が出来るからである。
だからこそ「転輪聖王・チャクラブルティン」とは転生を必要とするのであろう。
其の映像に現れた場所は、以前大阪に出かけてホテルに泊まった夜に、ビジョンに出て来た谷川の岩であり、以前には其の岩の上に3匹の「豸・チ」が居て、其の中の豸がピョンピョンとリズム的に飛び上がって居た場所である。しかし今日の映像には、其の岩の上には豸の姿は見られず、其の豸の霊魂・たましいが私の中に在って、私を其の岩場に上げ様と働いていた。私は、其の意識に逆らいながら、其の場所こそ、出雲で言う「熊熊しき谷」である事を理解した。「熊熊しき」とは、「神神しき」との意味で、「熊野大社・熊のおおやしろ(神祖熊野大神櫛御氣の命・かむろぎくまのおおかみくしみけぬのみこと)」の「神」の意味で、「くま」の気配が強くする谷の意味である。
豸(かいたい) http://moon.ap.teacup.com/20061108/87.html
左の門を出た http://moon.ap.teacup.com/20060403/66.html
其れは、大陸から持ち込まれた神ではなく、日本列島に古くから住む蝦夷やアイヌの神である。「熊熊しき谷」こそ、アイヌ語の「カムイコタン・神居川谷」と同じ背景を持つ言葉であり、沖縄文化の神祭りの場である「御嶽・ウタキ」にも通じる世界である。それこそが、アニミズムの原点であるのではないだろうか。そして、其の世界には、背景に同じ決まりが存在する。其の決まりとは、「神の棲む 神聖なる地は 木の枝を折ったり 苔を剥いだり 落ち葉を除いたりしてはならない」と謂う事である。
出雲の「熊熊しき谷」の入り口には、素戔鳴尊と櫛稲田姫の長男である「湯山主」と、妻の「木花知流比売命 (このはなちるひめのみこと)」が祭られている神社が有る。木花知流比売命は、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)と姉妹で、大山祇神の娘である。其れを考えると、今朝の映像に現れた女神は其の2人であり、右側に座って居た男性はインドまで飛んで行って、釈迦の霊魂・たましいと成った「大山祇神・大己貴(おおなむち)・大物主」だったのかもしれない。そうであれば、今朝の木の葉の褥は「木の葉な散る姫」の木の葉の世界であり、私の意識は「森依体・グリンマン」として、素戔鳴尊の霊魂と成っており、長男の嫁ごに大事にされていた事にも成るのだ。
神の世界は、時節毎に同じパターンで繰り返されているので、「神・はたらき」が重なって来るのは、当然の成り行きである。其れは、年の始めに立てられる、譲り葉に其の訓えが秘められているのだろう。
今朝、私が到達した神の住む家とは、其の事象の決まり事が秘められている、聖なる森の情報が集約された異次元空間であったのだろう。其処に、私が案内されたと言う事は、私が豸の霊魂・たましいを内在したからであろう。だとすれば、決まり事を秘めた聖なる言葉を判断する、天秤計りの重石調整の権を、私が手にした事に成る。其の意味は、私が此の世界に入った時に、神に持たされた杖が、真実の力を発揮する時が来たとの事ではないだろうか。
9月15日は敬老の日であるが、大山祇神の8月の研究会の日でもある。そして17日からは、3組の人間が屋久島入りをする。いよいよ其処から、具体的な動きが三次元世界に現れて来るのではないだろうか。
今日の昼間の映像で、私の意識は1点に絞られて来た。其れは、自分の中に内在された、言葉の番神である一角獣の角先にである。其れは、神社の鳥居の左側に座っているユニコーンと同じ意味を持つ。是で、私は他人の行動や、言動に対して簡単に「吽・うん」と頷く事が出来なく成った。
其れは、最早12時間も経たない内に、神の家から出されて仕事場に復帰している事に成るのである。
平成20年9月10日3時45分
礒 邉 自 適

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