健寿協同病院病棟9条の会主催の亀島山地下軍需工場見学会が行われました。参加者は私を含めて6人。案内は高校教師の土屋先生です。
まず初めに土屋先生から、亀島山をはじめ、松工場、鶴工場、三菱航空機製作所など水島の軍需工場全体のついて説明をうけました。
亀島山地下工場は、太平洋戦争末期の1943年から44年にかけて亀島山にアメリカ軍の空襲を避けて航空機の生産を続けるための巨大なトンネル群が掘られました。一部未完成なものありますが、総延長は、2,055メートルにおよぶもので、この中で、当時三菱重工水島航空機製作所で製作していた一式陸上攻撃機の部品を製造していたといわれています。
その後いよいよ地下工場内へ。
地下工場は、朝鮮人の強制連行と強制労働によって掘削されたもので、3人が犠牲になった落盤事故の個所には、朝鮮人労働者の金原哲さん(キンゲンテツ故人)が目印に残した梅干しの種が今も岩の割れ目に残っています。
61年が経過した梅干しを見入る参加者です。
この日はトンネル内は、水が多く、一号路など冠水していて歩けないところもありました。
頭上に注意しながら進む私↓
戦後50年を記念し、倉敷市が建立した亀島山の碑の説明を受ける参加者。↓

全国的に戦争遺跡に市が碑を設置したところはめずらしいのではないでしょうか・・。
最後に、参加者から「いままでただの防空壕だと思っていたが、こんなに大きな地下工場だったとはびっくりした」「ほとんど暗闇のなかで、作業していた人たちは大変な苦労だったと思う」という感想がだされました。
亀島山を背景に記念撮影
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