2011/8/10
更なる進化の為に
23・8・10
広島・長崎の原爆投下の悲劇から66年が過ぎ、人間の意識は更なる進化に向けて動き始めた様である。其の意味では、平和利用目的の原発が此の日本国で事故をお越し、人間の科学に限界が有る事が認識出来た事は、日本人にとっては大きな学びであり、次なる次元への出発の為の、踏み台に成ったのではないだろうか。
今朝は、愉伽さんのビジョンに緑色のミミズが1匹現れ、次に父親の姿が現れて、花束をプレゼントして来たとの事である。其れから、子供達が大勢現れて、大空に伸びている梯子を登る競争を始めたとの事である。
緑色のミミズは、森の緑を意味し、大地を耕しているのはミミズである理・ことを示唆しているのであろう。ミミズの名の元は、ミミズの身体の全身が音を聞く為の感覚器官と成っているからである。つまり、ミミズは「耳素・みみす」であり、聴覚の素・モトを意味しているのであろう。
其のミミズの名を付けた人物は、ミミズを餌としているモグラが、ミミズの臭いを嗅ぎながら穴を空けて前進し、ミミズの居場所の2〜1mくらいの所までモグラが近付くと、ミミズはモグラが土を掻き分ける振動を感じ、危険を察知し、地表の落ち葉の上に出てしまうのを、観たからであろう。
其の緑色のミミズは、日本の神社で唱える「大祓い祝詞」に、「神は 高き山 低き山の 草草の影に・・」と有る事に関連しており、神の働きが何処に有るのかを示して来ているのであろう。
其れは、真実の神は、神社の建物の中に住むのではなく、湿気の有る深い森の中に棲むと言う理・ことを示している。
アイヌの風習では、神の住む聖地は「枝を折ってはいけない。落ち葉を掻き分けてはいけない。苔をむしってはいけない。」とされている。其れに、イエスキリストの言葉にも、「あなた方は 神は何者かと訊かれたら 此の大自然 其の物であると 答えなさい」と有る。
其れ等の事を考えると、我々は釈迦牟尼仏陀の様に、深い森の中に身を潜める必要が有ると言う理・ことに成る。
其の理・ことに気付いた愉伽さんには、天の父・ファーザー【Father】が花束をプレゼントすると言う事なのかも知れない。
そして、大勢の子供達が、天への梯子登りを競う場面は、皆がFatherに会う事に憧れる理・ことを意味しているのであろう。
西洋の古い宗教画には、必ずと言って良い程「白百合」と「窓」と「梯子」が描かれている。其れは、白百合が「清純・無垢・純粋」を意味し、窓は「異次元・四次元・別の世界」を意味し、梯子は「神への階段・螺旋」を意味しているのである。
其れは、神の世界に通じる大事な三大要素である。
其の梯子と、同じ物が、日本の神社の有る山頂への階段や、神社の社・やしろの施設の拝殿から、奥の神棲む高殿社まで16段有る階段であり、「伊邪那美命・いざなぎのみこと」から「天御中主神・あめのみなかぬしかみ」までの、17神名の階梯の意味でもある。
其の愉伽さんへのメッセージを考えると、現在の学校教育では、宗教画の意味も教えないし、神・天へ登る梯子の意味や、神社の社の階段の話だけでなく、人間の意識に学びの階段が有る理・ことなどは、一切教えない事に気付く。
だから、現在の人間は「性格」の言葉の意味も解らないし、花嫁が何故「角隠し」を冠り、白無垢の衣装を身に付けるかの意味も知らないのである。
さて、今朝の私のメッセージの映像は、始めに、私が森の滝の所で休んで居ると、大きな白い雄犬を連れた男性が散歩に遣って来た。私が其の犬の勢いに恐れて逃げようとすると、其の男性が「大丈夫ですよ」と云って、危害を加える心配が無い事を示したので、私は近くに止まっていた。
すると、其処に別な小さな白い雌犬が遣って来て、お互いに臭いを嗅ぎ始めた。
そして、雌の方が発情していて、体格の差にめげずに、何とか交尾に成功した。
そして、其の結果として数匹の子犬が誕生した事が示され、何故か其の内の一頭が白い若犬として、森の高い木の梢に登っているのである。
其れは、実力の有る雄猿が自分の群れから出て、他の群れのボスに戦いを挑んで、其の群れのボスに成る為の修行に、日々明け暮れている姿とダブっていた。
そして、二頭の体格の違う白い犬は、元は茶色の狐と同じ生き物の番・つがいから生まれた物であり、色々な種類に進化して来た物である理・ことが示された。
其の映像の意味は、動物が全て雌雄のつがいから生まれて来た物である理・ことを示しており、長い時間を掛けて、姿かたちを変化させて来た事を示しているのであろう。
次の映像は、私の意識は高い所に在り、天上界の母神から生み出される美しい人々の姿が映し出されて来て、「内面・ハート・精神」も美しく、「外面・ボディ・肉体・プロポーション」も美しい事が必要である理・ことが示された。
其の。美しい人々の日本人の中に、私自身の姿も混ざっており、私には何故か双子の片割れが居る事が示された。そして、隣のブロック・籠の中には、中国人の男性をパートナーにしている、西洋人の美しい女性が2人で入って居た。其の女性は、香港でモデルの仕事をしているとの事であった。
其れから、場面が変わり、其の美しい人々が地上で増える為に、人間界の社会条件を整えなければ成らない様子が示されて来た。私は、其の様子を離れた所から、ただ静かに眺めて居ると、突然男性の声で「不細工のままで良いのか」と怒鳴られた。
其れは、人間が美しく進化する為に、私の手伝う必要が有り、私が協力しなければ天上界の人々が地上に降りられないで、人類が不細工の儘進化出来ないとの理・ことの様である。
私の今朝のメッセージの映像は、愉伽さんのメッセージと連携しており、是から人類の新たな進化が始まるとの理・ことではないだろうか。
しかし、其の為には大掛かりな地上の浄化が必要な様であった。
と言うのは、大地の浄化が始まって、国の体制は崩壊し、世界経済は行き詰まり、食料が手に入らなく成った人々が、家族単位と言うか親戚一同が1つの群れに成って、方々を彷徨い始める映像が映し出されて来たからである。
其れは、旧約聖書にあるイスラエルの民が、自分の国が無くなって、世界各地に散って行く様子が想像できる場面である。
其の様な事が、実際に起きるのかどうかは私には判らないが、今朝のメッセージの映像は、妙にリアルで現実感が有ったので、若しかしたら現実として起きるのかも知れない。
其れに、昨夜から今朝に掛けてのメッセージは非常に長い物であり、其れを解釈して記憶する為に、私は凄く疲れている。其の要因の1つに、今朝のメッセージの映像には天上に在る女神に関するプログラムと、地上で働く男性側のプログラムが、別々の縦長のブログで現れ、横書きの文章でどんどん下に下って行った。
其の内容は、全然記憶には残っていないが、其の情報は、両方とも神の世界では既に組み込まれている物であり、我々人間サイドは其のプログラムには逆らえないモノなのであろう。
其れは、6月21日のメッセージに有った、凄い量・1000ギガの情報が地上に下された事と、繋がりが有るのだろう。
今朝のメッセージから、私に考えられる事は、天界の母神からのメッセージの内容と、地上に新しい人間社会を構築する為の、男性役割・はたらきのメッセージを、分けて情報発信すると言うか、管理する必要があると言う事である。
其の為には、先ず地上と言うか我々の住む此の三次元世界に、2つの仕組みを準備する必要が有るのではないだろうか。其れは、現在有る参議院と衆議院の様な組織ではなく、既存の宗教界や経済界の様な分け方でもなく、古代社会に存在した「シャーマン・呪術師」と「部族長・長老」の関係の様なモノで、其れを近代社会に合う形で整える事である。
「男神のブログ・ぼつぼつ始めようか」http://moon.ap.teacup.com/20060109/
其れも、昔の様な部族単位のモノではなく、世界規模のモノでなければ成らない。其れは、昔と違って、現在では電子機器が有りIT社会なので、やろうと想えば可能な事である。
其れに、似た様な事は、既に世界を舞台にしているメジャー企業や、CIAの様な組織は行っている事であるので、人類が其の気に成れば可能な事である。
今朝のメッセージの映像から、私が感じる事は、残された時間は余り無いと言う事である。若し、人間側の対策が遅れ、崩壊の方が先に来れば、社会は秩序を失い、人心的にも経済的にも其の準備・対策は出来なく成る。
其の為にも、来年の2月21日(聖徳太子の宵宮祭)までには、何等かの手を打つ必要が有るだろう。仏教関係には、「聖徳太子の本願は 阿弥陀の本願である」との言葉も有る。
其の言葉を裏付けるかの様に、神域内に聖徳堂が有る阿蘇の「日の宮幣立神宮」では、平成元年9月3日3時33分に聖徳太子からの御言葉が有り「私は ようやく高天原に通じた。臨済から始める」と伝えて来た。
「是からが本番」http://star.ap.teacup.com/2007313/215.html
「法隆寺の奇跡」http://moon.ap.teacup.com/199966/105.html
「 動きだした聖徳太子」http://moon.ap.teacup.com/20060615/20.html
「日宮幣立神宮3時33分」http://star.ap.teacup.com/20060505/69.html
是まで、27年間の旅・人生には、色々な事が有ったが、是ほど自分が直接主体として関わらなければ成らない事・意味が、示されて来ているのは初めてである。逃げ出したいのは山々であるが、「不細工のままで良いのか」と迫られれば、次の転生の事を考えると逃げ出す譯・わけにも行かない。
何故なら、未だ人類は「内面・ハート・精神」と「外面・ボディ・肉体・プロポーション」が、両方とも美しく完成されているとは思えないからである。
今朝のメッセージの映像に映し出されて来た、美しい人々が地上に蔓延する為には、もうひと踏ん張りする必要が有るのだろう。
しかし、其の事に自分が振り回されない為にも、絶えずモグラの出現に、全身の聴覚をそばだてている、森に棲む「緑のミミズ」のイメージを、忘れない様に務めなければ成らないのであろう。
追記
人類も、他の生物の様に、1日も休まず、逞しく、自分の姿を進化させる念いを、抱き続けなければ成らないのだ。何故なら、其の様に努力を続けて来た結果が現在の人の姿なのだから、是からも其の気持ち持ち続ける必要が有るのだ。
平成23年8月10日
礒邉自適

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